第87話 新たな立場

 ランガスの集めた情報は、冒険者ギルド職員からと冒険者の噂話ではあるが、ブライトン宰相から聞かされた話と変わらぬものであった。


 花蜜の話を聞いた時に蜂の話もでたが、殺人蜂を従えているなど荒唐無稽と笑い、放置したのは大失敗だったと悔やんだが今更どうにもならない。

 これ以上身内の失態は許されない、王宮から下がってくるシンディーラにはキツく言い聞かせ、周辺を監視する様執事に命じておく。


 孫のアッシーラは王位継承から外されて、年金貴族となるが不満を漏らさない様によくよく言い聞かせておかねば、彼自身の身も危うくなる。

 ランガスにアッシーラを抑えられる者を探させて。執事として付けてやらねば。


 頭の痛いグランデス侯爵だが、シンヤと和解しておいて良かったとつくづく思った。


 * * * * * * *


 のんびり食後の散歩がてらお茶を飲みに出て、通りを歩いて気になった猫。

 野良猫は結構居るが、ミーちゃんの様に尻尾の太い猫に初めて気付いた。

 歩く姿も胸をはり、尾を巻き上げて堂々と歩いている。


 興味が湧いて(テイム)〔テイルキャット、13〕と出たがテイルキャットとは見た目そのままだな。

 というか、此の世界の獣は見た目通りの命名らしいが、適当なアマデウスらしいと苦笑いが出る。


 《ミーちゃん、彼処を歩いている尻尾の太い猫、あれを殺さずに捕まえられるかい》


 《お任せ下さい、マスター》


 《あまり目立たない様に頼むよ》


 テイルキャットの後を追いながら、尻尾を振って返事をするミーちゃん。

 王都にも大分慣れた様で、お使いの出来る猫と言っても通用しそう。


 《マスター、捕まえました》


 《今行くから、物陰にでも隠れていてね》


 《屋根の上ですから大丈夫です》


 そうだった、相手もミーちゃんもキャット種、猫だった。

 ミーちゃんの案内で路地裏に回ると、元の大きさに戻ったミーちゃんがぐったりした猫を咥えて飛び降りてきた。

 薬草袋に包んで(テイム)〔テイルキャット、3〕

 デコピンで慎重に弱らせて(テイム・テイム)〔テイルキャット・13〕と復活。


 此奴は尻尾の大きい猫だからシーちゃんにしようかな。

 もそもそ動き出したので《お前の名前はシーちゃんな!》


 《はい、マスター》〔シーちゃん、身軽・狩り〕


 ん、身軽は判るけど、この小ささで狩りって?

