第112話 襲撃

 朝一で王都に戻り、ルシアンとデイルスを連れてマークスの家へ行く。


 「なんでぇ、昨日の今日だぞ」


 「デイルスは駄目だ。テイマーの基本は教えたが、冒険者になったら遠からず本人か仲間が死ぬ事になるな」


 「そんなに酷いのか?」


 「人の話を聞いてない。注意力散漫で見栄っ張りの傾向がある。それに直情的なところも見られるな」


 チラリとデイルスを見て、上着の破れや血の痕を見て頷いている。


 「ルシアンはどうだ?」


 「魔力操作ができているので初歩的な治療は出来る。明日以降は色々とやらせてから子爵様に預けるかどうか考えるよ」


 「判った、頼む」


 * * * * * * *


 「宰相閣下、北門から連絡が来ました。二人を連れて戻り、暫くして少女一人を連れて外へ出たそうです」


 「少年はいなかったんだな」


 「はい、少女一人だそうです。報告では少年は酷く落ち込んだ様子で元気がなく、少女は嬉しそうだったと」


 ミレーネ殿の報告通りなら、二人のうち一人、または二人とも治癒魔法使いの可能性がある。

 彼はミレーネ殿に魔法の手ほどきをすると告げている。


 彼と行動を共にした魔法使い達が腕を上げたのは、彼の助言か手ほどきを受けたに違いない。

 少年の事が気になるが彼の周辺を探るには細心の注意が必要で、加護と護衛の事があるので迂闊な事も出来ない。

 問題の少女が治癒魔法を習得して子爵殿に預けられれば、彼の教えを聞く事も出来るだろう。


 * * * * * * *


 街道から外れて草原に踏み込むが、ルシアンは草原に慣れていないので遠くへは行けない。

 そうなると街道に近い場所に出没するのはゴブリンかドッグ系で、もう少し大きいエルクとかホーンボアが欲しいが用意出来ない。

 仕方がないので、ルシアンにRを付けて野営用結界に残して、俺が狩りに出る。


 ビーちゃんにお願いしてエルクを探してもらい、5、6回チクリと刺して弱らせてもらう。

 動きが鈍くなったところでLに追わせて足止めをしてから、ぶん殴ってテイムしてルシアンの所へと連れて行く。


 小型のエルクといえども日本鹿の1.5倍程の大きさなので、毛剃りが大変で嫌になる。

 四肢を縛って転がしたエルクを、テイムから解放してルシアンを呼ぶ。


 今回は深い傷や突き傷の治療から始め、傷の大小や骨折と合わせた治療等色々と想定した治療を経験させる。

 しかし、魔力が84も有り練習の成果で45,6回も魔法が使えるので、安全の為に10回分を残して35,6回の治癒魔法が使える。

 その分練習もさくさく進み、内臓まで深く傷付けても治せる様になったが流石に一回では無理だった。

 なので一回の治療に使う魔力を増やしてみろとアドバイスをする。


 エルクも傷付けては治癒魔法で治すを繰り返すと、出血した血は戻らないので死んでしまう。

 毎日エルク一頭がご臨終になるまで練習を続けて、深手は一回に使う魔力量を増やして一発で治せる様になった。

 それも指一本とか二本分増やしただけで、大怪我を治せるとはビックリ。


 普通切り傷を治せても、倍の怪我なら魔力も倍必要な筈だが、ほんの僅かな魔力の増減で治せる。

 俺はそんな事を教えてないのにと不思議に思っていたら、魔力を増やせば大きな怪我も治るのなら、どれ位増やせば良いのか試していたとの事。


 怪我は一定の魔力を使わないと治らないが、それ以下だと魔法が使えない。

 そして一回で治らない怪我は魔力を増やすと治ったので、色々と魔力の使い方を試したと、あっけらかんと言われてしまった。


 支配したエルクを連れてルシアンの待つ野営用結界に戻って来たとき、Lが〈ギャン〉と悲鳴を上げて飛び上がった。

 同時に〈ポス〉〈ポス〉と音がして周囲に何か落ちる音がして〈バシッ〉と頭に衝撃を受けて倒れてしまった。


 襲撃? 取り敢えずフードを被り手袋を履きながら周囲を観察。


 《マスター、何か飛んできています》


 《L、大丈夫か?》


 《前足が動きません》


 さっき立っていた所を見ると鏃・・・石弩用の短めの矢が転がっている。

 街道から近いので人の居ることに慣れて油断していたが、人影も気配も無かったはずだ。

 改めて周囲を見渡しても襲撃者の姿も気配もない。


 《ビーちゃん達、聞こえたら助けて》


 《はーい、聞こえるよー》

 《マスターが呼んでるぞー》

 《お呼びですかー》


 《マスター、顔の横から血が出ていますよ》


 Lに言われて顔を撫でると、手袋にべったりと血が付いている。

 そう言えば、さっき何かの衝撃と共に倒れたっけ。


 《マスター、なんですかー》

 《マスター寝てるの?》


 《ビーちゃん達、俺の声が聞こえる所だけを飛んで人族を探して》


 《人族を探すの》

 《刺しても良いの?》

 《人族なら、あっちに沢山居るよ》

 《マスターのお願いなら任せて!》


 《そっちは駄目、声の聞こえる所だけだよ。それ以上離れたら刺しちゃ駄目!》


