第129話 コルサス

 「歓迎されている風には見えないが、俺を待っていた様だな」


 「名前を聞いておきたい」


 「聞いてどうする」


 「なに、猫とフォレストウルフを連れた男に用が有るのだが、猫連れしか見当たらないので確認の為さ」


 「ウルファングの回し者か?」


 「シンヤに間違いなさそうだな、フォレストウルフはどうした?」


 「止めておけ。お前達に命令した奴は死んでいるので、命令は無効だ」


 「はい、そうですかとは引き下がれないんだよ。それにお前の本気を見てみたいのでな。ドーザを手玉に取った腕は見事だったし、奴もそれ程弱い訳じゃない」


 「因果な性格だな」


 《上にいる仔達、合図をしたら俺の前に居る奴等を好きなだけ刺してもいいからね。合図をするまでは襲っちゃ駄目だよ》


 《合図を待ってます!》

 《突撃準備ですね》

 《わくわくしちゃうよー♪》

 《ちょっと勢いを付けちゃおうかなー♪》


 「そうか、金も貰えるし強い相手を寄越してくれる」


 「それなら貴族に仕えれば良いじゃないか。毎日強い奴と訓練できるぞ」


 「命の遣り取りの無い遊びなんてやってられるかよ」


 「性格が歪んでいるな」


 半円になった彼等から殺気が溢れ出ると同時に、一斉に剣を抜いた。


 《殺れ!》


 《キーンだ!》

 《あっ》

 《ずるいぞー》

 《行けー!》


 にじり寄ろうとして異変に気付いた様だが手遅れだ。


 〈パチン〉と音がして、頬を押さえながら飛び去るキラービーを見て驚いていたが、次の瞬間、重低音の羽音と共に無数のビーちゃん達に包まれてしまった。

 僅かに悲鳴が聞こえたが、羽音にかき消されてしまった。

 奴等もキラービーに襲われるとは思わなかっただろうに、南無。


 《もう終わっちゃたよ》

 《あーん、出遅れちゃったよー》

 《へへーん、一番に刺してやったぜ》

 《俺は三回刺してやったぞ!》


 お肉の切り身を木の枝に乗せ、お礼を言ってRとLの待つソマルスの街へ向かった。


 * * * * * * *


 ミレーネ様の練習が終わると、病人の治療をバルロット様にお願いされて別な建物に案内された。

 魔法師団と書かれた建物に入り、幾つかのドアを抜け一つの頑丈なドアが開けられた。


 「重罪犯で厳しい取り調べにも口を割らない男で、重病を患っていて此の儘死なれては事件の解明が出来ないし、被害者の救済も出来ない。治癒魔法師が治療をしているが。一向に回復しなくて困っているんだ」


