第104話 鑑定使い

 一日遅れでザンドラを出発したが、慌てて合流する必要もないのでのんびりとエムデンに向かったが、のんびりしすぎた。

 エムデンに到着したが、落ち合う場所を決めていなかった。

 あの状態で落ち合う場所を決める暇が無かったってのもあるが、つくづくザンドラは俺に祟ると愚痴が漏れる。


 ギルドに寄り、エールでも飲みながらオルク達の事を訊ねようと行けば、モテない男とばったりと出会った。


 「よう、モテないおっさん。オルク達を見掛けなかった?」


 「オルク~ぅ、ケッ 知るかよ!」


 絡む割には、名前も聞きたくないのか。


 「そんなだからモテないんだよ」


 「ほっとけ!」


 買い取りの親父に尋ねると、暫く顔を見てないと言われてしまった。

 暫く見てないのは知っているが、獲物を全て売り払っているのでギルドに顔を出すのは時間が掛かりそう。


 エールを飲みながらどうするかと考えていると「シンヤ殿とお見受けする」と声が掛かる。

 殺気も無く近寄って来た男は、冒険者の身形だが、立ち姿と雰囲気からして騎士だろう。


 「俺に用のある御仁には見えないが」


 「貴殿に書状が届いているので、主の館までごお出で願いたい」


 また書状か・・・「差出人は?」


 「ブルーは元気だと。と書かれているそうだ」


 ミレーネ様からか、ミレーネ様と関わる時も厄介事が多いんだよなぁ。

 だが、何処にいるのかも判らないのにギルドで待ち伏せとは、尋常じゃない。


 「判った。案内してくれ」


 表に出ると少し離れた場所に綺麗な馬車が停まっていて、紋章こそないが、貴族か豪商の乗り物に見える。

 馬車の向かった先はご立派なお屋敷、エムデンの領主って誰だっけ。

 馬車は正門から入り、車回しを通って正面玄関に横付けされたので憂鬱になる。


 扉を開けてくれたのは迎えに来た男で、それ以外の出迎えはなし。

 案内されたのは二階の一室で、扉の前に騎士が立っている。

 よくよく貴族の屋敷に縁が有るとウンザリしながら中に入ると「シンヤ殿をお連れしました」との声に、執務机に座る男がジロリと見てくる。


 鍵の掛かった引き出しから出した書状を傍らに控える執事に渡すと、それを恭しく持って来る執事。

 紋章は炎の輪に吠えるドラゴンで、全てに金色の縁取り付きときた。

 嫌~な予感がするが、此処まで来て読まずに帰る訳にも行かずに封を切る。


 嘗ての敵国ウルファング王国より、サミュエルド・ウルファング国王の三女ルルーシュ・ウルファングの、婚姻が決まったとの知らせがきた。

 結婚式は三月後、100数十年以上前の戦の遺恨は今も残り、嫌がらせは続いていて時々このような事をしてくる。

 我が国も面子があり、相応の祝いの品を贈る事になるが時間が無い。

 宝物庫より選りすぐりの宝飾品を贈るが、世に二つと無い花蜜も送りたいので譲って欲しいと。


 何事かと思えば、嘗ての敵との見栄はり合戦ってか。

 力が抜けたが丁度良い機会だ、条件さえ折り合えば要望に応えてやろうじゃないの。


 「返事は?」


 読み終えた書状を丸めていると、主と思しき男が問いかけて来る。


 「王家の返答次第ですね」


 「王家の返答次第とはどう言う意味だ。お前は王妃様の御用係の筈だが、王家の命に従わないつもりか!」


 「王家の命ではありません。言ってみれば依頼、ですかね」


 「では断ると」


 「返答次第と申しましたよ。書状は読みましたので王都へ向かいます」


 「暫し待て! 馬車の用意をさせる」


 冒険者スタイルの俺が気に入らないのか、肩に乗るミーちゃんを不快極まりないって顔で見ながら言ってくる。

 走った方が早いのだが、街道をRとLを連れて駆けると大騒ぎになるだろうから黙って従おう。


 執事が馬車の用意が出来ました、と伝えに来るまで会話も無ければ立ち上がりもしない。

 貴族のプライドか何か知らないが、此処で俺がヘソを曲げたら王家の不興を買うぞ。

 と思ったがお口にチャック。


 見送りに出た執事は、玄関脇に控えるRとLを見てビックリしていたが、主人の無礼を詫びて深々と頭を下げる。


 「御領主様のご尊名を聞かせて貰おうか」


 「エバートン・ハイランドと申します。伯爵位を賜っております」


 「伯爵か、気位が高そうで仕えるのが大変だろうな」


 馬車には護衛の騎士が前後に二名ずつ付き、冒険者が六名ずつ従い結構早い速度で駆けていく。

 RとLが馬車の前、騎馬の騎士達との間を走り、疲れたら教えろよと言ったが、馬の方が早くバテる。

 馬を休ませながら、大きな街では馬を替えての急ぎ旅となった。

 エムデン王都間は、馬車で15日の距離を8日で走り抜き王都に駈け込んだが、そのまま王城へ向かって走る。


 おいおい、モーラン商会へと思ったが、書状は王家からだったのを忘れていた。

 三月後と書かれていたが、俺が受け取るまでどれ程経っているのか知らないが、急ぐのだろうと諦める。


 RとLにミーちゃんを待機場所で待たせ、迎えの者について歩くが行き交う人々からの好奇の眼差しが痛い。

 旅の途中宿で上等な街着に着替えているが、此れが冒険者用の服だとどんな目で見られるのか逆に興味が湧く。


