第72話 強制招集
倒れているウルフの隙間を狙って飛び降りると〈エッ〉て声が聞こえた。
俺に続いて飛び降りたミーちゃんとフォレストウルフを観察したが、フーちゃんと同種ながら一回り大きい気がする。
「この辺りのフォレストウルフって、此れが標準の大きさですか」
「あんた、身が軽いのね」
「おお、此れ位が普通だぞ。お前のフーちゃんとやらは小さいのか」
「一回り小さい気がします。ザンドラから少し奥でテイムした奴です」
「王都の南は、こっちより可愛い奴が多いからな。この辺じゃ見掛けない顔だな」
「少し前に王都から来たんですよ。帰る前に森を見てみようと思ってね」
「テイマーなのに一人とは珍しいわね」
「この辺りはベテランでないと来られない場所だぞ」
「一人で来る奴なんて、初めて見たな」
「本当に一人なのか?」
「凄腕の魔法使いでも斥候や見張りなど数名を連れているのが普通だからな」
なにか珍獣でも見る様な目で見られるので恥ずかしい。
「俺達は街に向かう途中だけど、お前はどうするんだ」
「あっ、俺も用は済んだので街に向かっているところなんです・・・ちょっと待って、何かいるな」
フーちゃんから《マスター、何か向かって来ます》と報告を受け、フーちゃんの示す方向に意識を集中させる。
索敵に大型獣らしき反応がある。
「どうしたの?」
「あ~・・・何か大きい奴が向かって来ています。お疲れでしょうから、俺が相手をしますね」
「それじゃ、お手並み拝見させて貰うか」
話している間に、落ち葉を踏み枝を折る音が近づいて来る。
「大物の様だが、一人で大丈夫か?」
「フーちゃんとミーちゃんもいますし、大丈夫ですよ」
接近してくる野獣の唸り声がはっきりと聞こえだし、フーちゃん達が左右に分かれて身を伏せる。
姿を表したのはホーンボアだが、熊さんと見間違うほどの大きさで、しかも子連れ。
マジックポーチから魔鋼鉄製の短槍を引き抜き、支配を見せられないので軽く素振りしながら攻撃方法を考える。
三頭のチビボアはフーちゃん達に任せて、俺は正面突破に決めた。
先ず気を逸らす為にフーちゃん1に攻撃を命じて、親が気を取られた隙に軽く踏み込み、鼻面を上段から峰打ち。
魔鋼鉄製の短槍を剛力を使っての一撃に〈ブヒー〉と悲鳴を上げてよろめく、正面の俺に意識が戻ったときには横っ飛びに移動して、横っ腹から脇下を狙って短槍を突き入れる。
深々と突き立った短槍を捻った後抜く為に、ホーンボアを蹴って後ろに飛ぶ。
短槍の抜けた傷口から血が噴き出すと、前のめりに崩れ落ちて死の痙攣が始まった。
フーちゃん達はと見れば、喉に喰いつき振り回して絶命させているが、ミーちゃんはロデオ宜しくチビボアの上に乗り、落とされまいとしがみついているが遊んでいる様に見える。
チビボアと言えども親がでかけりゃ仔もでかくて、日本の猪以上に大きく見える。
ショートソードを手に、暴れるチビボアの動きに合わせて後ろに回ると、足を掴んでひっくり返してプスリ。
フーちゃん達のお食事も手に入ったので、マジックバッグに放り込んでお終い。
「何と、手際の良い奴だな」
「一人で大丈夫だと言うはずだな」
「俺達なら左右から矢を4,5本は射ち込むぞ」
「あの大きさじゃ、接近戦はしたくないしなぁ」
「あんたは、細っこい身体に似合わず力持ちなのね」
「魔鋼鉄製の槍だろうけど、軽く振り回しているなぁ」
〔タンザの楯〕と名乗った六人組の彼等と共に街へ戻る事にした。
リーダーはグレン、女性はアリエラと名乗ったが結界魔法使いで、ドーランと夫婦だとのこと。
フーちゃん1が先頭を歩き斥候も務めるが、斥候役のブライトの方が感覚が鋭い。
ブライトは感覚を研ぎ澄まして周囲を探るので、鼻と耳が頼りのフーちゃんは敵わない。
フーちゃんの2は俺の横を守り、ミーちゃんは背負子の上で寛いでいる。
途中何度か野獣と出会ったが、狩りはタンザの楯達に任せて見物する。
腕っこきの冒険者達が狩りをするのを見ていると、大いに参考になるが俺自身は当分狩りをする気はない。
* * * * * * *
五日目にタンザに戻ってきたが、何やら街がざわついている。
冒険者ギルドへ行くと理由が判ったが、俺に取っては不味い事態だ。
「シンヤ、あんたのランクは?」
「Dのシルバーです」
「じゃー、あんたも緊急招集の対象ね」
「拒否したいんですがねぇ~」
「拒否は無駄よ、今タンザに居る冒険者はランクを申告する義務が有るわよ」
「取り敢えず、何が起きたのか聞きに行くか」
逃げ出したいが、タンザの楯とともに街へ戻って来たので逃げられない。
アリエラに腕を掴まれて、二階の会議室に引っ張っていかれた。
「サブマス、緊急招集って何ですか?」
「おお、お前達も帰ってきたか。森の奥の野獣が里や街道の方へ近寄ってきていると報告がきた」
