第125話 玉座

 「ディオルス宰相閣下、陛下が何の騒ぎだと仰せです」


 「今、確認させているが、報告では賊が舞踊の間に乱入して大暴れしているらしい」


 「申し上げます! 賊が閲見の間に乱入して大混乱になっています!」


 「お前は早く行って確認してこい! 私は陛下に報告に行って来る」


 * * * * * * *


 此の部屋もがらんどうだが、片側が一段も二段も高くなっていて壁は豪華な織物で飾られている。

 そしてその前には背もたれの高い煌びやかな椅子がデンと置かれている。


 〈いかん! 玉座を守れ!〉

 〈そちらに行かせるな!〉


 ご親切に説明を有り難う。

 巫山戯た奴が座る椅子なら、念入りに壊してやろうじゃないの。

 扉は邪魔になったから捨てたので、マジックポーチから魔鋼鉄製の短槍を取り出して突撃だ!


 〈来るぞ!〉

 〈玉座を守れ!〉

 〈近寄らせるな!〉

 〈何でもいい、奴を止めろ!〉


 止められるものなら止めてみな。

 オークキングをぶん殴る為に作った特注の短槍だ、熊公だって魔鋼鉄製の此れの一撃には腰を抜かすからな。

 血飛沫が飛ぶと足場が悪くなるので、峰打ちで弾き飛ばしたり掬い上げて投げ捨てる。

 俺は親切なので、掬い上げて投げるときには殺到して来る奴に向けて投げてやる。

 武器を向けて向かって来る奴が、飛んで来る仲間を見て慌てて武器の向きを変えるが、そこには別の仲間がいる。

 何方も慌てているので同士討ちという事故が起き、そこへ飛んで来た仲間も加わって大惨事。


 こりゃー面白ぇ、叩き伏せたり飛びかかって来る奴全てを、向かって来る奴を狙って投げつける。


 * * * * * * *


 騒ぎの起きた舞踊の間に来てみれば、血の匂いで溢れ負傷者がそこ此処で呻いていて、まるで戦場のような有様だ。

 比較的元気そうな者に声を掛けた。


 「おい! 何事だ、説明しろ」


 「煩い! 応援は未だか!」

 「おっ、おい、宰相補佐官殿だ」

 「えっ・・・ しっ失礼しました! 何事でしょうか」 


 「それを聞きに来た。この騒ぎは何だ! 説明しろ!」


 「私にもよく判りませんが、男が大暴れしていると呼び出されました。来てみれば、一人の男が大扉を振り回して暴れていたのです。取り押さえるのは不可能なので、斬り捨てる為に襲い掛かったのですがこの有様です」


 負傷していない手で示す室内は嵐の後のようで、無数の騎士と警備兵が倒れて呻いているが、一際目を引く大扉。

 騒ぎの元の所へ行かねば状況が判らないと思い向かったが、閲見の間の入り口に騎士達が屯して中を睨んでいる。


 騎士の背後から声を掛けようとしたとき、誰かが大声で何かを言っているのが聞こえてきた。


 * * * * * * *


 死屍累々、回りは倒れて動かない奴や呻いている奴等ばかりでバリケードが出来た。

 踏み込んで来られないので騎士達が遠巻きに俺を睨んでいるが、暇が出来たので玉座に短槍を突き立てて小休止。

 いやー、殺気がビンビン伝わってきて恐いこわい。


 こんな所でのんびりしていたら不利になるので移動する事にしたが、伝言を頼む事にした。


 「お前等の国王に伝えろ。お前の寄越した奴等は皆殺しにしたが、申し開きが有るのなら聞いてやる。槍先に白布を付けて一人で庭に立て。と伝えろ!」


 これで俺が何の為に来たのか理解出来るだろう。

 玉座の背を真っ向唐竹割りにして、横から峰打ちで粉砕する。

 次いで残った座面を窓際に屯する奴等に向かって投げつけてやる。

 大きなモーションで投げたので、何が起きるのか理解した奴等が慌てて逃げ出した。


 〈馬鹿な!〉

 〈逃げろ!〉


 はいはい、さっさと逃げて道を開けろ。

 窓を突き破った玉座の残骸を追って俺も窓から飛び出す。


 〈あっ〉

 〈逃げたぞ!〉

 〈逃がすな!〉

 〈追えー〉


 * * * * * * *


 「陛下・・・」


 「ディオルス、何の騒ぎだ! 騎士共や兵が走り回っておるが、反乱ではあるまいな?」


 「それが、突如騒ぎが起きまして、騎士からの報告では男が舞踊の間に乱入とか、屋根の上から飛び降りたとか。只今補佐官に確認に行かせております」


 「反乱では無いのだな!」


 「はい、賊は一人だそうですが・・・報告に来る兵や騎士達の言う事が奇天烈でして、大広間の扉を引き剥がして振り回しているとか、相手は化け物だとか。はては魔法攻撃の許可まで求めてくる始末でして」