 結構汚れているのか薬草袋まで汚れて見えるので、クリーンの三連発。

 綺麗になったらチョコレートブラウンの虎模様で、金銀妖曈ヘテロクロミアじゃないの。

 ふわふわ尻尾を含めてもミーちゃんの尻尾と同じ程度の大きさで、約60cmってところかな。

 シーちゃんの背に手を乗せて、普通の猫の2/3程度の大きさにしてから、ついておいでと命じる。


 《シーちゃん、狩りって得意なのか?》


 《はい! 狙った鼠や蛙に蛇は逃しません!》


 あっ、そっちの狩りなのね。


 家に着いたらミーちゃんの後をついて行かせて、内側から閂を外す方法を教えたが、ミーちゃんに比べて身体が小さいので難儀した様だ。


 《マスター、此奴も仲間になるのですか?》


 拗ねた様なミーちゃんの声に苦笑いが出る。


 《ミーナのお友達にと思ってね。それとも、此れからもミーナの相手をしたいのかい》


 《此奴に任せます!》


 抱えられたりなで回されるのが相当嫌なのか、即答だな。

 野生種のファングキャットだから、なでられるのは嫌らしい。

 俺と居ても肩には乗るが、膝の上にはあまり乗ってこないからな。

 寝ているときに俺に擦り寄ってくるのは、暖房代わりの様だし。


 猫なら家猫野良猫を問わず、人になでられるのを嫌う奴はそういないと思うので、シーちゃんをと思ったが・・・ミレーネ様のお許しを得ていないことに気がついた。

 なら少し芸を教えておいて、娘可愛さにお許しを得る作戦にしよう。


 二度三度大きくしたり小さくした後で《シーちゃん、自分で大きくなったり小さくなれるかな》


 《さっきの様にですか、マスター》


 《そうそう、普段は小さい姿で、狩りなんかの時には元の大きさになれば良いよ》


 シーちゃんの訓練はジェスチャーと拍手での命令から始める。

 手を三度叩けば(おいで)肩を叩けば(叩いた肩に乗れ)散歩の時は左右どちらかを(一歩後ろ)等を教える。

 水が欲しいときは(前足で身体を三回叩く)腹が減ったら(三回叩くのを二度)など、飼い猫には出来ない芸当をおしえる。


 途中気になって、生まれてどれ位経っているのかを聞いてみると、丁度一年くらいらしい。

 一人歩きを始めた頃に花が咲いていたそうなので一歳とする。

 ん、人間では何歳に相当するのか知らないが、若いって事は間違いない。

 序でに爪と牙を確認、牙は2cm位で爪を立てれば此れも2cm位はありそう。

 ネズ公相手なら、此れくらいの武器で十分なのかな。


  * * * * * * *


 王妃様が、花蜜とゴールドマッシュをもっと欲しいと言っていると聞かされてから10日以上経つが音沙汰なし。

 と思って三日目に、シーちゃんが来客を告げてきた。


 覗き穴から確認すれば、ホルムの街にいるはずのセバスチャン・・・セバンスが立っている。


 「お久しゅう御座います、シンヤ様」


 「ホルムは?」


 「空き家に近い状態で、今は留守番だけで御座います。宜しければ明日お迎えに参りますが」


 「わかった。待っている」


 優雅に一礼して帰って行くセバンス、セバスチャンと呼びたいくらいに執事姿が様になっている。


 翌日、迎えの馬車に乗ったがシーちゃんのみを肩に乗せてお出掛け。

 何時もの様にサロンに案内されると、先客が一人と壁際に護衛が立っている。


 「そう嫌な顔をしないでくれたまえ。君の提供したゴールドマッシュは、花蜜と違い多くの人々の胃袋を掴む物で貴重なんだよ。此れからもある程度の量を提供してくれるのであれば、相応の対価と便宜を図ることを約束するよ」


 確かに並みの料理の味が一段も二段も上がれば、食堂なら千客万来がっぽり稼げるだろう。

 外交に食は外せない要素で、国力や食文化の違いを見せつけ、果ては胃袋まで掴めれば何事も有利に運ぶって事か。


 マジックバッグから二本取り出してミレーネ様の前に置く。

 王国に渡すのではなく、ミレーネ様に提供した物を王家に献上する建前は花蜜と同じにする。


 「茸なんて物はその年の天候に左右されますので、どの程度提供出来るのかは確約は出来ませんよ」


 自家消費の残りだから提供するのは問題ないので、義務にならない範囲でと約束してもらう。


 「花蜜が一本金貨100枚、ゴールドマッシュは同じ容器で金貨300枚としますが、宜しいですか」


 「天然物で品質の保証が出来ませんので、それで結構です」


 花蜜三本とゴールドマッシュ三本で金貨1,200枚か、安全で気楽な生活の目処は立ったが、簡単すぎて気が抜けるな。


 「君は貴族になる気が無さそうだが、何か望みは有るかね」


 「何も、強いて言えば、貴族や豪商達に干渉されずに生きていければ十分です」


 そう答えたら、宰相とミレーネ様が目を見交わして頷く。


 「それでは、以前預けた王妃様の御用係の身分証と、此れを交換してください」


 差し出されたカードは、同じ炎の輪に吠えるドラゴンの紋章だが、金色の縁取りがされていて一段と派手な物。

 紋章の下に花模様が三つ有るのは変わらないが、真紅の花になり王妃様関連を示す事は変わらないらしい。


 例の如く血を一滴落とすと、裏に俺の顔と名前や年齢が浮かび上がるのは、冒険者ギルド発行のカードと同じ。


 「困りごとがあれば、それを示してその地の領主にお願いをすれば、協力してもらえる筈です」


 「身分証が派手になっても、御用係なのですか?」


 「そうですよ、ただし、側近の御用係という事になります。貴方のお願いは王妃様のお願いと間違われる恐れが有りますので、そこは注意して下さいね」


 宰相がニヤリと笑っているのが目の端に映り、ちょっと計られた気分。


 「ところで、フローランス領では野獣が溢れて、冒険者ギルドは強制招集を行い野獣討伐をしていたそうだね。君も冒険者なら、討伐依頼が有れば受けて貰えるのかな」


 「宰相様、たった今金貨1,200枚を稼いだばかりですよ。命を賭ける様な、危険な事はしません。そんな事は、腕自慢立身を望む奴等に任せます。花蜜とゴールドマッシュが無くても、生活するには十分稼いでいたのです。強制招集でなければ、野獣の討伐など受けません」


 苦々しげな護衛の視線を無視して、王国の言いなりになる気はないと告げる。


 * * * * * * *


 ブライトン宰相が帰ると、ミーナがサロンに飛び込んで来て俺に駆け寄って来たが、肩に乗っているのがミーちゃんでないのに気付いて固まっている。


 《シーちゃん、この子がミーナだ。ご挨拶をして》


 《はい、マスター》


 俺の肩から飛び降りると、ゆっくりとミーナに近づいていく。


 「ミーナ、シーちゃんだよ。抱いても良いけどミーちゃんより小さいし、何時までも抱いてたら嫌われるよ」


 「目の色が違うのは何故?」


 金銀妖瞳をどう説明しろって、此の世界でヘテロクロミアがどう思われているのか、知らずに連れてきたのは失敗だったかな。


 「どうしたのミーナ」


 「ミーちゃんじゃない! それに・・・目が」


 ミーナの言葉にシーちゃんを見て頷き「ミーナ、時々目の色が違う猫がいるわよ」そう言ってひょいとシーちゃんを抱き上げる。


 《マスター、匂いがよく似ているけど親ですか?》


 《そうだよ。此の家の者をよく覚えて攻撃しちゃ駄目だよ》


 「此れもテイムしたの?」


 「許されるのであればミーナのお友達にと思いまして。猫ですので、万が一テイムが切れても危険はありませんので」


 それを聞いたミーナが駆け寄り、シーちゃんに手を伸ばした。

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