 ビーちゃんの姿が見えてから矢が飛んでこなくなったので、ビーちゃん達にお願いしながらLの所へ匍って行き傷を確認する。

 石弩の矢が前足の付け根に突き刺さっているが、鏃が大きいので相当な衝撃だったのだろう。

 俺も右耳が痛くなってきているが、音は聞こえるのでLを引き摺って野営用結界に潜り込む。


 「シンヤ様! 血が出ていますよ!」


 「ちょっと待って。取り敢えずLの怪我を治してやって」


 Lに突き立っている矢を引き抜き、ルシアンに治療を任せる。


 《皆、聞こえてる? 聞こえない仔が遠くへ行かない様にしてね。聞こえている仔は、遠くへ行かずに人族を探して》


 《マスターの声が聞こえる所に、人族なんて居ないよ》


 《マスター、覚えのある匂いがします》


 《ん、ミーちゃんは何処に居るの?》


 《Lが悲鳴を上げたとき、何か飛んできたので草叢に隠れて回りを見張っていました。少し離れた所に知っている匂いが強くする所があります》


 《人族は居ないんだな》


 《蜂が沢山飛んでいるので判りませんが、人族は見ていません》


 《判った、ビーちゃん達を上に上げるから、注意して匂いの元を探してくれ》


 「シンヤ様、怪我の治療をさせて下さい!」


 ルシアンが必死な顔で言ってくるので、治療を頼む。

 フードを外し傷に手を当てたがよく判らないと思ったら手袋をはいていた。


 「耳の付け根が切れて千切れかけていますよ」

 〈綺麗に治ります様に・ヒール〉


 「・・・大丈夫です! 綺麗に治りました」


 「Lは?」


 「Lも治しましたので、大丈夫です」


 《R、此処から見ていて誰か近づいて来たか?》


 《見える所には誰も来ていません》


 そうだろうな、不審な者が居れば教えてくれる筈なのに、警告は無かったからな。

 魔法攻撃が無かったというか、魔法攻撃が届く距離じゃないって事だな。


 ビーちゃん達に見つけられず、ミーちゃんが匂いを見つけたのなら穴にでも潜っているに違いない。

 以前フランと身を隠すときに、草付きの地面を持ち上げて下に潜った事が有ったが、あれをきっちりやられるとビーちゃんでは探せないか。

 覗き穴くらいは有るだろうが、RとLじゃ的になるだけなので使えない。

 ミーちゃんに潜んでいる場所を特定してもらい、魔法防御・防刃・耐衝撃を頼りに肉弾戦といきますか。


 「酷い血ですね」


 ん、と思ったら怪我で流れた血を拭いた布が赤黒くなっている。

 頭の傷なので血が沢山流れたが、ふらつきはしないので肉弾戦で後れを取る事はないだろう。


 《RとLは此処でルシアンを守れ》


 《お供します!》

 《マスターは怪我をしていますので、守ってみせます!》


 《駄目だ、此処でルシアンを守っていろ。相手は穴の中に隠れている様だから、どうにもならないぞ。ミーちゃんが居場所を探しているから直ぐに終わらせるさ》


 「ルシアン、RとLを置いていくので、静かに待ってな」


 前襟を立てフードを深く被って紐を絞る。

 目の周りだけしか晒していない、まるっきりの不審者だが身の安全には変えられない。


 《マスター、知らない匂いも沢山あります》


 石弩の矢はいろんな方向から飛んできていたので、何れだけの人数が居るのか解らない。


 《ミーちゃん、一度帰っておいで》


 ビーちゃん達に見つけられないって事は、俺の護衛がビーちゃんだと知っている確率が高い。

 それなら、陽の高いうちはモグラの様に地面の下から出て来ないだろう。

 夜戦なら慌てる事はない、俺は夜目も利くしミーちゃんが居るので逃がすことはないだろう。


 夕暮れまでに何度か野営用結界に矢が飛んできたが、甲高い音を立てて弾くと静かになった。

 野営用結界を知っているって事は、相応の知識と金が有るって事か。


 《マスター、起きて下さい、暗くなり始めました》


 《ミーちゃんの尻尾で、ポフポフされて起こされた》


 《匂いの所から何か出てきたか?》


 《何も出てきません》


 逃げてないのなら相手もやる気十分って事なので、昼のお礼をしなくっちゃ。

 襟を立てフードを被り、手袋を履いて戦闘準備完了。


 《行くぞ、ミーちゃん。足以外は攻撃禁止だよ》


 《お任せ下さい、マスター》


 ミーちゃんの先導で暗がりを選んで前進して、覚えのある匂いがした場所を教えて貰う。

 此処ですと言って前足で地面を叩いたが、何の変哲も無い草の生えた所だ。


 来る途中で拾った一抱えもある石を、心の中で(せーの)の掛け声を掛けて放り上げる。

 〈ドスン〉と音がして、地面が大きく陥没する。

 穴が開くほどじゃないが、フランほどの土魔法使いじゃなさそう。

 周囲を探して石を抱えては放り上げ、陥没した穴の周辺に落とす。

 四つ目の石を落としたときに穴が開き、別の場所から石弩を持ったり抜刀した男達が飛び出して来た。

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