第100話 荒療治
「ようオルク、又猫連れのテイマーか」
「ランドスか、止めとけ。模擬戦で負けるだけならいいが、街の外じゃ殺されるぞ」
忠告めいているが、顔がにやけているので揶揄っているのだろう。
「ほう、女房と同じ猫連れの小僧が俺を殺すってか。こんなヒョロいのに俺が負けるとでも」
「誰?」
「昔リンナに振られた男よ。未練たらしいのよねぇ~」
「酒場の馬鹿息子で、小遣い稼ぎに冒険者をしている男」
「腕が悪くて性格も悪い」
「ガキの頃からねちっこくてよ」
「つまり、モテない男の僻みで絡んで来てるのか」
「喧しい! 猫しかテイム出来ない小僧が、生意気を抜かすな!」
「あ~・・・ランドス、表を見てから喧嘩を売れよ」
オルクに笑いながら言われ、頬をピクリとさせて俺とオルクを見比べる。
後ろの男に「表を見てこい」と偉そうに命じると、ミーちゃんと俺を見て鼻で笑う。
「おっさん、ミーちゃんを見て笑っているが、ちょいと木登りをするだけで金貨一枚は楽に稼ぐぞ」
「なんだ、ねずみ取りが上手いのか」
表を見に行った男が駆け戻り、ランドスに耳打ちをしている。
ランドスは、ギルドで販売しているポーションを飲んだ様な顔になり、油の切れた木偶人形の様な動きで俺に向き直る。
「記念に、ミーちゃんの爪痕を馬鹿面に刻んでやろうか」
エールのジョッキを掲げて揶揄ってやる。
「お前は強制招集にも引っ掛からない腕だけど、噂くらいは聞いているだろう。帰って店の床掃除でもしていろよ」
恨めしげな顔で帰って行く男を見送ると、解体係が持って来た査定用紙をオルクが皆に回している。
* * * * * * *
オルク達は一度家に戻り、落ち着いたら合流することにして俺と大地の炎でエムデン周辺で狩りをと思ったが、魔法使いが二人では目立ちすぎる。
こんな時は東か西へ一直線に森を進むめば、帰りは逆方向へ歩けば元のところへ帰れる・・・多分。
東に向かって歩き始めたが、森の中に入るほどに経験不足がモロに出てくる。
王都周辺は草原で木は疎らにしか生えていないし、森へ行くには一日以上歩くので、実力不足も相まって森での討伐経験が少ない。
良く全員Dランクになれたものだと思ったが、ランクアップを狙う者が主に攻撃し、他の者はバックアップに徹する。
そうして王都周辺で狩りをしながら腕を上げランクアップをしたそうだ。
どうりで、エザードの様な下手糞がDランクになれた筈だ。
あの性格からすれば討伐は一番安全な配置を望み、止めを刺す時にしゃしゃり出てきたんだろう。
此の儘では不味いと思い、索敵と気配察知を磨く為に荒療治をすることにした。
取り敢えず目についた獲物は片っ端から狩り、森の中の野営は俺の野営用結界魔法板を使うことにした。
そして周辺には昼間に狩った獣を転がしておき、切り刻んで血の匂いを振りまく。
この状態で野営用結界の中から近寄ってくる獣の気配を探らせる。
「シンヤさん、森の中ってこんなに危険なんですか」
「王都周辺と違って、無茶苦茶恐いんですけど」
「俺、冒険者に向いてないかも」
「シェルターが使えても、危険察知が出来なければ不意打ちを受けて死ぬぞ。王都周辺の草原でも同じだろう」
「それはそうですが、此れほど見通しが悪いと全然違います」
「空が見えないだけで、こんなに暗いとは」
「やけに不気味ですねぇ」
「それでも多くの冒険者は獲物を求めて森に入り、帰って来るんだから練習次第だな」
「何事も練習ですか」
「シンヤさんは何時も一人だと言いましたけど、森の奥へも行くんですか」
「最初の頃は行ってたな。ミーちゃんやRとLが居れば無理をする必要も無くなったので、行かなくなったけどな」
「でも、ダラワン村での討伐は凄かったですね」
「俺はあの半分とは言いませんが、もっと強くなりたいです」
「対人戦も含めて日頃から訓練していないと、いざという時に身体が動かないから練習は大事だよ。ところで周辺に居るのが何か気付いてる?」
「えっ、何か居るんですか?」
「耳を澄して周囲を探れば判るよ」
野営用結界内に俺達が潜んでいると知らない野獣は、血の匂いにひかれてやって来て、盛大なお食事タイム中だ。
バリボリ骨を噛み砕く音までよく聞こえているんだけどなぁ。
* * * * * * *
一夜明けて討伐を中止し、索敵と気配察知の訓練に切り替える。
と、いっても大した事はしない、森の中を静かに移動して一ヶ所に潜む。
俺は彼等とミーちゃん達を残して離れると、マジックバッグから取り出した野獣を皆が潜む周辺にばら撒いておく。
「野獣が近づいて来たら、ミーちゃんが教えてくれるって言ったけど」
「だけど、尻尾で叩いてミーちゃんの見つめる先に野獣がいるって本当かな」
「声が大きいぞ。索敵に集中しろ!」
撒き餌を投げたら近くの木にジャンプすると、皆の潜む近くの木まで枝から枝へと飛び移り、座りのよい木の枝に腰掛けて周辺を警戒をする。