 部屋の中には四人の治癒魔法使いが居たが、私達を見ると一礼して場所を開けてくれた。

 ベッドに横たわっている男は、ガリガリに痩せて土気色の顔に目だけが異様に血走っていた。


 「この男は腹から胸に掛けて患っていて、一級治癒魔法使いが三日に一度治療していますが、全然回復しないのです」


 説明してくれた男の人も、施療院で病状の説明をしてくれた方だ。

 施療院って王国が貧しい人々の為に建てた物だと聞いていたので、此処に居ても不思議はないが何となく見張られていた様に感じる。

 ミレーネ様の顔を見ると、大丈夫と言う様に頷かれたので治療する事にした。


 一級治癒魔法使いがどれ位の腕か知らないが、三日に一度の治療で治らないのならと、魔力をたっぷり流す事にした。

 (病気が治り元の元気な身体に戻ります様に)・・・「ヒール」


 胸と腹に置いた掌から治癒の光りが身体に吸い込まれ、全身から溢れ出る。


 「凄い!」

 「何て綺麗なの」

 「いやー、ルシアンて凄いねぇ」


 「病気が治っています」


 病状を説明してくれた方が、バルロット様に報告しているのを聞いてホッとした。


 * * * * * * *


 二度目にお城へ行った時は、魔法の練習の後で王妃様の所へ連れて行かれてビックリしてしまった。

 ミレーネ様と王妃様は楽しそうにお話ししていたが、出されたお茶の味さえ分からなく、何か言われたがお返事も真面に出来なかった。

 その時に渡された身分証はミレーネ様から貰った身分証と同じ青い色だったが王国の紋章が描かれていた。


 訳が判らずにぼーっとしてしまい、帰ってからミレーネ様に身分証の意味を教えられた。

 青い王家の紋章に金色の縁取りは国王陛下の側近を示す物で、貴族や豪商達から無理難題を言われたら「それを見せて、陛下のお許しがあれば」と答えなさいと言われた。

 身分はミレーネ様に仕えるものに替わりがないので、普段はしまっておきなさいって。


 どうしてこんな大事な物を渡されたのかと聞けば、私の様な治癒魔法の上級者は王国にとって欠かせない存在なので、余計な事から守る為に持たせてくれたそうだ。

 初めて自分が治癒魔法の上級者と聞かされたが、全然実感が湧かない。


 * * * * * * *


 森の中でRとLと合流してからは速度を上げて、国境の町ヴェルナスに帰りついた時には、ラングスを旅立ってから三月以上経っていた。

 相変わらず町の出入りには厳重な警戒態勢が敷かれていて、立ち寄るのは止めておいたが、コルサスに到着した時にハンザの上達具合が気になって寄ることにした。


 街の出入り口に近づくと、警備兵が緊張しているのが気になったが気にせず貴族用通路に入ると、隊長らしき男がすっ飛んで来た。

 綺麗な敬礼をして「シンヤ様でしょうか」と問いかけて来る。

 面倒事は御免だと思いながらも無視する事も出来ず頷くと「御領主様がお待ちです」と言ってくる。

 不味ったかなと思ったが逃げる訳にもいかず、警備隊の用意した馬車に乗り領主の館に向かった。


 馬車は正門から入り正面玄関に横付けする。

 悪い話ではなさそうなのなので一安心、出迎えの執事に案内されて執務室へ向かう。


 「シンヤ殿をお連れしました」と執事の紹介でグレンセン伯爵の前に立つ。


 ジロジロと人の顔を見てから「猫の仔とフォレストウルフを従えているのは間違いないか」と尋ねてくる。


 「連れていますよ。それで俺を呼び付けたのじゃないのですか」


 おっ、こめかみに血管が浮いたぞ。

 面倒事になる前に印籠を出しておくことにする。


 「此れが俺の身分証ですが、本物かどうか確認しますか」


 印籠の如く突きつけてやると、一瞬立ち上がりかけたが思いとどまり座り直すと、おもむろに机の引き出しから一通の書状を取り出して投げて寄越す。


 「返事が要るそうだ。此処で読んで返書を書け」


 プライドが高そうで、冒険者はお気に召されない様だ。

 書状の封を切ると中にもう一通、王家の紋章入りときた。


 書状はウルファング王国が俺に対して刺客を送り込んできた事を知らせるもので、余り無茶な事はしないでくれとの事だった。

 此の内容で返事が欲しいって事は、俺がウルファング王国に向かった事に気付いたが、詳しく書けなかったって事かな。


 紙とペンを借り、元凶二名は既に死亡していたと記して封をし、宛名にブライトン宰相の名を記す。


 執事に急ぎ届ける様にと手渡し、伯爵殿に一礼して踵を返す。


 「待て! 何が起きている?」


 「それを俺に問いますか。知りたければ宰相にでも問い合わせてはどうですか」


 俺と伯爵の遣り取りにオロオロしている執事に、冒険者ギルドまで送ってくれる様にお願いする。


 * * * * * * *


 コルサス冒険者ギルド、未だ陽も高いので食堂は疎らだが新参者に値踏みの視線が飛んで来る。

 19樽も買い込んだエールは、既に8樽を飲み干したので節約の為にエールを注文。

 チキチキバードを取りだし、ステーキを焼いてくれたら残りは提供すると交渉。

 エールを一口飲んで掌に氷を作り、気付かれぬ様にそっと沈めて土魔法で作ったマドラーで軽く掻き回す。

 ステーキを食べて満足したので、射撃練習で討伐した獲物を売りに買い取りカウンターへ向かう。


 「ん、解体場だ? 小さい獲物は此処で査定するぞ」


 やっぱりソロは舐められるなと思い、黙ってギルドカードを見せると解体場の入り口を指差す。

 暇そうな解体係に獲物を出す場所を尋ねる。


 「おっ新顔だな。どれ位持っている」


 「ん~と、30以上は持っているので広い所を頼む」


 「30以上だと、ソロの様だがふかしてるんじゃないよな」


 はいはい、ギルドカードを見せて場所を指定させるが、こんな時だけはゴールドカードが有り難い。


 ホーンボア 7頭

 エルク 5頭

 ホーンドッグ 17頭

 ブラックウルフ 8頭

 オレンジシープ 3頭

 フレイムドッグ 11頭


 「待ってくれ、いったいどれだけ持っているんだ?」


 「さあ、旅の途中狩りながら来たのでよく判らないんだ」


 「今回は此れで止めてくれ」


 「判った、食堂に居るので頼む」


 ギルドカードを渡して解体場を出ると《マスター、知っている匂いの人族です》とLが知らせてきた。

 知っている匂いって、此処なら火炎の連中だろうと表に出ると人だかりが出来ていて、RとLに近づかない方がいいと注意するギランの声が聞こえた。


 「ギラン、俺の使役獣にちょっかい掛けている奴でも居るのか?」


 「ラングス、久し振りだな。皆フォレストウルフを間近で見るのが初めてなのか、触りたがっているんだ」


 「勝手に触ったり手を出して、怪我をしたら自分の責任だぞ」


 「なんだぁー、テイマー野郎が偉そうに」


 「あっ、ヤルド、テイマーだけどゴールドランクだぞ」


 ギランの声に、意気がって立ち上がった奴の動きがピタリと止まった。


 「喧嘩なら買ってやるが、俺は手加減なんてしないからな。どうする」


 動きが止まったまま引っ込みが付かない様で返事が無い。

 ギランが男を後ろに引っ張り、ギルドの方へ向けて押し出した。


 「ラングスっと・・・どっちで呼べば良い」


 「あっ、俺が此処に居るのは知られたので、シンヤで良いよ。ラングスでも構わないけどな。調子はどうだい?」


 「ハンザが腕を上げたので上々だな。一杯やろうぜ」

 「シンヤのお陰で討伐が楽になって助かっているよ」

 「ドッグ系やウルフ系もハンザが蹴散らして呉れるからな」

 「あんたが教えてくれた陰だよ」

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