第103話 諍いの代償

 「申し上げます! キンディ様が、冒険者に脅されてお屋敷に向かっているそうです!」


 「屋敷に向かっている、帰ってきているの間違いではないのか」


 「いえ、冒険者ギルドの前で諍いがあり、無頼の冒険者を警備隊詰め所まで連行しましたが、キンディ様が現れて冒険者に捕まりました」


 「ちょっと待て、冒険者に捕まっただと・・・それで何故屋敷に向かっているんだ?」


 「はぁー、それがよく判りません」


 「ノルトを呼べ、ノルトに任せよ」


 執事の報告に、何時もの様に嫡男に丸投げするランデット子爵。

 直ぐにノルト様を呼びに行かせたが、キンディ様が又何か問題を起こしたのは間違いない。

 あの親子は、常に頭痛の種だと胸の内で毒づく執事。


 * * * * * * *


 さて、正面から行くべきか、それとも通用門にするか悩んでいるとお迎えが来た。


 「止まれ! お前はキンディ様をどうするつもりだ?」


 「此奴のパパの所へ案内させているだけだ。ランデット子爵とやらは居るか」


 「口の利き方に気を付けろ!」


 長引きそうなのでビーちゃんを呼び、上空待機をしてもらう。


 「お前じゃ話にならないので、執事を呼べ。嫌なら此奴の顔の形が変わるぞ」


 何とも締まらない脅迫、道案内が終わったら草叢にでも蹴り込んでやるか。

 問いかけて来た騎士が躊躇っているので、キンディの頭を殴りつけたんこぶを作ってやる。


 〈ビェーン〉って泣き出したが、子供かよ。

 しかし、騎士には効き目が有った様で屋敷に向かって駆け出した。


 「おら、さっさと歩け。そこの門を開けさせろ」


 めそめそ泣いて動きが遅いので、襟首を掴んで引き摺り正門に叩き付ける。


 「おい衛兵、お坊ちゃまのご帰還だ、門を開けろ!」


 泣くお坊ちゃまと俺を見比べて戸惑う衛兵、奥の屋敷から執事らしき男と騎士が足早にやって来るのが見えた。


 身形は立派だが顔色の悪い男が正門を挟んで立つと「キンディ様に狼藉を働くとは、身の程知らぬ様だな」


 「身の程知らずかどうかは知らないが、ちょっと領主に用があるので会いに来た」


 そう言って、身分証を執事に見せる。

 不思議そうに身分証を見ているので、執事をしているのに王家の紋章を知らないのかと不安になって来る。


 「それをよく見せろ!」


 正門の格子越しでは見づらい様なので、格子の隙間から手渡してやる。

 紋章をじっくりと見、裏返して俺と線描を見比べてから掌に置き、指を当てて何やら呪文を呟いている。

 浮かび上がった紋章を見て漸く本物と思った様で、見る見る顔が硬直していく。


 「開門! 早く開けろ!」


 執事の豹変に戸惑う衛兵が、慌てて門の閂を外して開く。

 執事が恭しく一礼すると「シンヤ様失礼致しました。主の所へご案内致します」と、子犬を無視して俺に告げる。

 ぽかんとしている子犬を蹴り付け、執事に案内されて領主の下へ行くことになった。


 正面玄関から入ると、メイド達を並ばせ様とするので止めさせるが、集まったメイドや使用人がキンディの姿を見て興味津々な様子。

 どう見ても、キンディに不幸が訪れるのを期待する顔だ。

 執事と共に来た騎士がふらふらするキンディを横から支えているが、キンディの怪我には興味がないようで、嫌われ者なのがよく判る。


 騎士の立つ扉の前で「リリアンジュ・ウィランドール王妃様御用係、シンヤ様です」と告げている。

 おいおい、なんて紹介のしかただよ。

 護衛の騎士達がギョッとした顔になってるじゃないの。


 引き開けられた室内には男がだらしなくソファーに座り、キンディより年上の男が立っていたが、執事の言葉が理解出来なかった様だ。

 執事もそれを感じた様で「旦那様、リリアンジュ・ウィランドール王妃様の御用係を勤められている、シンヤ様です」と再度告げている。

 それでも反応が鈍いので、マジックポーチから身分証を取り出して見せてやる。


 立っていた男が慌てて跪き「父上!」と、鋭い声で注意を促してている。


 「あっ、見掛け通りの冒険者ですので、跪く必要はありません」


 「当家に何か御用でしょうか」


 「貴方は?」


 「失礼致しました。ディルソン・ランデット子爵が嫡男、ノルト・ランデットで御座います」


 親父は未だ呆けているが、嫡男は冷静だな。


 「子爵殿に、少し聞きたい事が有って来た。些細な事だが見逃せなくてお邪魔した、今日冒険者ギルドの前で諍いが有ったのだが、それはギルマスの権限でかたづく筈だった。そこへ此の男、キンディ・ランデットが横やりを入れ、当事者の一人を警備隊に引き渡せと要求して連れていった。当地では、王国と冒険者ギルドの取り決めを知らないのか、それとも無視しているのか聞きたくてね」