 * * * * * * *


 〈外へ逃げたぞー〉

 〈包囲しろ! 包囲して叩き潰せ!〉

 〈愚図ぐずするな!〉


 《ミーちゃん、ちょっと移動するので、怪しまれない様についておいで》


 《はい、マスター》


 近くの小振りな建物を目指して走るが、見た目三階建てなので此れなら大丈夫と思いジャンプ。

 庇に手を掛けること無く屋根の縁に立つ事が出来た。


 〈嘘だろう〉

 〈なんだ、あれは!〉

 〈化け物め!〉

 〈建物を包囲しろ! 急げ!〉


 いやー、大暴れなんて久し振りだから疲れるねぇ。

 体温調節機能が付いていても、暑くって大変だ。

 屋根の上から下を眺めて暫しの休憩、取り出した寸胴から氷を掴み出し冷たい水を作ってぐびり。


 * * * * * * *


 なんと言う事だ、あの言葉が事実なら、暴れているのはシンヤという名の冒険者ということになる。

 宰相閣下にお報せしなければならないので執務室に向かって急ぐが、国王陛下へ報告に向かったのを思い出した。

 執務室で待っていては遅くなってしまうので、宰相執務室を守る騎士を連れて国王陛下の執務室へと向かった。


 * * * * * * *


 「止まれ! 何用だ!」


 国王陛下の執務室の前で、抜き身の剣を構えた護衛騎士に誰何される。

 何度も止められては誰何されることに苛立ちながらも「ディオルス宰相閣下の補佐官、ソブランドだ。国王陛下と宰相閣下に急ぎ知らせる事が有って参上した」と何度目かの用件を告げる。


 「暫し待て!」と、これもお決まりの文句を聞かされて待たされる事に。

 だが今回は直ぐに室内に招き入れられた。


 「原因は判ったか?」待ちわびたような国王陛下の問いかけに、チラリと宰相の顔を伺うと頷くので直答する。


 「はい、賊は一人ですが、ルルーシュ様の贈答品に関する男でした。その男の声が聞こえましたが・・・」


 「どうした、話せ!」


 「騎士達に、国王陛下と例の件について話しが有ると大声で叫んでいました。槍先に白布を付けて一人で庭に立てとも」


 そう伝えて頭を下げながら、チラリと近衛騎士達に視線を走らせる。

 彼等には聞かせられ無い話しなので、何も言わずに国王と宰相が視線を交わす。


 「で、状況はどうだった?」


 「舞踊の間周辺はまるで戦場の様でしたし、大扉を振り回してとの表現に間違い御座いませんでした。舞踊の間の入り口の扉が片方無く、室内には大扉が放置されていました。男が閲見の間で暴れていたので向かいましたが、大声で先程の言葉を発した後、外に跳びだした様で御座います」


 「おい、お前、伝令は全て此処へ来る様に宰相の執務室に伝えろ。ディオルスも此処に居ろ」


 陛下に命じられて侍従の一人が急いで部屋を出ていく。


 「戦場の様だと言ったが、それ程酷いのか?」


 「はい、舞踊の間は怪我人が多数倒れたまま放置されていて、それは閲見の間に続く通路や途中の部屋も同様でした。死傷者は少なく見積もっても100数十か・・・それ以上いると思われます」


 「陛下、伝令が来ました」


 「構わん、通せ!」


 服が破れ返り血とみられる汚れた騎士が、陛下を認めると膝を折る。


 「申し上げます。閲見の間で暴れた賊は窓から飛び出し、少し離れた従者達が準備に使用する建物に逃げ込みました」


 「それなら、包囲して捕まえろ」


 「それが、逃げ込んだのは屋根の上です。閲見の間の窓から飛び出してその建物に向かい、一っ飛びで三階の屋根に跳び上がりました」


 「それは真か?」


 「はっ、私は閲見の間で奴と闘っていましたが、奴は玉座を破壊し残骸を窓に投げた後、壊れた窓から飛び出して行ったのです。私は全て見ていたので間違いありません」


 「玉座を壊したとな?」


 「はっ、尊き玉座を守らんと奮戦致しましたが、力及ばず申し訳御座いません」


 「それで、被害の状況はどうだ」


 「私は閲見の間で奴と対峙しましたが、その時には玉座の回りを数十人が倒れていました。奴を攻撃する為の足場が無くて踏み込むことが出来ず、みすみす玉座の破壊を許す事になりました」


 「捕まえられそうか?」


 「あの怪力に、疾走するウルフの如き足の速さとジャンプ力、数百人で取り囲み魔法攻撃でなら多分可能かと」


 「我等金狼族でも自分の背丈の三倍程度しか飛び上がれないぞ、黒龍族でもそう変わらない。しかも、舞踊の間の大扉を壊して振り回すなど、熊人族でも無理だろう」


 「本館の外に出ているのなら、魔法攻撃を許しても宜しいかと」


 * * * * * * *


 玉座は叩き壊したがどうせ他の場所にも有るだろうけど、俺の覚悟は判っただろう。

 もう一暴れして、返事をする気が無いのなら、ビーちゃん達にお願いしてみるかな。

 下を見れば包囲態勢を敷き、楯を並べた弓兵が多数攻撃準備をしている。


 《ミーちゃん。又さっきの家の中に行ってくるけど、ビーちゃん達が来るかもしれないので隠れて待っててね》


 《はい、マスター。隠れています》


 天窓から中へ入ると、人の気配が彼方此方に感じられる。

 それも濃厚な殺意が含まれていて、じわりじわりと近寄ってくる。

 相手も殺る気十分なら俺も負けてはいられない。

 少し早いが撹乱をビーちゃん達に頼む事にする。


 《ビーちゃん、聞こえるかな》・・・


 森は見えているけど少し遠いかな


 《ビーちゃん、聞こえたらお返事して。オーイ、ビーちゃん聞こえるかーい》


 《マスター、お呼びですか?》


 《少し仲間を呼んできて貰えるかい》

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