第118話 曲者殿下

 ルシアンがフルブラント侯爵邸から戻って三日後、侯爵家の執事バンガードがモーラン子爵邸を訪れると、子爵に病気快癒の礼を述べて謝礼の金貨の袋を差し出した。

 しかし、それは厳しい拒絶を持って遮られてしまった。


 「礼儀も知らぬ侯爵家からの施しは必要在りません。成り上がりの子爵家に侯爵家が頭を下げる必要はありません。しかし、長の患いを治療してもらい快癒した礼が、感謝の言葉ではなく『我が侯爵家が貰い受ける』とは、随分傲岸不遜なお言葉ですね。お引き取りを」


 「お待ち下さい、モーラン子爵様。我が主は」


 「言い訳は無用です。あの場に居た皆様方は、小娘の治癒魔法使いと侮り、成り上がりの子爵風情相手ならどうにでも出来ると思っていた様ですが、私もそれなりの覚悟を持って爵位を賜りました。セバンス、お帰りです。お見送りを!」


 「あ~あ、怒らせちゃったねぇ。ミレーネ様は、怒ると母上より恐いぞ~」


 「バッ、バルロット殿下・・・何故、此処に」


 「ん、ルシアンの治癒魔法に興味が有ってね。父上や宰相に魔法師団の師団長までもが、彼女に興味津々なのさ。それをまあ~、いやはや、先年の騒ぎを知らない貴族がいるとはねぇ。大体、誰が凄腕の治癒魔法使いがいると教えてあげたのか、忘れたの? ルシアンの預け人は、侯爵風情の自由にはならないから、帰ってそう伝えなよ」


 バルロット殿下に笑顔で帰れと言われてはどうすることも出来ずに、スゴスゴと帰る事になったバンガード執事だが、殿下の言葉に嘘はなく大変な事になったと真っ青になった。


 * * * * * * *


 セバンスに案内されてサロンへ行くとバルロット王子も居て、ミレーネ様にご挨拶をしたが微妙な顔で王子と視線を交わしている。

 ん、と思ったが、渡す物を渡したらさっさとお暇することにして、花蜜とゴールドマッシュを各三本差し出す。

 それとは別に、蜂蜜の中瓶を20本花蜜とゴールドマッシュを各一本をワゴンに乗せる。


 「少し早いですが、次回分ですのでお納め下さい」


 「何処かへお出掛けなの?」


 「暫く王都を離れますので、早めにと思いまして。ルシアンは元気ですか」


 「ええ、ミーナと仲良くしてくれています。呼びましょうか」


 「いえ、元気なら良いです」


 「シンヤ殿は何方へ行かれるのですか?」


 「私は冒険者ですよ。気の向いた時に気の向いた方へ行くので、としか言えませんね。貴方こそ、貴族のサロンでのんびりしていて宜しいのですか」


 あ~、金魚の糞が睨んでくるが、今日は大人しいね。


 * * * * * * *


 シンヤが帰ると、王子とミレーネが顔を見合わせて溜め息を吐く。


 「鉢合わせしなくて良かったわ」


 「とても聞かせられない話しですからね」


 「近日中に呼び出す予定ですが、さて、どうなる事やら」


 「その事ですが、当分の間は貴族からの依頼はご辞退させて頂きます」


 「無理もないか、古傷を癒やしてくれた娘を脅すなんてね。日頃、戦の傷は勲章だと自慢していたが、それも本当か疑わしくなってきたものです」


 「その戦とは、百数十年前のウルファング王国との闘いですよね」


 「そうですよ。もう160年近い時が経っていますが、未だに嫌がらせの様な事をしてくる厄介な国ですよ」


 「原因は何でしたの?」


 「アルザンス領のイリジアン鉱山」


 「金鉱山ですか」


 「良質の金が採れるので、色々と画策していたようですが、周辺の国から援軍を得て、実力行使に出たそうです。戦に興味は無いので詳しい事は知りません」


 「それで獣人達を重用しないのですか」


 「あの国の息の掛かった者も結構居ますし、未だに嫌がらせをして来るので排斥するのは当然ですよ」


 先日の事があるので、シンヤが何処へ行くのか見過ごす訳にはいかない。

 急ぎ王城へ戻る事にした。


 * * * * * * *


 「旦那様、モーラン子爵邸へ快癒祝いのお礼に伺いましたところ、厳しく拒絶されてしまいました。その場にはバルロット殿下も居られまして、あの娘は殿下は疎か、陛下や宰相閣下までもが気に掛けられておられるそうです。あの男の言葉に、間違いありませんでした」


 「それは本当か!」


 「はい、殿下から直接聞かされました」


 不味い、腕の良い治癒魔法使いがいると聞いて呼びつけたが、そんな繋がりがあるとは知らなかった。

 凄腕の治癒魔法使いの事は、当家を訪れたバルロット殿下がお付きの方と話されていたのを執事が耳に入れ、知らせてきた話しだ。

 積年の痛みが収まり、膝が動いた嬉しさにその事をすっかり忘れていた。


 フルブラント侯爵があの時の言葉を悔いているとき、傍らのバンガートもバルロット殿下の『誰が凄腕の治癒魔法使いが居ると教えてあげたのか、忘れたの』との言葉を思い出し、あれは自分に聞かせる言葉だったのかと思い至った。

