第73話 単独索敵
「シンヤは、俺達と出会った場所よりもっと奥へ行っていたのか」
「でなきゃ、あの大きさのキングタイガーは狩れないからな」
「ビッグエルクもエルクも大きいわ。何を持っているのか、言いたがらない筈よね」
〈見ろよ、レッドホーンゴートなんてのは、相当奥の岩場に居るやつだぞ〉
〈良かったな、モテない男。奴と模擬戦をしたら、血反吐を吐く事になっていたな〉
〈ポーション代が助かったから、お姉ちゃんに散在できるぞ〉
「シンヤは何時も一人で行動しているのか」
「基本的には」
「まぁ、此れだけ狩れるのなら問題ないか。お前、偵察に行って貰えないか」
「偵察?」
「森の奥から出てきているのだが、どの程度の広がりか調べて欲しい」
「俺は10月の初めにこの街に来て、知り合いに森を案内してもらっただけで、今回一人で奥へ行って来たんですよ。偵察と言われても、地理すら碌に知らないのに無理ですよ」
「それは問題ない。この街の西方向から東へ、街に向かって押し出されているのは判っているんだ」
此れがティナの言っていた、野獣が増えすぎた結果かな。
「西方向、押し出されるって?」
「10年前後に一度、増えすぎた野獣が森から押し出されて来るんだ。餌の関係とか縄張り争いに負けたとか言われているが、何にせよ迷惑な話だが放置も出来ん。それで偵察だが、今回はタンザのほぼ真西から、東に向かって押し出されているらしい。タンザの西にはデエルゴって村があり、そこからの通報だ。お前にはデエルゴ村へ行き、それから西に向かってもらいたい。大まかで良いので、大物の先頭と左右の広がりを調べてくれ」
「大物って?」
「ハイオークの群れや、タイガー類やベア類だな。俺達は人を集めたらデエルゴ村に向かう。領主殿も兵を集めて駆けつける筈だ。タンザの楯にデエルゴ村迄案内させる」
嫌も応もなしか。
一人で行かせるのは、犠牲は少なく戦力温存の意味も有るのだろう。
冒険者を辞めるのは別に構わないが、知り合った者達が闘うってのに逃げるのも寝覚めが悪い。
野獣の群れに出会っても、逃げるのなら一人の方が早いし気が楽だ。
「タンザの楯は、シンヤの案内と向こうでの受け入れ準備の段取りを頼む。シンヤは、Cランクに格上げだ」
「有り難迷惑な昇級だねぇ」
「シンヤは災難だな」
「冒険者をしていれば、強制招集は諦めるしかないぞ」
「シンヤ、万が一の時の為に、逃げる準備を怠らない事よ」
「それは大丈夫だよ。逃げ足だけは誰にも負けない自信があるから」
* * * * * * *
デエルゴ村へは徒歩で6、7時間、荷馬車がどうにか通れる道が通じている行き止まりの村。
オシウス村より一回り大きな感じで人も多い、周囲を囲む柵は立派な物で危険度が高いことを示している。
村長の家で状況を確認するのだが、フォレストウルフを従えているとはいえ、若い俺に不審の目を向けてくる。
「村長、シンヤは若いがCランクの冒険者だぞ、人の心配より村の防備を固めてくれよ」
「本当かねぇ~。まっ、ヘマをして死ぬのは構わないが、この村へ野獣を案内なんかしてくるなよ」
気に入らないので、殺気、王の威圧を浴びせてやると、顔色を変えて硬直して震えているだけの根性無し。
「流石の威圧だな」
「止めてよね、胸がドキドキしちゃうわ」
「ん、俺にときめいているの」
「俺のかあちゃんを誘惑するなよ」
「村長、あんた達の為に命を賭けるんだ。舐めた事を言ってると防衛を放棄するぞ」
「すっ済まない。謝るよ」
「それじゃ取り決め通り、フーちゃんが来たら攻撃せずに村へ入れてよ」
「大丈夫よ。私が面倒みているから」
「ああ、誰にも手を出させないから安心してくれ」
* * * * * * *
夜明けを待ってデエルゴ村を後に西へ向かった。
フーちゃん達は首に赤い布を付け、村へ連絡の文を持って行ったときに攻撃されない目印にしている。
村を出て小一時間、ビーちゃん達を呼び、西の方向を示して大きな毛玉の居る場所を尋ねる。
ギルマスは何も知らないながら、斥候に最適な人選をしたと苦笑いが出る。 しかし、跳んだり跳ねたりしての移動は禁物で、方向と時間距離は並みの冒険者に合わせる必要がある。
ビーちゃん達が続々と帰ってきて毛玉が居ると教えてくれるが、方向だけを参考に探す。
何せビーちゃんは飛んでいるので、冒険者の足でどれ位離れているのか判らない。
教えられた方向へ一日歩き、そこから毛玉の場所まで急いで確認に向かう。
確認出来たら元の場所まで歩き、時間距離を記録する。
村から西へ1日の場所を起点として、西へ1日の場所で東に向かうとブラウンベアやタイガー類他複数を確認。
起点から北へ1日半の場所で、東に向かうハイオーク16頭の群れと各種ベア類や雑多な多数を確認。
2方向の目撃情報を記した文を付け、フーちゃん1号をデエルゴ村へ向けて送り出すと同時に、南方向へ移動しながら索敵を続ける。
