第126話 攪乱

 《マスター、お呼びですかぁ~》

 《何をするんですかぁ》

 《マスターがお呼びだと言ったら、仲間が喜んでま~す》


 《俺の周りを取り囲んでいる人族を、一回だけ刺してもらえるかな。刺し終わったらお肉を置いておくので食べてね》


 《一回だけですかぁー》

 《沢山させますよ》

 《お任せ下さい! 早く刺してお肉を食べよーっと》

 《あっ、俺が先だ!》

 《ふん、いっちばんーん♪》


 〈おい、あれは?〉

 〈何か飛んでいるぞ〉

 〈馬鹿! キラービーだ。伏せてじっとしていろ!〉

 〈絶対に追い払ったりするなよ〉


 〈痛っ〉

 〈蜂だ!〉

 〈死にたくなかったら逃げろ!〉

 〈止めてくれー〉

 〈痛ってて〉


 あ~あ、折角の布陣がビーちゃん達に襲われて、混乱しちゃって俺を見ている余裕がなくなっている。

 屋根にぶつ切りのお肉を並べると、いち早く飛んで来て食べ始める気の早い奴。


 《マスター、いただきまーす》

 《ありがとうなの》

 《沢山刺したから沢山食べる》

 《お肉~♪》


 《食べ終わった仔は、返事をして》


 《もうお腹一杯でーす》


 《じゃー暫く俺の上をついてきてくれるかな》


 《はーい、マスターの上にいます》


 大混乱の地上に飛び降りると、再攻撃の為に元の建物へ走り二階の窓に向かってジャンプ。

 大窓を突き破って飛び込んだ部屋は、広く瀟洒な家具が置かれているが無人だ。

 通路に出ると破壊音に驚いたメイド立ち竦んでいたが、その向こうから騎士が駆けつけてくるのが見えた。


 第二ラウンド開始!

 向かって来る騎士に駆け寄るとビックリして立ち止まったが、俺は構わず突進して体当たり。

 吹き飛んで倒れている奴を引き起こして・・・気を失っていて尋問不可能。

 直ぐに新手が現れたので突撃、剣を構えて突きかかってきたが木剣で弾き殴り飛ばす。

 意識が在るので尋問しようとしたが、次々と湧いて出る騎士や兵士達に邪魔される。


 * * * * * * *


 「申し上げます。賊が屋根から飛び降り、再び本館に侵入しました!」


 「侵入した? 屋根の上に居たのではないのか?」


 「はっ、包囲し、魔法部隊と弓兵を配置して攻撃寸前の所で、突然キラービーの大軍に襲われまして、その隙に逃げられました」


 この報告に国王と宰相が顔を見合わせる。

 二人とも以前に見た、耳からの報告書を思い出していた。

 ウィランドール王国の王城内に多数のキラービーが侵入して、大被害を受けたと記されていた事を。


 「申し上げます! 賊は通路で暴れていて、徐々に此方へ近づいています。総力を挙げて阻止していますが、防ぎきれません!」


 「陛下、一度後宮へご避難下さい」


 「馬鹿を申せ! 金狼族の誇りを捨てろと申すのか。予が、その男を斬り捨ててくれるわ」


 「陛下、その様な事は臣下にお任せ下さい! 陛下が闘いに赴くなど以ての外です。補佐が聞いたとおりなら相手も会話を望んでいますので、私が会って用件を聞いて参ります。お願いですから陛下は後宮にてお待ち下さい!」


 ブライトン宰相に懇願されて、ウルファング国王は渋々近衛騎士に守られて執務室を出て行った。

 それを見送り、ブライトン宰相は伝令に声を掛けるた。


 「その賊が暴れている所へ案内しろ」


 「宰相閣下、それは無茶です! 大暴れして誰一人止められる者がいません!」


 「お前が先程言った事だ。男が話しが有ると叫んでいたのなら、話しに来た者を殺す事はすまい。それに報告を聞く限り、此の儘だと死傷者の数が増えるばかりだ」


 * * * * * * *


 有象無象が湧いて出るので、叩き潰すのも面倒になり始めていたときに変化が起きた。

 遠くで何か喚き声がして近づいて来るのに合わせ、攻撃の圧が下がってくる。


 「下がれ! 武器を引いて下がれ! 宰相閣下に道を開けろ!」


 ん、宰相と聞こえて、その声を聞いた奴等が武器を下げ左右に分かれていき、豪華な衣装の男が補佐官らしき男を従えてやって来る。


 「全員下がれ! 宰相閣下から離れろ」


 怒鳴った男もその場で止まり、宰相と呼ばれた男だけが俺の前まで歩いてきた。


 「シンヤだな。この狼藉は何事だ?」


 「判らないのか、俺を殺せと命じた奴の命を貰いに来ただけさ。邪魔をする奴に遠慮するほど優しくないのでな」


 そう言って、ザリバンス公使の金庫から持って来た通信文を見せてやる。

 尤も、この広い城の中で人一人捜すのは面倒なので呼び出しただけだ。


 「何だその紙切れは」


 「そう言うと思ったよ。だが、襲われた俺は戯れ言に付き合うつもりはない。もう必要がないと思って、奴の座る椅子は壊しておいた。そう伝えろ」


 「テイマーは蜂まで使役出来るのか?」


 「俺の加護は特殊でな、俺に危害を加える者を排除してくれるんだよ。此の城内に居る者全てを殺すのは流石に不味いと思って止めてくれる様、テイマー神様にお願いをしているけどな」