 やがて王籍を抜ける身だとフラフラしているのを侮ったが、手玉に取られていたとは思わなかった。しかし、この失態を主には話せないので口を閉じることにした。


 * * * * * * *


 RとLの姿をプレイリードッグ並みに小さくし、ミーちゃんは背負子に括り付けた木箱の中で小さくなっていて貰う。

 此れからの道中は街道沿いの草原を歩き、街には寄らずに過ごす事になる。


 ウィランドール王国とウルファング王国との国境の町ヴェルナスまで、ヴェルナス街道を馬車で行けば36日程の距離。

 判っちゃいるがと~っても不便で、ヴェルナスと国境を挟んだペイデン迄は荒野を七日と知ってげんなりする。

 ウルファング王国の王都迄は30数日、俺は何か選択を間違ったかなと思ったが、襲われたら反撃するのは当然の権利。


 フォレストウルフの疾走を使う時にだけ、RとLにも元の大きさに戻って貰い草原をひた走る。

 時々冒険者達と遭遇するが、その時は休憩タイムと思いのんびりと彼等を避けて通る。


 * * * * * * *


 「宰相閣下、彼は南門から出てタンザス街道を南に向かったそうですが、それ以後どの街や村にも姿を見せていません」


 「ヴェルナス街道にもか?」


 「はい。各領地の領主には見掛けた場合即刻知らせる様にと通達しています」


 バルロット殿下からの話では、暫く姿を消す事を示唆したが行き先のヒントすら残さなかった。

 此れまでの彼の行動から黙って引き下がるとは思えないが、相手は一国の王とその配下だ。

 キラービーを使えばそれなりの被害を与えられるのは間違いないが、彼は書状の束を使った様に、より効果的な方法を使うだろう。


 彼の事は何れ判るだろうが、不幸が訪れるのはウルファング王国であって我が国ではない。

 取り敢えず目先の問題を片づけて、彼が知る頃には全て終わらせておきたい。


 * * * * * * *


 バルロット王子の言葉通り王家の使いが現れ、フルブラント侯爵と治療に立ち会った者達全て、王城に出頭せよとの召喚状を渡された。

 バンガードが戻ってから、様々な伝を頼ってモーラン子爵に謝罪を試みたが、頑として撥ね付けられてどうにもならなかった。

 リリアンジュ王妃の取り巻きで、成り上がりの子爵だと侮っていたがとんでもない相手だった。


 翌日、正妻と側女や嫡男次男に執事を伴って王城へ出頭した。

 自分達とは別に、見舞いと見物に訪れていた伯爵や子爵達も王家に呼ばれているはずだが、何の音沙汰なく不気味に静まりかえっている。


 与えられた控えの間で待つこと暫し、呼びに来た侍従に先導されて城の奥深くへ入り、近衛騎士の立つ扉の前で立ち止まる。


 「ファーカス・フルブラント侯爵」と告げると、近衛騎士が扉を押し開けた。


 室内に足を踏み入れて背筋が冷たくなる。

 壁際に近衛騎士が立ち並び、導かれる先には玉座に座る国王陛下と傍らに控えるブライトン宰相。

 他には誰もおらず、その異様さに背後に続く者達の緊張が伝わってくる。


 定められた位置で跪き、深く頭を下げ「ファーカス・フルブラント、お召しにより参上致しました」と、声が震えぬ様に挨拶をする。


 「フルブラント、中々の権勢を誇っている様だな。背後に控える者達も、その方同様に傲岸不遜と聞こえてくるぞ」


 「陛下、決してその様な事は御座いません。ひたすらウィランドール王国と国王陛下の為に、此の身を鞭打って勤めております」


 「いやいや、ご老体に鞭打つ必要はない。御御足が完治したのなら、庭の手入れでもして余生をのんびり過ごせ」


 「陛下! お許し下さい!」


 「嫡男の名は何と申す」


 「陛下、今後此の様な不始末は・・・」


 「フルブラント殿! 陛下の問いに答えられよ!」


 ブライトン宰相にキツく言われ、弁明は無駄だと悟り声を絞り出して答える。


 「ジェロイド、ジェロイド・フルブラントに御座います」


 「ジェロイド・フルブラント、前へ出よ!」


 王家の怒りを目の当たりにし、蒼白な顔で父親の横に跪き頭を下げる。


 「ジェロイド・フルブラント、其方に伯爵位を与える。領地は・・・」


 「陛下、ヘイランズ領コルタナの領主をフローランス領タンザの領主に据えましたので、ヘイランズ領が宜しいかと。ガリアス街道から少し外れておりますが、長閑な領地だそうで御座います」


 「そうか、ジェロイド・フルブラント、近々伯爵位を与えてやろう。領地替えの準備を急げよ」


 呆然とするジェロイドやファーカス・フルブラントに「その逆上せ上がった頭を冷やしてこい! 背後に居る者達もだ!」とブライトン宰相の叱責が飛ぶと、慌てて頭を下げる一行。


 「ジェロイド・フルブラント、陛下の温情に不服でもあるのか?」


 「滅相も御座いません。謹んでお受け致します。このジェロイド・フルブラント、誠心誠意ウィランドール王国と国王陛下に忠誠を誓います!」

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