第99話 逃げよう
使いの男が帰っていくと、今度は背後の酒飲み達に襲われる事になる。
しかも、封を切った三本からは良い匂いが漂っているので、見逃して貰えそうにない。
「シンヤ~、良い匂いがするなぁ~」
「お前一人だけが味見をして終わりって事はないよな」
「いやいや、開封した物はそのままだから、なっ」
「シンヤ、目の前に好物を置いたのだから、逃げられないわよ」
「此れを引っ込めると噛みつかれるよ」
「はいはい、グラスの用意を・・・」
「任せろ! つまみはレッドチキンとヘッジホッグのステーキが良いな」
こんな時は時間遅延が360の有り難さ、取れたての獲物が出て来る。
皆で手分けして解体すると、キッチンに立ったリンナが焼いてくれる。
エイナの肩を叩き、取り出した寸胴に氷を山程作らせて備蓄しておく。
「ん、こんな時に氷をどうするの?」
「飲むのに使うんだよ。旨い酒はさらに旨くして飲む義務が有るからね」
各自のグラスに大振りの氷を放り込み、氷の表面で酒が冷える様に垂らしていく。
「変わった事をするな」
「こんな事をして旨くなるのか?」
「まぁ飲んでみてよ」
「おっ、冷たくて旨いな」
「中々いけるじゃないか」
「飲みやすいわね」
皆が味見と感想を言っている隙に、残りの27本をマジックポーチに急いで放り込む。
足りなければ、リンガン伯爵から貰った酒を提供しよう。
酔っ払っていれば、安酒にすり替えても判るまい。
わいわい言いながら真っ昼間から酒盛りが始まってしまったので、来客があれば無視する事にした。
* * * * * * *
宴会の翌日も朝っぱらから叩き起こされ、ドアを開けた瞬間に怒声が飛んできた。
「貴様は、アルバート・ウィランドール公爵閣下の呼び出しに、何故応じ無い!」
「アルバート・ウィランドール公爵様・・・ですか」
マジックポーチから取り出した書状の束で、花蜜とゴールドマッシュ両方を寄越せと言ってきた強突く張りの中にその名が有った筈だ。
書状の束からその名を見つけて抜き出し、じっくりと表書きの上に押された紋章を眺めてから、懐から取り出した身分証を横に並べて見比べる。
炎の輪に吠えるドラゴンの紋章は同じだが、金色の縁取りが無いし炎の数も少なく輪も少し細い。
王家の血筋とは言え、家臣なので何かと差をつけられているね。
のんびり紋章を眺めていると、怒鳴ろうとした騎士が口を開けたままフリーズしている。
「失礼しました。公爵様の紋章を知らなかったものですので、確認させて頂きました。えーと、ご用件は公爵様からの呼び出しとか。書状を確認致しますので少々お待ちを」
ゆっくりと書状の封を切り、広げて読みにくいと言わんばかりに目をすがめて読む振りをする。
イライラしていた騎士達が、扉の裏に張り出された文言を読み狼狽えて、俺と対峙している騎士の袖を引いている。
しっかり読めよと心の中で笑いながら、ゆっくりと書状を巻き戻しマジックポーチに戻す。
「お使者殿、この文面では王家に献上する物を、横流しして寄越せと私に命じている様に思えるのですが・・・アルバート・ウィランドール公爵様と言えば王家に連なる血筋でしたよね」
「如何にもその通りだ」
「お求めの物は、無きにしも非ず・・・と申しますか、王家に献上する為の物は御座います。が、此れを持って公爵家へ参上せよとは」
「待たれよ! その様な事がその書状に書かれているのか?」
「勿論です。私も読んで驚きましたよ」
「すまないが、確認の為にその書状を見せて貰えないか」
「何故ですか?」
「いや、その方の言った内容は、公爵家が王家に献上する品を要求する様に聞こえたからな。其の書状が、紛れもない公爵家の物か確認したいだけだ」
「えっ、紛れもなく公爵家の出した書状でしょう。書かれている内容と、現在貴方達が迎えに来ているのですので、間違いないはずだが」
《RとL、立ち上がって軽く唸って脅かしてやれ》
俺の左右に控えていた二頭がのっそりと立ち上がり、騎士達を睨んで低く唸り始めた。
それを見て騎士達の腰が引けているが、公爵家の騎士団の意地か敢えて無視をする仕草で俺を睨み付けてくる。
ビーちゃんは呼んでも返事がない、街中は緑が無くて不便だねぇ。
「あまり舐めた事を言っていると、主の立場が悪くなるぞ。黙って引き下がり温和しくしていろ」
揶揄い気味に言い、ドアを思いっきり閉めてガタガタと音高く閂を掛けた。
* * * * * * *
音高く閉められたドアは、閂を掛ける音がしたっきり中の気配も消えた。
必死でノッカーを叩くが、シンと静まりかえり返事はない。
先程の言葉から揶揄われたと思ったが、一歩外は街の通りで公爵家の家臣と謂えども迂闊な事は出来ない。
報告の為に公爵邸へ引き返して執事に報告をすると、公爵様の下へ連れて行かれた。