 「つまり、お前が操っている訳じゃないと?」


 「多数の虫を操れと思うのならば、そう思っていればいいさ」


 「良かろう。お前の自信が何処にあるのか知らぬが、生きてこの城からは出られないぞ」


 「勝手に出て行くのでお気になさらずに、立ち塞がる者は全て殺して命を貰いに行くと伝えろ」


 俺を睨んでいたが、一言も発せずに背を向けて歩き出した。

 僅かの間に無事だった騎士や兵の姿が消えていて、代わりに新たな気配が通路の陰等に溢れている。


 《ビーちゃん居るかな》


 《マスター、居るよ》


 《俺から離れていく人族の後をついて行ってね。近寄っちゃ駄目だよ。そして別の人族とお話しを始めたら、何処なのか教えてくれるかな》


 《任せて下さい、マスター》


 宰相と呼ばれた男から少し離れた天井付近にビーちゃんが止まっている。


 さて、無事に突き止められるかな。

 その間はコソコソ隠れている奴等の相手をするか。

 宰相が通路を曲がり、後を追って補佐官らしき男の姿も消えた。

 それを合図の様に、物陰や部屋から多数の男女が飛び出して来て横一列に並んで跪き、背後にもう一列並んだ。


 城が壊れることも厭わず、魔法部隊投入とは思い切ったね。

 でも残念、攻撃を待ってやるほどの親切心は持ち合わせていない。

 少し先にある部屋の扉を蹴り開け飛び込む寸前に〈撃てっ〉と聞こえたが、三つ数えるくらいの間が開いて〈ドス〉〈ドス〉〈ドス〉と多数の着弾音が聞こえてきた。


 多少は短縮された詠唱を唱えている様だが、発現とスピードが遅いのだろう。

 流石に火魔法は使わず、土魔法と氷結魔法のみの攻撃に限定したか。

 しかし、標的の俺が通路にいなきゃただの攻撃訓練にしかならない。

 ストーンアローやアイスアローが何処まで飛んだのかだけは興味があるが、それは又別の機会に確かめる事にする。


 着弾音が収まったら反撃開始。

 室内に有った大机を持ち上げて通路に飛び出し、魔法部隊に向けて投げつける。


 〈ウワー〉とか〈キャァー〉とか悲鳴が聞こえてきたが、机の破壊音が聞こえないので上手い具合に当たった様だ。

 ソファーにキャビネットと大物を次々と投げてから、通路に飛び出し魔法部隊に襲い掛かる。

 投げた物が直撃したり巻き添えで倒れている者多数、振りかぶった短槍を振り下ろす場所が無い。

 転がっている奴等や腰を抜かしている奴等に殺気、王の威圧を浴びせて睨み付ける。


 「舐めた真似をしていると殺すぞ! 散れ!」


 怒声一発、蜘蛛の子を散らす様にあたふたと逃げ出して行く。

 もう好い加減力尽くじゃ俺に勝てないと判るはずだが、巨漢の獣人族を揃えているので自信過剰で負けを認められないのかな。

 と思ったが、魔法部隊を追い返してから静かになったので諦めた様だ。


 * * * * * * *


 「陛下、あの男はザリバンス公使に送った命令書を持っていて、命令権者である陛下のお命を狙って来たと明言致しました。命令書は偽造だと惚けましたが、聞き入れる気は無さそうです」


 《マスター、人族が沢山居るところで止まったので戻ってきたよ》


 《それじゃその場所まで案内してくれるかな》


 少し時間が掛かったって事は、この建物以外の場所に潜んでいるって事だな


 《マスター、こっちだよ~》


 俺の目の前に浮かんで、くるくる回ってご機嫌なビーちゃん。

 ビーちゃんの後を追って走ると小さな森が現れて、その奥に瀟洒な屋敷が建っているのが見える。

 罠が無いか注意しながら森の中を進む。


 《ちょっとおぉぉ!!! 何やってんのよ!》て声が頭の中に響き、目の前にティナが現れた。


 《ティナか、今忙しいんだけど》


 《忙しいんだけどじゃないわ! 王国を乗っ取るつもりなの?》


 《そんなつもりは全然無いよ。俺を殺せと命令した奴を殺しに来ただけだよ》


 《でも、蜂達を使って大暴れしているじゃない》


 《えっ、俺は『身を守る為と、趣味と実益以外に使いません』と言った約束は守っていますよ。俺の邪魔をする奴を、少し刺してもらい排除しているだけで、殺せとは命じていません。大暴れは一人でやっています。ビーちゃん達だって、攻撃されない限り殺したりしていませんよ。俺のお願いを聞いてちょこっと刺すだけですから》


 《貴方、魔法は授かっていないわよね?》


 《それは、ティナが一番良く知っていることでしょう。なんでそんな事を聞くんですか》


 まっ、大体予想は付くけどな。


 《優れた魔法の使い手が時々現れるので、アマデウス様が不思議がり調べたらしいのよ。そしたら貴方と繋がりが有ると判ったって。でも貴方を探せないので、加護を授けた私に貴方を探せと命じられたの》


 《ん、探せないからティナに探させるってどういう事なの?》


 《アマデウス様が此の世界に召喚した者と、授けの儀で加護を授けた者が多過ぎるので、特別な目印が無い貴方を探せないのよ》


 《特別な目印って?》


 《私が授けた二つの加護よ、それのせいで私からすれば貴方は目立つのよ。言霊の事を教えられなければ、何故目立つのかも判らなかったけれど。それでアマデウス様が貴方を連れて来いと仰せなのよ!》

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