第119話 王家の決断
「ルシアン、私も火魔法を授かっているのですが、練習をすれば使える様になりますか?」
「使えると思います。よければ私が教わった通りにミレーネ様にお教えしましょうか」
「シンヤが許すのならお願いするわ。でも、父や他の使用人の居る場所では何も言わないでね」
「はい、信頼出来る方にのみ教えても構わないとお許しを貰っています。先ず始めに魔力溜りの場所を探すことからです。おへその奥の方にありますが、精神を集中してそれを探して下さい。見つけたら教えてください」
「ん、それだけ?」
「はい、魔力の有り場所を知らなければ魔力操作はできません、私も毎日毎日そればっかりをしていました」
「ルシアンは魔法が使えるまでにどれ位掛かったの?」
「四ヶ月近く掛かりました」
「随分早く覚えたのね」
「毎日まいにちおへその奥に意識を集中して、魔力を見つけるのに一月近くかかりました」
「それは大変、私はもっと掛かりそうだわ」
* * * * * * *
フルブラント侯爵の処分が終わると、懸案のウルファング王国から王都に居を構える商人達の処分である。
シンヤから身柄を受け取り、騎士団で拘束して徹底的な取り調べを行っていたが、ウルファング王国公使公邸襲撃を見て処分を保留していた。
襲撃の翌日には、公使邸より急使がウルファング王国に向けて駆け出したが、公使邸の内情を把握出来ず、潜り込ませた耳からの連絡を待っていた。
しかし、シンヤが強襲した後人の出入りが極端に制限され、報告が届かなかった。
それがようやく届いて公使公邸の惨状を知るに及び、シンヤの怒りの凄まじさに戦慄した。
だが、彼の怒りが此れで収まったとも思えないし、王国としても甘い対応は出来ない。
シンヤ襲撃の為に協力した商家全ての主と家人や使用人を捕縛して、全ての財産を没収する事。
使用人達は協力度合いに応じた処分を、国王陛下に具申した。
ウルファング王国の振る舞いに怒りを募らせていたのは国王も同じで、公使公邸も制圧して王国内での動きを徹底的に調べ上げろと命じた。
シンヤから襲撃犯達を受け取って後、協力した全ての商会や商店は監視下に置かれていた。
幾人かは不穏な空気を察して王都ラングスから逃げ出したが、秘密裏に捕らえられ人知れず王都に連れ戻されて取り調べを受けた。
* * * * * * *
夜明け前ウルファング王国の公使公邸周辺に、選抜された王都警備隊や騎士団の者達300名が集結した。
彼等は武具類全てを外し、足にはボロ布を巻き公邸に静かに接近した。
手にする物は、先に棘の生えた3m程の長さの棒と2mの棒のみで、10名に一つずつ大きなハンマーと長い梯子を携えている。
東の空が白み始めた王都ラングスの空に〈パーン〉とファイヤーボールの破裂音が響き渡った。
ファイヤーボールの破裂音を聞くと、公邸周辺に潜んでいた男達が高い塀に殺到して梯子を掛け登り始める。
各班10名30組が梯子を登りウルファング王国公邸内に侵入すると、一斉に出入り口や窓をハンマーで叩き壊して邸内に雪崩れ込んで行く。
決められた五組は公使の執務室へと殺到するが、他の者は飛び出して来た警備の者達の確保にまわる。
武器を手にしている者は、棘の付いた棒で服を絡め取られ身動き出来ずに叩き伏せられた。
出会う使用人達はその場で縛り上げ各部屋を確認してまわり、鍵の掛かった場所は全て打ち壊していく。
同じ事がウルファング王国内の商会や商店や、彼等と懇意な王国内の各商店でも起きていた。
同時に急使の早馬が各地の領主に向けて王都から飛び出して行く。
急使の早馬は、事前に知らされているウルファング王国に協力的な商店の、本支店を制圧する命令書を携えていた。
それとは別に、ヴェルナス街道沿いに領地を持つ貴族には、ウルファング王国へ向かう早馬を捕獲し通信の遮断を命じる使者が走る。
* * * * * * *
「魔力溜りを探る事ですか」
「ええ、先ず魔力の有りかを知ることから教えられたそうですよ。意識を集中する様にと言われましたので、暇な時にはそうしているのですが全然判りません。殿下は多少でも魔法が使えるのでしょう、どうやって魔力溜りを見つけたのですか?」
「あれを見つけるのに苦労しましたからね。魔法を授かった時、魔法使いに聞けば簡単に魔法が使えると思っていましたから。へその奥周辺に意識を集中し続ければ、そのうち何かを感じるとしか言えません。私は寝る前に、ベッドの中で魔力を探し続けましたよ」
「魔力を感知出来る様になれば、魔力操作を教えてくれるそうなので楽しみですわ。ところで、街が騒がしい様ですが何か有りましたの?」
「ウルファング王国が例の物を求めて暗躍した挙げ句、彼を襲って返り討ち。その時に多数の捕虜を確保したのです。その捕虜を条件付きで宰相に丸投げですよ。お陰で王国内の彼方此方で捕物騒ぎです」