「で、おめおめと帰ってきたのか」
「公爵様、街中では人目がありますので迂闊な事は出来ませんし、フォレストウルフ二頭が控えていて手が出せません」
「それで、その男は」
「はい。未開封の書状を多数持っていましたので、どうするのか決めかねているのではないかと。男の家の扉に張り紙がしてありまして〔花蜜とゴールドマッシュは、王妃様とご昵懇な方を通じて王妃様にのみ献上していると〕と書かれていました」
「間違いないのか!」
「はい。私も見ていますので間違い有りません」
「ふむ~、ちと不味いな」
「公爵様、王家にのみ献上されている物を手に入れたとなると、何かと煩くなります。その男の言うとおり、此のまま放置しておくのが最善かと」
「あの書状はどうする?」
「そのまま持たせておきましょう。今なら一度だけの接触ですので、問われれば知らぬ存ぜぬで通せます。書状には花蜜とゴールドマッシュを持参し、当家を訪ねて来る様にとしか書いていません。書状の紋章も悪用されたと言えば宜しかろうと」
「判った。王家もシンディーラ妃を実家のグランデス家に戻して、第三王子のアッシーラも王位継承から外すなど、中々厳しくなっているからのう。例え縁戚とはいえ迂闊な動きは出来ないからな。お前達も今日の事は忘れよ」
一礼して下がる騎士達を見ながら、向こうも事を荒立てる気がない様で一安心と胸を撫で下ろす。
* * * * * * *
公爵の使いが来たので、煩くなる前に王都から逃げ出す事にした。
オルク達もエムデンに帰ると言い、一緒に行く大地の炎の連中も訓練に飽きていたので喜んでいる。
一緒に行動して何かあると不味いので、オルク達が一足早く王都の外にいる大地の炎と合流して旅立つ。
一足遅れて、俺もエムデンに向かって旅立ち彼等の後を追う事にした。
久し振りのタンザス街道なので、オルク達に追いついた後は街道を外れて草原を歩く事を提案する。
総勢18人では獲物も寄ってこないので。大地の炎と氷結の楯に別れて討伐しながらエムデンに向かう。
俺は大地の炎に請われて同行する事になり、討伐のアドバイスと獲物の預かり役。
コランの火魔法は良いのだが、ナーダのストーンアローやランスの速度が気になる。
此れはエイナのアイスアローやランスを手本にしたので、強弓程度の速度しか出ないので威力が心許ない。
彼等は以前より格段に威力が上がり満足しているが、フランのストーンアローやランスを見てきた目から見ると、今ひとつ頼りない。
草原を歩けばそれなりに野獣と出会すが、ドッグ系が殆どでしかも数の少ない群ればかりだ。
10頭前後では4,5頭も倒せば逃げ出すので、訓練にならないとぼやきが出る。
エムデンの街から森に入れば、それなりの獲物が居るので楽しませてやるとオルクが笑う。
* * * * * * *
久方ぶりにエムデンに到着後、冒険者ギルドへ直行して解体場へ行かせてもらう。
総勢18名がゾロゾロと入って来たので、解体係が何事かとやって来る。
「オルク、えらく大勢じゃないか」
「強制招集の時に一緒に闘っていた大地の炎の連中だ。暫くエムデンで稼ぐので宜しくな」
「腕は良いのか?」
「魔法使いが二人居る。王都から帰り道で狩った奴を出すので見てくれ」
「数が多いので広い場所をお願いね」
エイナに言われて広い場所指定してくれたので、預かっている獲物を並べていく。
ファングドッグ 7頭
ホーンドッグ 5頭
プレイリードッグ 3頭
ホーンボア 2頭
カリオン 5頭
バッファロー 3頭
オレンジシープ 2頭
エルク 1頭
グレイウルフ 7頭
ブラックベア 2頭
ビッグホーン 2頭
ブラックキャット 1頭
ハイオーク 7頭
オーク 11頭
ビッグエルク 1頭
グレイウルフあたりから解体係の顔が引き攣り始めたが、強制招集が解除になったと聞いたときに提出しなかった獲物だ。
王都で売って皆に分けるつもりだったが、ギルドに行きそびれてマジックバッグの肥やしになっていた。
皆の意味有り気な視線を無視して並べ終わると、全て氷結の楯と大地の炎の獲物だと告げる。
「シンヤの分は?」
「俺は別口で稼いでいるから大丈夫だよ」
「お前さん、相当容量の大きいマジックバッグを持っているんだな」
「まぁな。狩りの時に一々売りに来るのが面倒なので、溜めておく必要があるからな」
食堂へ行くと、新顔のホーキンやフェルザン達に視線が集まるが、オルク達といるのでちょっかいを掛けてこない。
しかし、ミーちゃんを見て笑っている奴等がいる。
エムデンにはあまり来ないしギルドに顔を出すのも久し振りなので、ファンナのいる氷結の楯達の新人だと思っているのだろうか。
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