第106話 指南依頼
差し迫った問題は、子爵位を授爵されるミレーネ様への祝いの品だが、俺はしがない冒険者なのでと、知らぬ振りも出来ない。
幾ら頭を絞っても此の世界の事を良く知らないし、貴族社会の事など尚更だ、ままよ本人に聞いた方が早いと訪ねて行く事にした。
セバンスに迎えられてサロンに案内されたが、一段と不機嫌な糞親父に出迎えられた。
俺が隠居に追い込んだのだが、この不機嫌な顔を見て嬉しいのは初めてなので、挨拶をしておく。
「これは又、一段とご機嫌麗しくあらせられますねぇ。ミレーネ様が子爵位を賜るそうで、お目出度う御座います」
不機嫌MAXな顔で黙って立ち上がり、荒々しく部屋を出ていく糞親父。
「あまり刺激をしないでね。これ以上何かされると蟄居なんて言われそうだから」
「その方が静かで良いのでは」
「父親だし、ミーナの祖父ですからね。良い所へ来てくれたと言いたいのですが、何か御用?」
「子爵位を賜るそうで、お目出度う御座います。お祝いをと思いましたが、冒険者なもので何も思い浮かびません。それならばご本人の希望があればと尋ねにきました」
「あら、それは嬉しいけれど無理をしなくて良いわよ。子爵と言っても年金貴族なので、何も変わらないと思うわ。でも、お言葉に甘えて少しお願いがあるの」
「出来る事でしたら」
「ミーナのお友達がブルーを見て羨ましがり、自分も猫が欲しいと言い出したのよ」
「つまり、テイムされた猫が欲しいと」
「伯爵家のお嬢様なのですが、問題は彼女のお兄様なの。その方は伯爵家の六男ですが、授けの日にテイマースキルを授かったの。何れは家名から外される身なので、テイマーとしての腕を磨こうとしたけれども、周囲には軍馬や馬車馬しかいません。貴方がフォレストウルフを従えていると知り、伯爵様から貴方に指南をして貰えないかとお願いされたの」
テイマーとしての指南か、ミレーネ様も断りづらいのだろう。
「一度会ってから、依頼を受けるかどうか返答するって事でしたら」
「猫は?」
「そのお嬢様の、望みを聞いてからですね」
依頼主はアランド・ファンネル伯爵、俺の家に連絡が届くので宜しくとお願いされた。
* * * * * * *
ミレーネ様の頼みを受けてから四日目の朝、ノックの音で起こされた。
覗き穴から見ると、なんちゃら伯爵の使いらしき男が立っていたのでドアを開ける。
依頼を受けた礼を言われて、明日迎えに来ても良いかと尋ねられたので、待っていると答えると一礼して帰って行った。
が、あの目付きは冒険者を見る目付きだな。
俺が冒険者用の服を着ているので間違いはないのだが、主が依頼した相手に対する目付きじゃない。
翌日、迎えの男はRとLを見てビビリ、二頭は馬車の後をついてくるので気にせず行けと伝えるとビックリしている。
動き出した馬車の中、平穏無事でありますようにと八百万の神に祈っておく。
馬車は使用人用の馬車だろう、辻馬車より乗り心地が悪い。
貴族街の入り口で止められて詰問、身分証を見せて通してもらったが、王都内ではテイムした使役獣を連れて歩けなかった事を思い出した。
というか、王都内に野獣を連れ込めないのだから当然か。
通用門から伯爵邸に入り、案内されたのは出入り業者の待合室のような所。
暫くして昨日の男がやってくると、「アランド・ファンネル伯爵様の六男ランスロット様に会わせるが、失礼の無いように」と言われてしまった。
教えを請う為に呼ばれたと思ったが、冒険者に依頼して呼びつけたって感じだな。
まっ、依頼を受けるも断るも気分次第なのでどうでも良い。
男の後に付いていくと、屋敷の裏に回り訓練場の様な所へ連れて行かれた。
数名の男が待つ前で恭しく一礼し「テイマーの男を連れて参りました」と丁寧な言葉。
上等な衣服の男と護衛が四人に簡素な服の同年代の男が一人に少し年上とみられる男が二人。
興味深げに俺を見ているが、誰も何も言わない。
「フォレストウルフを従えるテイマーとは、お前か?」
「テイマーの指南を依頼されて来たのだが、そんな雰囲気じゃないな」
「無礼者! バルロット・ウィランドール殿下であられる! 跪け!」
あれれ、ランスロットじゃないのかよ。
「殿下って言われても、本物かどうか判らねぇからなぁ~」
「なっ・・・何と不敬な物言いだ、許せん!」
「ランスロット、こんな礼儀知らずを呼んだのか!」
ん、俺と同い年に見える奴がランスロットか、殿下と言われた男も俺と似たように歳に見えるが、胸に紋章が無い。
「あんたがランスロットらしいが、此奴等は何だ?」
「跪けと言っているのが聞こえぬか!」
「無礼者が、許せん!」
「この御方は、カリエス・ウィランドール殿下に間違いありません」
「そうか。で、俺に何を教わりたいって?」
「殿下、何を笑っているのですか!」
「無礼者に報いを与えねば!」
「殿下!」
「そこ、煩いよ。文句があるのなら護衛を使えよ、それともお前等の護衛じゃないのかな」
