第85話 商業ギルド

 「なんと、太っ腹と言うか奴等の意識を酒に向けてしまったな」

 「それでも、俺達の後をついてくる奴がいますね」


 「ミーちゃんに匂いを覚えておいて貰うので、近寄って来たら後悔させてやるから気にしないで良いよ」


 「俺達も商業ギルドに預けられるのか?」

 「冒険者カードで大丈夫です。商業ギルドのカードを作って貰えば、入り口で止められることもないです」

 「そう言えば、お前って商業ギルドにも預けてるって言ってたな」


 「取り敢えず商業ギルドで、証書を金に換えてからですね」

 「29,000,000ダーラって、金貨290枚だろう。そんなに金貨を持つのは流石に危ないな」

 「だから金貨を2,30枚だけ受け取って、後は商業ギルドに預けておけば良いんですよ。ザンドラでだって下ろせますから」


 フランが訳知り顔で皆に説明していて微笑ましい。

 久し振りの王都商業ギルドだが、冒険者がゾロゾロと来たものだから警戒されてしまい、慌てて俺のギルドカードを示して中へ入れてもらう。


 俺の顔を見たお姉さんがにっこりと笑い「今日は、どの様なご用件でしょうか」と問いかけて来る。

 それを見て後ろから溜め息と、服の裾を引っ張られて自分達の用件を言えと無言の催促をされる。


 先ずフランから冒険者ギルド発行の証書と商業ギルドのカードを差し出し、金貨10枚と3,000,000ダーラを銀貨で受け取り、残りを全て預けると伝える。


 「4,000,000ダーラか・・・それと手持ち分があれば、少々散財しても大丈夫だな」

 「俺もそうするかな」


 ドラド達は冒険者ギルドのカードを差し出し、フランと同じく金貨10枚と銀貨300を受け取り、残りを預けると告げる。

 俺が横から、彼等も全て商業ギルドに登録するのでカードを作る様にお願いする。

 最後は俺で、50,000,000ダーラの証書と金貨の袋一つを預けて、残高確認を頼む。

 渡された用紙には266,400,000ダーラの文字、家賃の天引き以外使い道が無いので又増えてしまった。

 これとマジックポーチの中に10,000,000ダーラと金貨一袋で20,000,000ダーラを、万が一の逃走資金として持っておく。


 商業ギルドを出ると、最初は冒険者御用達の店へ行き服の買い換えからと、冒険者の鑑の様な行動。

 しかし、買った服は高ランクの者が着る上物の服とブーツで、あっと言う間に600,000ダーラの出費に慌てている。


 「こりゃー、以前フランが買いまくった時とは勝手が違うぞ」


 「あの時は多少上等でも、普段使いの物ばかりでしたからね。服とブーツは金を掛ける価値はあると思いますよ。後高いのは、家族用の吊るしの服位だと思いますね」


 フランに言われて納得して、皆安心して吊るしの服を買いに服屋へ。

 一日買い物をして家に戻りのんびりするが、金魚の糞が鬱陶しい。


 《マスター、同じ匂いは七つです。顔も覚えました》


 《ありがとう、続きは明日にするから帰っておいで》

 猫用通路から外に出て、金魚の糞の確認をして戻ってきたミーちゃんは、キャット通路の上で寛いでいる。


 * * * * * * *


 「俺だけですかぁ~」


 「若い者だけでかたづけて、お年寄りは留守番だな」


 「年寄り扱いは気に入らないが、俺達を付け回す奴にはたっぷりお仕置きを頼むぞ」

 「そそ、俺は対人戦に弱いから任せるわ」

 「フラン、頑張れよー」

 「稼ぎ頭二人が餌だ、確実に喰いつくと思うぞ」


 「お優しい仲間だねぇ」


 「でも一緒に狩りに出掛けても、お前にもそのうち気の合う奴等が見つかるからって、パーティーには加えてくれないんですよ」


 「おっさんの中に小僧が一人じゃ不自然だし、そのうち見つかるさ。なんなら村の奴で、気の合う魔法使いを鍛えろよ。お漏らしのレブンみたいな奴ばかりじゃないだろう」


 「まぁ~、レブンと奴の仲間以外はそう酷いのはいないですけどね」


 《マスター、ついてきていますけど。少し数が増えました》


 《七つと幾つ増えたの?》


 《二つです》


 金魚の糞達も、背負子の上で寛ぐミーちゃんに見張られているとは思わないだろう。

 貴族用通路を使って南門から外に出ると、タンザス街道を南へとのんびり歩く。


 「ついてきてますか?」


 「貴族用通路を使ったら慌てていたけど、獲物がでかいから逃がす気がない様だよ」


 「その獲物って、ゴールデンベアより凶暴なのにねぇ~」


 「あれっ、それじゃお優しいフランがお相手をする?」


 「ビーちゃんを使わないんですか」


 「勿論お願いするよ。俺もチンピラ相手は面倒だし、キラービーに襲われて死んだのなら運が悪かったとなり、俺に疑いは掛からないしね」


 「やっぱり、シンヤさんって無敵ですよね」


 「ビーちゃんが居るときだけね。夜に襲われたらフーちゃんとミーちゃん頼みになるけど」


 「昼も夜も、使役獣任せって事ですね」