「大騒ぎですって仰いますが、殿下は陣頭指揮を執る立場では?」
「いえいえ、私は何れ王籍を抜けた時に、裕福な家の養子になるのが夢です。陣頭指揮なんて執れば、余計な詮索をされて後が大変ですよ。今頃ヴェルナス街道沿いの貴族達は、戦支度で大騒ぎになっているはずです。私としては、彼が街道の向こうへ行ってくれないかと願っています」
「それは少し無茶すぎませんか」
「ミレーネ殿は、彼の戦闘力をご存じないからそう思われるでしょうけれど、王国は彼を敵に回したくないのですよ」
「それ程に」
「彼を引き留めてくれている、ミレーネ殿には感謝しています」
* * * * * * *
貴族は嫌だと言ったルシアンが、二度目の治療依頼の為に出掛けた先はモーラン邸よりも大きなお屋敷だった。
お供のモリスンの話では子爵待遇を受ける宝石商との事で、フルブラント侯爵邸の様な事は起きないと言われて安堵する。
執事の出迎えを受けて病人の眠る部屋へ案内されたが、ベッドに横たわる女性を見てギョッとする。
顔は土気色で肌は荒れて痩せ細っている。
症状を尋ねると腹部の痛みを訴えてきたが、その間も痛むのか顔が苦痛に歪む。
何度も治癒魔法使いに依頼しているし、鑑定使いからは腹部の病だと聞いている。
治療をしてもその場だけ痛みが収まり、数日経つと又痛み出すのだと家人が教えてくれた。
お腹が痛いのならお腹を治療すれば良いと思ったが、数日で痛みが戻ったと聞いたので、今回も腕にみっちりと魔力を溜める事にした。
(お腹の痛みが取れて元気になります様に)・・・「ヒール!」
重傷者や重病人には、魔力を無駄なく使う為に掌を患部に当てて治療しろと教えられた。
シンヤの教えに従い腹部に掌を当てて呟くと、病人の腹部から淡い光りが漏れる。
何やら後ろがざわめいているが、病人を見ると痛みが収まったのかホッとした顔になっている。
自分にはこれ以上の事は出来ないので、立ち上がり家人達に頭を下げる。
* * * * * * *
二度目の治療依頼から十日程して、ルシアンはミレーネの執務室に呼ばれた。
執務室に入ると、あの時の執事が立っていてルシアンの姿を見て深々と頭を下げた。
「ルシアン様、有り難う御座います。あれ以来大奥様の容態が良くなり笑顔を見せられる様になられました」
「えっ、私は魔法を使っただけで」と困惑気味のルシアン。
フルブラント侯爵邸での対応と真逆で、居心地が悪く恐縮してしまい後の事はよく覚えていなかった。
夕食後のサロンでお茶を楽しんでいると、ミレーネ様が治療のお礼を頂いたので、私の口座に半金を振り込んだと言われてビックリした。
商業ギルドで口座を作るときに、治療の謝礼の一部を月々の給金とは別に振り込むと聞いたでしょう、と言われたがすっかり忘れていた。
* * * * * * *
王都ラングスを出てからは、ヴェルナス街道沿いの草原をひたすら西に向かって走る。
王都から馬車で12日の距離サハンの街まで三日で走破したが、街には寄らずに通過する。
フォレストウルフの疾走を使ってだが、軽く無理のない速度で走ってこの日数なら、馬車旅の1/3程度の日数に短縮できそうだ。
草原を走る以上野獣に出会すが、ゴールデンベア以下の野獣は草食系以外ほぼ全ての支配を持っているので、道を開けろの一言で散って行くので楽だ。
サハンから12日の、アルザンス領マライドの街を目指して進んでいたが、サハンを過ぎた次の日に前方を走るLから警報が出た。
《マスター、魔法の音がします》
《魔法の音?》
《はい、パン、パンって聞こえるやつです》
《判った、姿を見せない様に確認してくれ》
速度を落としてLの方へ向かうと、確かにパン、パンと間を開けた破裂音が聞こえて来た。
戦闘中なら相手は何かな。
《マスター、ブラックウルフと人族です。蹴散らしましょうか》
《駄目! 何方が優勢だ?》
《人族が二人倒れています》
と言う事はブラックウルフが優勢ってことなので、ちょっと助けてやることにする。
背負子を草叢に突っ込み、RとLに此処で待てと指示して闘争の気配に向かって走る。
ブラックウルフ十数頭に囲まれて、火魔法使いを中心に闘っているが戦力外が二人。
短槍を手に取り走り出すと、ブラックウルフの背後から襲い掛かり斬り捨てる。
〈ギャン〉と甲高い悲鳴を上げ斬られた勢いで横に飛んでいく。
悲鳴を聞いたブラックウルフ達が一斉に俺を見て、攻撃目標を変えた様だ。
「今のうちに体勢を立て直せ!」
「すまねぇ!」
襲い掛かって来るブラックウルフを叩き付け斬り飛ばし蹴り上げる。
五頭目を串刺しにしたところで、ウルフの群れが逃げて行く。
後は蹴り飛ばした奴の止めを刺して、怪我の確認に向かう。
足を噛まれて座り込んでいる奴が、ポーションを口に含んだが顔が歪んでいる。
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