第86話 和解

 来客は如何にも執事といった佇まいで、胸の紋章に見覚えがある。

 居留守は無理そうなので、殺気の無いことを確認して扉を開ける。

 俺の左右に控えるフーちゃん達を見ると深々と一礼して口を開く。


 「シンヤ殿とお見受けする。私はグランデス侯爵家の執事ランガスと申します。主グランデス侯爵様より、先日当家領地にて配下の者がシンヤ殿に対して、数々の無礼をなした事を深くお詫びする。との言葉です」


 再度頭を下げると、傍らに控える小者より包みを受け取り差し出す。


 「此れは今回のご迷惑に対する、主よりのお詫びの品です」


 どう見ても金貨の袋に見えるが、金なんてほしくないんだよなぁ~。

 あの酒は旨かったので、酒持ってこい! とも言い難いので受け取っておく。


 「有り難く貰っておくが、今後関わりの無いことを祈っているよ」


 「主もそれを望んでおります」


 そう言い、改めて頭を下げると待たせている馬車に乗って帰って行った。

 旨い酒を売っている所を聞いておくべきだったと後悔したが、商業ギルドに聞けば良いかと考え直して、今日の事は忘れることにした。


 * * * * * * * *


 それから三日、又々ミーちゃんの尻尾で起こされた。

 今度はミレーネ様の使いで、お暇ならとのお誘いにおねだりの匂いがプンプンする。

 鼻先に貴重な物を二つもぶら下げたのだから仕方がないので、上等な街着に着替えて迎えの馬車に乗るが、フーちゃんもお連れくださいとの言葉に、警戒警報が聞こえた気がした。


 モーラン商会に到着してサロンに通されると、ミーちゃんは待ち受けるミーナに拉致されて、なでなで攻撃を受けている。


 「来てくれてありがとう。花蜜とゴールドマッシュを献上したところ、王妃様はいたくお喜びでしたわ、又貴方に会いたいとの事なの」


 「又ですか。花蜜は、身分証のお礼に毎年お届けするつもりですが」


 「それが、今回は国王陛下も貴方と会って見たいと言いだしているの」


 警戒警報のボリュームが一段上がった気がするぞ。


 「それは、お断りしたいのですが」


 「何故だ! 陛下のご指名とは、これに勝る名誉はないぞ!」


 「あ~ん、俺の事に口出しするなって言いましたよね。改めて別室で話し合いをしましょうか」


 「いっ、いやいや、忘れてくれ」


 「何故それ程嫌がるの」


 「一つ、俺は気楽な冒険者です。二つ、王侯貴族と関わるのが面倒なのです。三つ、花蜜やゴールドマッシュ以外でもたっぷり稼いでいるので、媚びて頭を下げる必要がないのです。それにね、俺はこう見えても、黒龍族の血が入っているんじゃないかと良く言われます。此の国は人族以外には住みづらいと聞きますので」