* * * * * * *
シンヤが確認の為にデエルゴ村を出発して三日後、タンザの冒険者ギルドに集められた冒険者達が、サブマスに率いられて続々と到着した。
その翌日の夕方に、見張りがフォレストウルフが一頭近づいて来ると叫ぶ。
その声にサブマスが臨時指揮所の納屋から飛び出し、見張りの所とへ走る。
サブマスの後をタンザの楯のアリエラ達が続き、恐れる風も無く近づいて来るフォレストウルフの赤い布を確認して、アリエラが村から出てフーちゃんを迎える。
アリエラの前で座ったフーちゃんの首に結ばれた文を解くと、フーちゃんを連れてサブマスの所へ戻る。
「テイマー以外にも従うとは、奴のテイマーとしての腕は相当なものだな」
「此処まで文を届けさせるだけでも、彼の能力の高さを示すものです」
アリエラの差し出す文を受け取り、読みはじめたサブマスの顔が曇る。
「悪い知らせですか」
「このての文に良い知らせってのはないが、数が多いのも何だが広範囲に広がっていそうだ。この村から西に一日の距離を起点に西へ一日と北へ一日半の距離まで広がり迫っているそうだ」
「南はどうなんです?」
「今、探りに行っているので未だ判らんが、領主軍も前方に展開してもらわないとならんな」
「それじゃ前衛は今日明日にも村の近くに現れそうだな」
「編成はどうするんです?」
「ギルマスに伝令を送り、領主軍には街道の警備を頼む事になるな。俺達は街の正面となるこの村を拠点に前進して討伐だ。シンヤが戻ってきたら、タンザの楯に組み込むから手ほどきしてやれ」
参加パーティーの一覧表を睨みながら、組み合わせと配置に頭を悩ますサブマス。
* * * * * * *
起点を南に下がりながら、ビーちゃん達の報告を受けて確認に向かう。
ラノベでよくみる、野獣の暴走とか街を襲撃する描写と違い、それぞれ同種単位、しかも群れてないので頭数確認が大変だ。
尤もラノベのようにスタンピードを起こしてないだけ、対応する余裕が有るのは有り難い。
しかし、そうは言っても調査の為に行く先々で野獣を討伐する羽目になり、ランク8のマジックバッグの容量が心配になってきた。
ランク5ー360と5-90のマジックバッグが控えているので何とかなるだろう。
ただ気分が悪いのは、ポンコツ神の思い通りに動くことになっているってことだ。
南方向の広がりは思ったより小さく、陽が傾く頃には野獣の気配もめっきり少なくなってきた。
今回は帰りを早くする為に歩いてきたので、森を駆け抜けて翌日の午前中にはデエルゴ村に帰り着いた。
帰りついた村には冒険者パーティーの数が思ったより少ない。
出迎えてくれたグレン達がサブマスの所へ案内してくれたが、半数以上のパーティーは西に向かって前進しているとのこと。
村の集会所にサブマスが陣取り、各パーティーに村からどの方角へ向かうかの指示を出していた。
「サブマス、シンヤが帰ってきたぞ」
「おう、ご苦労。南方面はどうだ?」
「南は夕暮れ前までの距離です。北側より野獣の数が少し少ない気がします」
「ほう、そちらは応援の冒険者達を中心に任せるか」
「おい、本当に野獣の群れを見つけて確認してきたのか?」
「気に入らなきゃ自分で確認に行けよ、モテないおっさん」
〈ブファッ〉って誰かが吹き出している。
「帰って来るのが早すぎるから聞いているんだ!」
「馬鹿だねぇ。俺はフォレストウルフを使役しているんだぞ、相応に森を歩けなければ使っている意味がない。本気で森を走れば、お前の半分の時間で目的地まで行けるぞ。俺にケチを付ける暇があるのなら、モテる為に確り討伐して稼げよ!」
「で、当然出会った野獣のいくつかは討伐したんだろう? 応援の者も多いので、参考までに見せてやってくれないか」
「今度はどんな物を討伐したの?」
「おお、ちょっと見せてくれよ」
仕方がない。
此処で拒否しては俺の報告が虚偽と疑われかねないので、広場に並べることにした。
進路上でぶつかった野獣を討伐しながらの斥候だったので、無差別に野獣を放り込んだマジックバッグから、適当に取り出して並べる。
グレイウルフ、複数
レッドベア、複数
ビッグホーン、複数
ハイオーク、複数
ファングタイガー、1頭
フォレストウルフ、複数
ゴールデンベア、複数
ブラックキャット、複数
ブラウンベア、複数
〈おいおい、一体何頭狩ったんだ〉
〈奴は、斥候に出たんだよな〉
〈ああ、それも一人でだ〉
〈あのハイオークの数って、群れと遣り合ったって事か?〉
「みんな、見ての通りだ。指示した方向へ進んでくれれば、獲物は狩り放題稼ぎ放題だ。気を抜かずに頼むぞ!」
腕に覚えのある者達は、俺の獲物を見て張り切っているが、そうでない者やパーティーは顔色が冴えない。
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