 《マスター、追いついて来ました》


 「追いついて来た様だぞ」


 「彼奴らも背負子に乗ったミーちゃんに、見られているとは思わないでしょうね」


 「それじゃ、そろそろ草原に入ろうか」


 丈高い藪を目指して歩きながら《ビーちゃん達、俺の後ろに居る奴等は殺してもいいよ》と許可しておく。

 後ろで慌てた声や悲鳴が聞こえてくるのを聞きながら、大回りをして王都へ引き返した。


 * * * * * * *


 村に戻るフランとドラド達を見送った翌日、ローレンス通りのミレーネ様を訪ねていく。


 「花蜜の時期には少し早いけど、何かあったの」


 「実はダルセンの街で一悶着ありまして、此れが詳細を記した書面です」


 そう言ってウエルバ・グランデスの署名入り書類二通を差し出す。

 受け取った書面を眉をひそめて読み進む、ミレーネ様の顔に微笑みが浮かぶ。

 やはりこの方は女傑だわ、侯爵家と対立する恐れがあるのに気にした風も無い。

 糞親父は書面の内容を知りたそうにしているが、ミレーネ様は読み終えると丸めてしまわれた。


 「もし御当家に迷惑が掛かるようでしたら、俺はただの取引相手だと言っておいて下さい」


 「貴方はそれで良いの?」


 「逃げる自信はありますし、此の国に居なければならない謂われもありませんので」


 「此れは貴方が持っていた方が良いのでは」


 「必要ありません。御当家に不利になるようでしたらお使いください」


 肩をすくめて頷かれたので話は終わり。


 「今年の分をお渡ししておきますね」


 そう言って傍らに控えるメイドにワゴンの用意をお願いする。


 「もう花蜜が手に入ったのですか」


 「去年の物ですが、お渡しする程度は残っています」


 用意されたワゴンに去年と同じく、花蜜の中瓶三本と蜂蜜十本に大瓶一つを置き、その隣りにゴールドマッシュの中瓶二本を置く。


 「それは?」


 「ゴールドマッシュです。厄介事を持ち込んだお詫びです」


 「貴方、ゴールドマッシュも集められるの?」


 「ミーちゃんが探してくれますので」


 そう言うと、ミーナに捕まっているミーちゃんを見て溜め息を吐く。


 「貴方って本当に規格外よね。此れ程大量のゴールドマッシュが、どれだけの価値を有するか御存知かしら」


 「茸を完全に乾燥させた重さと、同じ数の銀貨と聞いていますが」


 ミレーネ様曰く、粉末になると銀貨と同じ重さの量で、金貨が50枚以上は確実だって。

 少量ずつしか手に入らないのでオークションにも掛けられず、王家や高位貴族と豪商達の間で密かに取引されているそうだ。

 勿論冒険者ギルドにも採取を依頼しているが滅多に採取されず、どちらかと言えば薬師ギルドから出回る事が多いと教えてくれた。


 そりゃー、ゴールドマッシュを専門に探していては生活が出来ない。

 完全に乾燥させた物で無ければ、煮炊きをして食べても他の茸と変わらない味なので、採取していても気付かない。

 貴族や豪商達が、ゴールドマッシュの効能を良く知っているなと思うくらいで、金持ちの食に関する嗅覚は何処の世界も同じか。


 静かにしているが糞親父の目がぎらついているので、釘を刺しておくことにした。


 「モーラン会長様、余計な事を口走れば、ミレーネ様のお父上と謂えども容赦はしませんよ。以前警告しましたよね」


 「わっ、判っておる。お前と関わるつもりは無い!」


 俺も同意見だよ、糞親父。


 昼食に招かれたので、普段使いのゴールドマッシュを提供して、どれ程味が変わるかを試して貰う。

 同じスープ皿を二つ並べて、軽くゴールドマッシュの粉末を振り掛け混ぜた物と、普段の物を食べ比べてもらう。


 糞親父は唸りながらスープ皿を抱え込む様にして飲んでいるし、ミーナは夢中でスープをかき込んでいる。

 ミレーネ様も一口含んで動きが止まった後、マナーを放棄しないギリギリの状態で食している。

 ミーナはメインの肉を食した時点でお腹パンパンといった状態で、ミレーネ様から苦笑交じりに普段使いは出来ないと呟いていた。

 同時に、一本を王家に献上しても良いかと尋ねられたので、お渡しした物なのでご自由にと言っておく。


 花蜜とゴールドマッシュの提供元が俺となれば、グランデス侯爵家との諍いが外部に漏れても、俺から仕掛けた事でなければそれなりに守ってもらえるだろう。

 ヘイルウッド元伯爵の件もあるので、ドラド達やフランに類が及ばない様に手を打っておく。

 しかし、タンザでの討伐で相当名が知れ渡った様だし、王都へ帰るまでに二回も貴族と諍いになってしまったのは計算外だ。


 * * * * * * *


 《マスター、誰か来てますよ》


 ミーちゃんに尻尾で叩き起こされ、来客を告げられた。


 ミレーネ様に花蜜等をお渡しして三日、連絡が来るのは早すぎると思いながら、秘密の覗き穴から来客を確認する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る