第105話 隠居の勧め
頭上で旋回するキラービーを見て固まる宰相と騎士達。
鑑定使いを殺しても殺さなくても俺の事を調べられるだろう。
殺せば隠したい秘密が有ると思い、なおのこと詳細に調べられるだろう。
僅かの間にどの程度の事が判ったのか知らないが、後々念入りに調べられたくないので生かしておくことにした。
しかし、王城内は阿鼻叫喚と言ったら良いのか、開け放たれた扉からは様々な悲鳴や呪詛の声が聞こえてくる。
同時に俺の居る部屋と控えの間は、ビーちゃん達の羽音で重低音に満たされて禍々しい雰囲気になっている。
ブライトン宰相が何か言っているが、ビーちゃん達を避けて伏せていて恐怖の表情からビーちゃん達の事だろう。
十分驚いただろうから許してやるかと思い、鑑定使いを蹴り飛ばしてから窓を開く。
《皆、此処から外に出てくれるかな。もう刺しちゃ駄目だよ》
《マスター、未だ刺してないよ》
《マスターのお願いには従います》
《おーい、此処から外に出られるよー》
控え室の方から俺の居る部屋へと、川の流れのようにビーちゃん達が飛んで来ると、開け放たれた窓から外へと飛び去って行く。
《誰も居ないよー、マスター何処ですかー》《出られないようー》と時々聞こえてくるので、キラービーを見掛けたら窓を開けるよう伝えてと宰相閣下にお願いする。
お礼にお肉をあげたいが、今はそんな雰囲気じゃないのでビーちゃん達にお礼を言って解散させる。
「宰相閣下、此の男の様な勝手な事をすると命の保証は出来ませんので、以後気を付けて下さいね」
責任は其方に有ると先制口撃、取り敢えず目的は果たしたし花蜜とゴールドマッシュを渡したので用はない。
さっさと帰らせてもらおう。
* * * * * * *
シンヤを送り出すと鑑定使いに怒声が飛ぶ。
「己は何をしたのか判っているのか!」
あの殺人蜂の大群に乱入されて、何も被害が無いとは思えないが状況確認が先だ。
鑑定使いを警備の者に引き渡すと、断りもなく鑑定した理由を調べろと命じる。
「宰相閣下、陛下が此の騒ぎは何事かとお怒りです」
此の騒ぎも何も、鑑定使いの行動が危うく王国の危機を招きかねなかった、と報告する気の重さに溜息が出る。
重い足取りで国王陛下の執務室に向かい、事の経緯を説明した。
「何か、その男は自分が鑑定されたことに気付いたのか」
「彼の言葉では『何かおかしな感触がして』と申しましたが、鑑定使いが驚いて声を出したので鑑定されたと確信した様です」
「たしか、テイマー神の加護を授かってると聞いたが」
「はい、王妃様やミレーネ嬢が彼の護衛の蜂を目にしております。彼を攻撃する者や敵意を抱く者が居れば、殺人蜂キラービーが助けてくれるとの事です。今回の様に彼の怒りの感情にも反応するとは聞いていましたが」
「被害は?」
「未だ判っていませんが、私の執務室だけで数百数千匹の蜂が居たようですので・・・」
「それより、鑑定結果を聞いてこい。鑑定されただけでその怒り様は、何か秘密があると思うぞ。結果によっては決して外部に漏れないように処置しろ」
国王に命じられて、急ぎ補佐官を取り調べの部屋に向かわせた。
* * * * * * *
補佐官が警備隊詰め所を訪れたとき、屈強な取調官に囲まれて痣だらけの男が震えていた。
「何か判りましたか?」
「これは補佐官殿、あまり裏はなさそうです。話では下級官僚のテイマーと仲が良かった様で、その男から聞かされた話に興味を持っての行動の様です」
「その話とは?」
「その男はテイマーで同じ様に加護も授かっているが、ファングキャットとフォレストウルフ二頭を従えた上に、テイマー神よりキラービーの護衛まで付けてもらっていると。同じ加護持ちのテイマーで此れほど違いは何か、絶対に特別な方法を知っているに違いないと、常々言っていたそうです。丁度その男が来たので、その秘密を暴いてやろうと鑑定したと言っています」
「それ以外に何か?」
「いえ、同じ様な内容の話ばかりですので、裏が有るとも思えません」
「そうか。すまないが、暫く二人だけにしてくれ」
「えっ・・・」
「聞こえなかったのか、その男と二人だけになりたいんだが命令書でも必要か?」
高級官僚の宰相補佐官に逆らう気は毛頭ないので、最敬礼をして部屋を出ていく取調官。
彼に話が聞こえないのを確認して、鑑定結果を尋ねた。
「間違いないな!」
「はい、加護を三つ授かった者がいるなんて」
「それ以外には?」
「人族で21才、テイマーで能力が1です。その後でアマデウス様の加護とテイマー神様の加護を授かっているのが判りましたが、加護の数が三つと知りビックリしたのです」
「三つ目の加護は如何なる神のものだ?」
「判りません。ビックリしてしまい鑑定が途切れました」
「魔法は授かっていなかったのだな」
「はい、テイマースキルだけでした」