 つれて行かれた先は立派な椅子が疎らに置かれた広い部屋で、控え室らしく多くの者が座っている。

 俺の姿を見る目がそれはもう、値踏みされているのがよく判る。

 隣室に繋がる扉の横に机が置かれ、見るからに官吏といった男が座っている。

 俺を案内してきた男がその男に何やら告げているが、こりゃーお偉いさんの前に引き立てられるのかな。


 待たされる事もなく直ぐに招き入れられたが、あの時のおっさん。

 確かブライトン宰相閣下、やれやれ、跪かなきゃならんのかねぇと考えていると「宰相閣下の御前である、跪け!」と怒声が飛んできた。

 むかっと来たが、此処で大暴れをする訳にいかず跪こうとしたら「良い、その必要は無い」とお優しい事で。


 「それで、どうかな?」


 「物は持っていますしお分けする事に問題は有りませんが、一つ条件が在ります」


 「提供して貰う物には相応の対価を支払うが、それ以外に望むものを与える用意がある」


 「此の国では、女性に貴族位を与える事は出来ますか?」


 「その家に男子の跡継ぎが無い場合は可能だが」


 「では、モーラン商会の会長であるウォルド・モーランを、子爵待遇から外して隠居させる事は出来ますか?」


 「理由を聞いても?」


 「彼の口の軽さです。上位者には気を付けているようですが、私の様な者は度々被害を受けています」


 「あれか、多くの貴族や豪商が君の所へ押し掛けた様だな」


 「可能ならお望みの物以外に、手土産も御座います」


 おっ、宰相の眉がピクリと跳ねたぞ。


 「当主を、ミレーネ・モーラン殿に据える様、陛下に進言してみよう」


 マジックポーチから書状の束を取り出し、コウエン子爵の一通を抜き取り懐に入れる。


 「献上品に涎を垂らした者達からの書状です」


 書状の束を見て、宰相がくすくす笑い出した。


 「君の希望が叶う事を、約束するよ」


 「では、ワゴンの用意をお願いします」


 * * * * * * * *


 呼ばれた鑑定使いと共にワゴンが用意され、花蜜を五本とゴールドマッシュを五本、その隣りに書状の束を置く。

 並んでおかれた瓶を一本ずつ鑑定して、全て問題ありませんと報告すると、満面の笑みで頷く宰相。


 「有り難い! 高価な宝飾品も花蜜には遠く及ばないからね。女性にはこれに勝る贈り物はない」


 ん、・・・何だろう?


 〈馬鹿な!〉


 ワゴンの横に立つ鑑定使いが、呟いたのが聞こえた。

 何が、と見れば、俺の顔を見て驚愕の表情になっている。

 鑑定使い、もしや・・・俺を鑑定したのか?


 「己は何をした!」


 殺気と王の威圧で射すくめて問いかけたが、壁際の護衛達が反応した。


 「閣下、お下がり下さい!」

 「動くな!」

 「動くと斬り捨てるぞ!」


 護衛達が剣を抜き俺を取り囲もうとしたが「待て! 誰も動くな!」と一喝したのは宰相。


 「何をしたと聞いている!」


 「何事だ? 訳を話してくれ」


 「宰相、俺を鑑定しろと命じたのか?」


 「鑑定・・・まさか君を鑑定したと言うのか」


 「何かおかしな感触がして〈馬鹿な〉とこの男の呟きが聞こえた。見れば俺の顔を見て驚いていたが、鑑定使いに出来る事はただ一つだ。何をしたのかは聞くまでもないが・・・」


 「許可なく人に対する鑑定は禁じられている。特に王城ではな、それは罪人に対する行為と同じだから」


 殺すか・・・殺せば余計に興味を持たれて調べられる、糞親父の隠居要求は高いものについたが、保険に脅しだけは掛けておくか。


 《ビーちゃん達、聞こえたら集まれー》


 《あっ、マスターだー》

 《マスター、何処どこなの?》

 《マスターを探せ!》

 《おーい、マスター何処ですかー》


 《大きな家の中だよ》


 《家・・・てなに?》


 《あー、人族の巣だな》


 《ヨシ、人族の巣を探せ!》


 何か騒がしくなり始めたが、大丈夫かな。


 「シンヤ殿、君を鑑定しろとは命じていないが、信じて貰う方法がない。どうすれば良い」


 騒ぎが益々大きくなってきて、此の部屋まで〈キャー〉とか〈蜂だ、大きいぞ!〉〈伏せろ!〉とか聞こえる。

 宰相も気付いた様で、ギョッとした顔で俺を見る。


 「蜂を、キラービーを呼んだのか?」


 「俺にそんな能力は有りませんよ。俺の怒りに反応したのでしょう」


 激しいノックの音がし、返事も待たずに男が飛び込んで来た。


 「蜂が、閣下、蜂の大群が!」


 叫ぶ男の開けた扉からビーちゃん達が低い羽音を立てて跳び込んで来る。


 《マスターみっけ!》

 《おーい、マスターが居たよー》

 《居ないぞ、人族が一杯だけどマスターは何処?》


 《皆、未だ刺しちゃ駄目だよ》


 《えっ、追いかけてきたから刺しちゃったよ》

 《俺も、殺そうとしたから刺しまくってやったぜ》

 《未だ刺してないです、マスター。褒めて♪》


 あちゃー、大惨事の様だけど、窓を壊して呼ぶべきだったかな。

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