 「確かに、貴族は人族でなければ子爵止まりと良く言われますね」


 「他の街や王都の冒険者ギルドでも、殆ど人族以外は見掛けません。ただし、獣の多い場所には腕利きの獣人族が多数居ますが、都合次第で利用している様に見受けられます」


 アマデウスのご都合主義が反映している様で、気に入らないんだよな。


 「無理強いをする様な事は無いと思いますけど、王妃様には会っていただけるかしら」


 「一度会っていますし、二度も会う必要は無いと思いますが」


 「王妃様は、花蜜とゴールドマッシュをもう少し多くと望まれているのです。花蜜を友好国の王家に贈りましたが、とても好評なのです」


 「必要とされる数にもよりますね。基本的に自分で使う為に収穫している物ですので、余り物で良ければお渡しします」


 自家消費と渡した分より多目に収穫しているが、マジックバッグの時間遅延が360なので一年後に収穫した物とは一日違いの鮮度になる。

 どうしても在庫が増えるので、多少なら提供する数を増やしても問題はない。


 * * * * * * *


 商業ギルドで教えて貰った酒店へ来たが、見た目が酒屋じゃない。

 日本の常識から懸け離れた代物で、お屋敷じゃないの。

 高価な街着だが辻馬車で来た俺は完全な不審者扱いである。

 黙って紹介状を目の前の男に差し出す。


 商業ギルドで紹介状を書いて貰うのに説明が面倒で、リンガン伯爵の酒蔵から貰った酒瓶を数本並べ、此れと同程度の酒が欲しいと伝えた。

 係の者が呼ばれて、酒瓶と俺と見比べてからおもむろ頷き書いてくれたのが、ローレンス通り11番地のウォーレス商店。

 モーラン商会と同じ通りの、豪商や分限者の集まる所だったので辻馬車で来て良かった。


 受け取った紹介状をチラリと見ると「少々お待ちを」と言って扉の奥へと消えた。

 暫くして男が戻り、店内へ招き入れてくれた。

 玄関フロアの一角に設えられた商談スペースに座るが、酒瓶が一本も見当たらない。

 貴族や豪商相手の商いなので、並べて見せる物は必要無いって事かな。


 「どの様な物をお求めでしょうか」


 木で鼻を括った見本の様な態度だし、説明が面倒なので再びリンガン伯爵から頂戴した酒瓶を無差別に五本ほど並べる。


 「此れより少しマシな酒を五本と、もう一つ上の酒を五本見せて貰おうか」


 何も言わず、俺が並べた酒瓶を見ると一礼して奥へ消えた。

 暫くしてワゴンに乗せられた酒を持ってきたので、10本の値段を聞き全て買い取るが味見をするのでとグラスの用意を命じる。

 代金は商業ギルドで受け取れる様に証書を用意させ、署名して渡す。

 10本で7,680,000ダーラ。


 用意されたグラスに少量の酒を注ぎ、ティースプーン二杯程度の酒を口に含み口内で転がし鼻から抜ける香りを確かめる。

 気に入らないものはそのまま壺に吐き出し、用意の水で口をすすいで次のグラスを手に取る。

 最初の五本のうち四本をはね、次の五本に取りかかる。

 次の五本のうち、気に入ったのは二本のみで少しがっかり。


 気に入った三本を各10本ずつ追加で持って来させると代金を記した証書が置かれた。

 此方は38,000,000ダーラと流石に高いが、泡銭なので黙って署名する。


 全ての酒瓶をマジックバッグに放り込み礼を言って店を出ると、最敬礼でお見送りをしてくれるが、辻馬車に頭を下げるとは随分態度が変わったね。


 * * * * * * *


 寒さも緩み気の早い花が咲き始めた頃、グランデス侯爵邸に緊張が走る。

 王城からの使者は、当主のブレンド・グランデス侯爵の出頭を命じる書状を執事のランガスに預けて帰っていった。

 書状は王国の紋章で、マリウス・ブライトン宰相との面談だと思われてホッとする。


 翌日王城に出頭して控えの間に落ち着くと、到着の連絡をする前に宰相補佐官が呼びにやって来た。

 何時もなら侍従がやって来て先導をするのだが、勝手が違い緊張しながら宰相の応接室に案内される。

 間を置かず宰相執務室の扉が開くとブライトン宰相の姿が見え、その後ろに国王陛下の姿までが見えたので慌てて跪く。


 「良い、聞きたい事があるので座れ」


 陛下と向かい合って座ると、ブライトン宰相が陛下の横に座る。

 異例ずくめのことに緊張するが、領地での事であろうと腹を括る。


 「その方の領地で何が起きたのか、詳しく話せ!」


 王家は何もかも知っていて問いかけていると確信して、領地を預ける嫡男ウエルバより届けられた書状の内容を何一つ隠さず話し、その書状を陛下に差し出した。


 話を聞いた陛下と宰相の顔が強ばっていたが、差し出された書状が話した内容と同じで騎士達の死者数も間違いない。


 「ファイヤーボール二発に対する反撃で108名全員死亡か。話には聞いていたが凄まじいな」


 「なんと馬鹿な事をしたものか」


 「グランデス、その方はどうするつもりだ?」


 「私は彼に危害を加える気は在りませんが、配下が此の様な事をしでかしたので、彼に謝罪の使者を送りました」


 「結果は如何でしたか?」


 「『今後関わりの無いことを祈っている』との返事を貰いました。私もそれを望みます」


 「ヘインズ・デオルスの件と此度のことにシンディーラの噂、何も無かった事には出来ないがその方を処分するつもりもない。身内や配下の者によくよく目を配り温和しくさせておけ」


 グランデス侯爵が深く頭を下げた時「シンディーラは実家に下がらせる、第三王子のアッシーラは成人後子爵位を与え年金貴族とする」それだけ言って陛下は部屋を出ていった。


 頭を上げた侯爵に「彼には気を付けられよ。テイマーとしての能力が1と言えども、テイマー神の加護が他の者とは違いすぎる。王家に仕えるテイマーに言わせれば、能力が1でファングキャットとフォレストウルフ二頭を従えているのは尋常では無いそうだ」と宰相が呟く。


 「キラービーに守られた彼が、尋常ではないのは当然かと」


 「貴殿は知らないと思うが、彼は冒険者としても一流ですぞ。タンザの冒険者ギルドが発した強制招集に巻き込まれて、タンザで野獣討伐に従事していたのです。その討伐記録たるや、一度狩りに出るとゴールデンベアからレッドやブラウンにブラック、キングタイガーを含むタイガー類と大物ばかり数十頭を狩っています。名のある冒険者パーティーも多数参加していましたが、彼の功績に並ぶ者は極少数らしい」


 「それ程の使い手ですか」


 「それ故に、彼を配下に置こうとした者もいた様だが・・・」


 「返り討ちですか」


 「彼もその者の身内も、表沙汰にする気はなさそうでな。領地を預けた嫡男殿は、良き判断を成されましたな」


 王城から下がった侯爵は執事のランガスを呼び、シンヤの身辺調査と能力確認を命じたが、決して悟られるなとキツく申し渡した。

 その上で配下の者全てに対して、フォレストウルフを従えるシンヤなる冒険者には決して手出しをするなと厳命した。

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