「この事は誰にも喋るな、喋るとお前の命が無くなると思え」
鑑定使いに言い含めると取調官を呼び戻し、以後取り調べは不要、何も聞くな喋らせるなとキツく命じた。
神様の加護を三つも授かっているとは、初めて聞く話で外部には漏らせないと思い宰相の下へ急ぐ。
帰ってきた補佐官の言葉を聞いて宰相は驚いた。
「加護を三つも授かっているだと!」
「はい、それにビックリして声が出たと言っていますが、アマデウス様とテイマー神の加護で、あと一つは声が出た為に鑑定が途切れたそうです」
「だが加護は三つで、魔法を授かっていないのは間違いないな」
「そう証言しております」
「その話は外部に漏れないようにしろ」
「既に取り調べを中止させ、何も聞くな喋らせるなと命じています」
補佐官の言葉に深く頷き、国王陛下の下へ報告に向かった。
* * * * * * *
「加護を三つも授かっているとはのう」
「加護を二つ授かっている、と言った噂を聞いたことはありますが、三つも授かるものでしょうか」
「その方も、ハインツでの報告は受けているであろう」
「はい、無頼の冒険者に従えていたフォレストウルフを殺されたと言いながら、一回り大きなフォレストウルフを従えて戻って来たと。テイマー能力が1にしては規格外すぎます」
「その男と討伐任務に就いた、魔法使い達はどうだ」
「中々の腕利き揃いの様で、王都の外で訓練をしていた一組は二人の魔法使いを有し、王家の魔法師団の者を超える腕の様です。もう一組は彼の家に泊まり、買い物三昧と呑気なもので魔法もそれなりに熟すとの話です。ただ聞き取りをした冒険者の話ですと、何れの魔法使いも無詠唱に近い短縮詠唱で魔法を使っているようです」
「それは興味深いな。あの男と周辺に居る者達から目を離すなよ」
「はい、されど彼の従えている猫とウルフが邪魔で、迂闊に近寄れませんので周辺の者から話を聞くのが精一杯です」
「うむ、今回の様なことが起きれば、我々は壊滅的な打撃を受ける恐れがあるので慎重に探れよ。それと望みは叶えてやれ」
「ではミレーネ嬢を子爵待遇に?」
「いや、花蜜とゴールドマッシュ、この二つを引き入れた彼女の功績は大きい、年金貴族として正式に爵位を与えよう。お前が受け取った書状を少し読んでみたが興味深い。シンヤなる男も、中々の食わせ者だな」
笑いながら封を切った書状を宰相に渡す。
受け取った書状を読んで苦り切った顔になるブライトン宰相。
「これは・・・モーランの漏らした言葉で此の様な騒ぎになるのであれば、彼を隠居させたくなるのも当然ですな」
「明日にでもその男に使者を送り隠居を命じろ。ミレーネ・モーランには、正式に子爵とする通達も出しておけ」
「御意!」
* * * * * * *
モーラン邸に王家の使者が訪れ、ウォルド・モーランに対し不用意な一言が王国に混乱をもたらしていると責め、隠居を命じる書面を手渡した。
傍らに控えているミレーネ・モーランには、貴重な品々を王家に引き入れる道筋を作った功績を認め、正式に子爵位を与え年金貴族とすると伝えた。
授爵の儀は良き日をもって行うので、追って知らせると告げて使者は帰っていった。
「何故だ! 儂が隠居だと。小僧のことを少し話しただけだろうが!」
「父上、ミーナが襲われた時に思い込みでの行動や迂闊な一言で、彼に何度迷惑を掛けたのか覚えていますか。それと、昨日王城で騒ぎが起きたようですが、若い男が宰相閣下と御面会の最中に騒ぎが起きたそうです」
「それが何の関係が有る!」
「騒ぎの元は蜂だそうです」
蜂と聞いて硬直するモーラン会長、キラービーの飛び交う様を思い出し冷や汗を流す。
ミレーネが、王妃様の小間使いとして送り込んだ娘からの知らせであろうから、あの小僧が関係しているのは間違いない。
* * * * * * *
エムデンの冒険者ギルド留めで、オルク宛に事情を説明した書状を送った。
確認はしていないが、長年ギルドに出入りしている見知った顔だし、見掛けたら渡してくれるだろう。
王城での騒ぎから三日後、ミレーネ様から書状が届いたが文面を見て笑ってしまった。
王家の使者が訪れ糞親父に隠居を命じたとの事と、ミレーネ様が子爵位を賜る事を伝えたそうだ。
それとは別に、知り合いが王城内の騒ぎを知らせてきたと書かれていて、
王城内に多数の殺人蜂が侵入した為に一時大混乱に陥ったとの事。
殺人蜂を追い払おうとした者達が多数刺されて、重軽傷者多数の為に毒消しポーションを求めて王都中の薬師ギルドが警備隊に襲われたと記されていた。
こりゃー鑑定使いはただでは済まないだろうと思うが、自業自得なので忘れることにする。
問題はどの程度鑑定で知られたかだが、知りようが無いので諦める。
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