「野獣がって事は大量にか?」
「判っているだけでベア類にタイガー系オーク各種にウルフの群れもだ」
「またかよ、面倒だねぇ」
「この前は何時だったかな」
「八年前だが、今回の方が規模が大きいらしい。誰を斥候を出すか相談をしているところだ、お前達は待機していてくれ」
サブマスの背後に控える事務員に、タンザの楯が招集に応じる事を記録させている。
招集に応じても拒否しても記録されるんだ。
「で、お前達の後ろに居る小僧は誰だ?」
「此奴はシンヤ、森の奥で会ったんだが腕利きだぞ。ランクはDらしいから連れてきた」
「ほう、お前が腕利きと認めるのなら相応の腕は有るんだな」
「ああ、森の奥で出会ったが、俺達の討伐を木の上から見物していた。聞けば一人で森に入ったそうだ。それに、ホーンボアの大物を一人で簡単に倒したからな」
「そうか、お前も強制招集の対象だから受けてくれ」
「俺はDランクになって間がないし、お断りしたいんですがねぇ~」
「ギルドカードを見せろ」
王妃様の身分証を出してやろうかと思ったが、効果は無さそうだし冒険者カードの提出は拒否できない。
渋々ギルドカードを差し出す。
「なんだ、テイマーか・・・それも能力が1とはな。良くDランクになれたな」
「ギルマス、シンヤは加護持ちよ。それにファングキャットとフォレストウルフ二頭を従えているわ」
「それにさっきも言ったが、大物のホーンボアをあっさり倒した腕は見事たったぞ」
「それじゃ、お前も登録して置くからな。拒否すれば冒険者登録抹消だと知っているな」
「強制依頼じゃないのかよ」
「強制依頼は拒否しても罰金か降格だが、招集は街の安全が掛かっている。故に、拒否は冒険者資格を抹消して二度と登録出来ない」
「サブマス、そんなやる気の無いテイマーなんぞ放り出せよ。タンザの楯も、そんな腰抜けを推すとは目が腐ってきたのか」
「お前、俺に喧嘩を売ってるのか」
「俺は腰抜けなんで、喧嘩を売るなんてとーんでもない。女の結界の陰でちまちまやっている奴の言葉を、信じられないって言っているだけさ」
「だれよ?」
「女にモテなくて、僻みまくっている奴さ」
「底意地が悪くて、酒場の姉ちゃんにもモテない情けない奴だ」
「いやいや、金のあるときだけちやほやされてるぞ」
「金の切れ目が縁の切れ目の、見本みたいな奴だ」
思わず笑ってしまったが、気に障った様で〈ガキが笑うな!〉って怒鳴られたよ。
「済まない。あまりにも遠慮のない表現につい」
「ほう、お前も良い根性をしているようだな。一丁模擬戦で鍛えてやろうか」
「やだなぁ~、俺は気が弱いので、模擬戦なんて恐くて出来ません」
「グレンが大物のホーンボアを倒したと言っていたが、森へ行っていたのなら他の野獣も狩っているのだろう。見せてもらおうか」
やっぱり不味い状況になってきた。
全て見せれば彼此詮索されるのは間違いないが、出さない訳にも行かない。
渋々サブマスについて解体場へ向かったが、グレン達は元よりモテない男や会議室に居た各パーティーの連中までついてくる。
〈一人で森の奥へ行くのなら、相当な腕利きだぞ〉
〈いやいや、一人で森の奥へ踏み込める奴なんてゴールドの極一部かプラチナランカーだけだ〉
〈Dランクで行ける場所じゃない。運がよかっただけさ〉
〈偶然タンザの楯と出会ったので、連れて帰ってもらったんだろう〉
〈奴等も騙されているのさ〉
「シンヤ、観念して獲物を出しなさいよ」
森から帰る途中で出会した野獣はタンザの楯に任せていたし、アリエラに獲物の種類を聞かれたが適当に誤魔化していた。
なのでよけいに興味を引かれたようで、にやにや笑いながら言われてしまった。
解体場の空いた場所を示されたので、ホーンボアから取り出す。
〈おいおい、のっけから特大のホーンボアだぞ〉
〈此れを一人でか? 嘘だろう〉
〈マジかよう〉
〈こりゃー後も楽しみだな。早く出せよ!〉
ホーンボア、1頭
ビッグエルク、1頭
エルク、1頭
ブラウンベア、1頭
ブラックキャット、1頭
ゴールデンタイガー、1頭
レッドホーンゴート、1頭
ビッグホーンシープ、1頭
グレイトドンキ、1頭
「こんなところだけど」
〈何だ、あのゴールデンタイガーの大きさは!〉
〈森の奥へ行っていたってのは、法螺じゃなかったのか〉
〈見ろよ、ほぼ全て一突きだぞ〉
〈ひょろっこい身体なくせに、見掛けによらず凄腕だな〉
んな物は当然さ、傷だらけにしてもテイム出来た時には治っているし、解放した瞬間に一突きするのだからな。
というか、テイム出来ずに死んだ傷だらけのやつも出すべきだったかな。
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