《ミーちゃん、俺の事は教えちゃ駄目だよ》
《はい、マスター》
* * * * * * *
周囲に注意を払っているのか静かにしているが、中には船を漕ぎ出す奴もいる。
苦笑いが出るが、索敵も気配察知もセンスが必要で、万人が出来るとか上手くなるなんて事は無い。
が、寝るのは論外。
枝に座って全周警戒をしているが、ひっそりと忍び寄る気配は、皆が歩いてきた足跡をたどっている様でゆっくりだが、確実に近づいてきている。
* * * * * * *
目の前で伏せていたミーちゃんが、ゆっくり起き上がると尻尾で俺の膝を叩いた。
隣のナーダに肘で突いて合図を送ると、順に隣の者に合図をして静かに戦闘準備を始めた。
ミーちゃんの見つめる先は、朝ここへやって来た方角なので俺達の匂いを辿って来た様だ。
ミーちゃんの見つめる先に神経を集中させるが、何も感じられ無い。
周りにいる皆も戸惑い気味だが、シンヤさんがテイムしている使役獣が間違えるとも思えない。
上から見ているとホーキン達が静かに戦闘準備をしているのが見えるが、野獣は直ぐ近くまで来ているのにと、非常にじれったい。
20mくらいの所まで近寄られているのに、未だ気付いていない。
《R、L、ミーちゃん用意は良いかな》
《はい、マスター》
《殺しても良いですか》
《ああ、存分にやりな。ミーちゃんは無理しちゃ駄目だよ》
《はい、マスター。勝てそうになかったら逃げます!》
《よし、始めるぞ》
三人張りの強弓、剛力と怪力無双を手に入れてからは軽く感じる弓を静かに引き絞り放つ。
弓弦の響きと同時に〈ギャン〉と悲鳴が上がり、にじり寄っていたブラックウルフが皆に一斉に襲い掛かる。
同時にRとLが、迎えうつ。
フォレストウルフの大きさが10とすると、ブラックウルフは7程度で圧倒的な体格差でねじ伏せ噛み殺している。
跳び込んで来るブラックウルフの喉に喰いつき振り回すと一瞬で勝負が付き血飛沫が舞う。
「RとLに気を付けろ! 今までの訓練を思い出して落ち着いてやれ!」
「酷えな、訓練だと思ってたら実戦だぞ」
「馬鹿! 森の中に潜んでいれば、襲われて・・・こな糞ッ」
矢を撃てたのは2本だけで、混戦になれば使えないので、ショートソードを片手に飛び降りる。
戦闘は1分少々、ブラックウルフが逃げ出して終わった。
後には血塗れのブラックウルフがそこ此処に転がっており、二人ほど怪我人も出ていた。
「気付くのが遅いし、対応も遅い! 危険だと思ったら、音を立てても戦闘準備が先だ」
怪我をした二人に初級上のポーションを与えてから、後かたづけをする。
「シンヤさん、酷いですよ」
「魔法使いだって万能じゃない。彼等を守る為と自分を守る為には腕を磨く必要がある。緊急招集で楽な場所に配置されていたが、腕を上げ名が知られると酷い場所をあてがわれるぞ。タンザの時なんて、矢鱈と大物が湧いて出るなと思ったら獣の通り道に放り込まれていたからな。まっ、襲われてからの対処は落ち着いていたので良しとするか」
「魔法使いを鍛えた後は、俺達ですか」
「当然だよ。魔法使いは無敵じゃない、彼を守る者もそれなりの腕は必要さ。高ランクパーティーは、皆努力しているからな。オルク達は魔法使いとテイマーを守るだけの腕を持っているぞ」
あれは、かあちゃん達を守る為だとの声は無視しておく。
* * * * * * *
オルク達がエムデンの南門から出てタンザス街道を下ると、街道から少し外れた場所に石柱が立っているのを見つけた。
それを目印に草原から森を目指して歩くと、再び石柱が立っていてドームも見えた。
ドームを叩いても反応は無し、訓練に出ていると思って帰って来るのを待つことにしてのんびりする。
日暮れ前に帰ってきたホーキン達は、皆げっそりとしていた。
「あらあら、すっかり窶れちゃってるわね」
「鍛えられている様だな」
「良いことだ、魔法使いに頼り切ると捨てられるぞ」
「俺って魔法使いなんですけど・・・」
「あら、私も魔法使いだけど、皆の足手まといにならない程度には剣も弓も使えるわよ」
「皆、明日から狩りを本格的に始めようか。オルク達からしっかり指導して貰えよ」
「えぇ~」×10の嘆きが聞こえたが、お世話になる皆さんにはリンガン伯爵秘蔵の酒を提供する。
ナーダの作ったドームを俺と氷結の楯で使い、野営用結界を大地の炎に使わせる。
お休みの挨拶代わりに「索敵と気配察知を忘れるな」といってやる。
「シンヤって、厳しい師匠だな」
当然さ、魔法の手ほどきも俺の為だから、あっさり死なれては予定が狂う。
しっかり働いて、アマデウスの鼻をあかして貰わねば意味がない。
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