 「キンディ、己は未だ冒険者を引き連れて好き勝手をしているのか!」


 「そっ、そそそいつは俺を殴ったんだぞ。警備隊に捕まえろと・・・」


 また頭を一発殴って黙らせると、慌ただしい足音が近づいて来る。


 「キンディに手を上げた者がいるのですって! その無礼者を引き摺って来なさい!」


 キンキン声の主が部屋に入ってきたが、酌婦かってくらいケバい化粧をしている。


 「貴方、可愛いキンディに乱暴を働いた・・・」


 「お静かに! リリアンジュ・ウィランドール王妃様の御用係であられるシンヤ様の前です。礼儀を弁えなさい!」


 お~お、子爵は酌婦の顔を見ると生気が戻ったが、俺ってとんでもない所へ踏み込んだ様だ。

 可愛いキンディちゃんと酌婦に腑抜けの子爵か、ギルドの事に口出すガキを締め上げて帰るつもりだったけど、気に入らない。


 「随分年の離れた弟の様だが」


 「はっ、父が街の見回り中に見初めて、屋敷に招き入れた・・・」


 「あ~、それ以上は聞いても意味が無いからいいよ。俺は取り決めを破り、ギルマスに横やりを入れて警備隊に引き渡させた、此奴の責任をと思って此処まで来たんだが」


 「誠に申し訳なく、私が厳しく処罰いたしますので」


 「ノルトさん、そんな事は許しません!」


 「黙れ!」殺気、王の威圧を浴びせてキャンキャン吠えるのを黙らせると同時に、部屋の外に忍び寄ってきた気配に声を掛ける。


 「通路にいる奴等は出て来いよ」


 ゆらりと気配が動き、半開きの扉を押して姿を現したのは護衛の騎士達。

 少々崩れた感じがするので、真面な奴じゃなさそうだ。

 しかも、ゾロゾロと八人も湧いて出たよ。


 「子爵邸に乗り込んで来た奴がいると聞いたが、ガキじゃねぇか」


 「ザンボラ、王家の回し者だってさ。やっちまいな!」


 あらららら、何か風向きが変わったぞ、と思った瞬間に抜き討って来た。

 一歩下がって躱すと、隣の奴が斬り掛かってくる。

 フードも被ってないし手袋も履いてないのに、次々と斬りかかられては逃げるのに忙しい。

 面倒なので振り下ろされた剣を腕で受け止めると、剣を握った腕を掴んで振り回し窓から投げ捨てる。


 〈ウオーォォォ〉って、野太い悲鳴が聞こえたが気にしない。


 「ノルト、頭を抱えて伏せていろ! 護衛達にも伏せろと命じろ!」


 《ビーちゃん達、お待たせー。人が飛び出した所から入って来て》


 《マスターがお呼びだ!》

 《人族が飛んでいた場所だね》

 《行くぞー》

 《あれって落ちたんだよ》

 《ん、人族って飛べないの?》


 破れた窓から次々と跳び込んで来るキラービーを見て、剣を振り回していた奴等がギョッとした顔になる。


 《立っている奴は刺しても良いよ》って〈痛っ〉


 《ビーちゃん、俺は刺さなくて良いからね》


 《御免なさ~い、マスター》


 毒は効かないはずだけど、おっちょこちょいが居るようだからフードを被っておこうっと。


 〈痛てぇー〉〈ウワァー〉〈ヒェー〉〈糞っ垂れッ〉


 おうおう、痛いのは体験したからよ~く判るよん♪。

 でも俺は毒無効が有るので大丈夫だけど・・・静かになったね。


 《ビーちゃん達、俺の前に立って居るオバさん、もさもさの人族もお願い》


 《任せて! ウリャー》

 《俺もー》

 《それっー♪》


 〈ギャヤーァァァ〉


 あ~あ、全身蜂塗れで腕を振り回して倒れ込み、痙攣していたがパタリと動きが止まった。


 《今刺しているビーちゃん達を残して、後はお外に出てね》


 《はーい》

 《また呼んで下さい!》

 《何時でもお呼び下さい。マスター》

 《此れ・・・動かないよ》


 《君達は上、俺の上に居てね》


 《お任せを》

 《次は何れですか?》


 次々と窓から出て行くキラービーを目で追いながら、呻いているノルト。

 頭を抱えて丸くなり震えているキンディと、ソファーにふんぞり返ったままで呆気にとられている子爵。


 「ノルト、立っても良いぞ」


 「何と言う事を」


 「あっ気にしなくていいよ。俺に敵意を向けたり襲って来た奴は大抵こうなるから」


 「貴方は蜂を操れるのですか?」


 「まさか、俺はテイマーで能力は最低の1なのだが、加護を授かっている。その加護がキラービーの護衛なのさ」


 青黒い顔で転がる死体を見て吐きそうな顔のノルト、荒事には馴れてなさそう。


 「所で、このオバさんが命じた此奴等は?」


 「フェルダ夫人、父が第二夫人と称した女の護衛です」


 「キンディの護衛に、何故此奴等が一人も居ないんだ?」


 「護衛に付けたのですが、馬鹿にされ脅された様で怖がっているのです」


 そりゃそうか、こんな馬鹿の護衛なんてしたくないだろうさ。

 しかし、何て面倒な街なんだ、この街に来る度に面倒事に巻き込まれるが、俺は世直し爺さんじゃないぞ!

 でも此の儘放置する訳にもいかないか。


 「こんな腑抜けで良く領地経営が出来たな」


 ソファーで呆気にとられている子爵を顎で示すと「領地経営の殆どを私が致しております」との事で、子爵は署名する程度だとの返事。


 「その腑抜けを隠居させないと、前の領主と同じ様に、王城に呼び出されて消える事になるぞ。邪魔者はいなくなったし、キンディちゃんは冒険者が好きらしいから好都合だろう」


 ノルトは俺の言葉に考え込んでいたが、一つ頷き頭を下げたので後は任せる。

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