笑う男の左右に控える護衛は、表情一つ変えずに黙って立っているが恐そう。
ビーちゃん達を呼ぶまでもなさそうなので、もう少し相手をしてみるかな。
「父がお願いしたのはテイマーとしての手ほどきです。フォレストウルフを従えていると聞きましたが」
「ああ、連れて来ているが・・・この煩いのを何とかしろよ」
後の言葉は笑っている男に言うと、護衛の頬がピクリと動く。
「君達、静かにして貰えるかな」
その一言で、キャンキャン吠えていた二人が静かになった。
こりゃーマジモンの王子様かな、どっちにしても身分証を見せられた訳でもないし、何処にも王家の紋章が付いてない服を着ている。
ならそういう事で俺もそのつもりで動くさ。
「テイマーとしての能力は?」
「能力は22ですが、一度もテイム出来たことがありません」
22なら、ホーンドッグかハウルドッグのテイムが良いところで、ホーンボアやハイゴブリンの強い個体は無理か。
「妹君が猫を欲しがっていると聞いていますが」
「王都貴族学院の学友が、ブルーという名の猫を飼っているのだが羨ましいらしくて」
「この敷地内にも猫は住み着いているでしょう、テイムしてみては如何ですか」
「猫をですか」
嫌そうな顔で返事をするが、能力22ならブルーが13だったが、猫の上限は22以下だと思われるので出来る筈だが。
「猫は嫌ですか」
「その、もう少しマシな獣をテイムしたいのですが」
「能力22なら、キャット種やゴブリンが良いところですよ。ハイゴブリンになると、強い個体は貴方ではテイム出来ません。テイムしようとすれば、自分の能力以下に落としてからでなければテイム出来ません」
「しかし、そんな獣をテイムしても役に立ちません」
「つまり、一度もテイムしたことがないのに大物を支配したいって事ですか。それなら教えても無駄ですので、お嬢さん好みの猫を捕まえる事にします。失礼します」
返事を待たずに一礼して背を向けたが、少し離れた場所に案内してきた男が立っていた。
「ランスロット様になんと無礼な口の利き様をするんだ。失礼のないようにと言ったのを忘れたのか!」
「煩いよ。俺は依頼と言ったが、知り合いを通して手ほどきをお願いされた立場だ。さっきの待合室に行くので、執事とお嬢様とやらを呼んで来い。出来ないのなら帰るので馬車を用意しろ」
「お前はそれで通ると思っているのか!」
「そこに殿下と呼ばれている奴がいるが、俺もこんな物を持っている。黙って執事を呼ぶか、伯爵を呼んでこい!」
鼻先に突きつけた身分証を見て、一気に空気の抜けた風船のようになる男。
彼奴が本物の殿下なら、此の男も俺の身分証に描かれた紋章を知らない筈がない。
というか、殿下と呼ばれ敬われている奴がいるのに、そちらを無視しているのは承知の上か。
「行け!」
俺の一言で、弾かれたように駆けだしていく。
さっさと猫をテイムしたら帰ろうと待合室に向かったが、今度はランスロットから声が掛かった。
「待ってもらいたい、テイマー殿」
「なんだ。やる気の無いお坊ちゃまに、のんびりお付き合いをする気はないのだが」
「あの男に示した身分証を見せてもらいたい」
「何故? 必要無かろう。というか、伯爵から何も聞かされていないのか」
「フォレストウルフを従えた、名の売れた高ランク冒険者としか」
ランスロットの後ろで、殿下と呼ばれている奴がクスクス笑っている。
奴は俺の事を知っていて、この茶番を楽しんでいるようだ。
「後ろに居る、殿下とやらが知っていそうだから聞いてみな。それと、野獣を連れて王都への出入りは禁止されている。貴族の子弟でも通るのは無理じゃないかな」
俺の言葉の意味を理解したようだが、困惑している。
そりゃそうだ、野獣を連れて王都への出入りは出来ないと言った本人が、野獣を連れて王都内を闊歩している。
「シンヤ殿、改めて名乗らせてもらう。バルロット・ウィランドールだ。身分証を見せた方が良いのかな」
「必要ありません。それに殿は不要です。私に何か御用ですか?」
「貴方に魔法の手ほどきをお願いしたい」
「王族の貴方に、魔法は必要ないでしょう。それに、私はテイマーであって魔法使いではありません」
「それは承知している。だが貴方と行動を共にした魔法使い達は、全て一流の魔法使いに成長している。それ迄は腕の良い者から劣る者まで様々だったが、貴方と行動を共にして一段と上達している」
「そんな戯れ言を誰から聞かされました?」
「此れでも王家の一員でね。それなりの情報源は持っている。私は王位継承権第八位だ、何れ王籍を外れて官吏になるか、騎士団辺りで一生を終えることになる。運が良ければ、貴族家に婿入りか養子になる。今でこそ王子だ殿下と頭を下げてくれるが、何れ彼等より下位になる時が来る」
また、面倒そうな話だな。
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