第69話 煉獄の牙

 やれやれ、何処に災難の種が転がっているか判らないものだ。

 彼等のテーブルの空いた椅子に座り、エールを飲みながら殺気を叩き付けてみたが、反応はなし。


 「中々の殺気だが、その程度じゃ俺達には通用しないな」


 落ち着いた声と同時に一斉に殺気を叩き付けられた。

 ブラウンベアと対峙した時を思い出したが、肩のミーちゃんが毛を逆立てて唸る。


 「俺の可愛いミーちゃんを脅すなよ。つくづく猫が嫌いな血筋の様だな」


 「嫌いなのは、己の様に少し腕が立つからと意気がる小僧だ。模擬戦はなしだ、俺達と実戦訓練をやろうぜ」


 「エールを飲み終わるまで待ってね」


 「最後の酒だ、ゆっくり飲め」


 〈煉獄の牙とテイマーが遣りあうってよ〉

 〈彼奴は死んだな〉

 〈殺しはしないだろうが、並みのポーションじゃ治らねぇだろうな〉

 〈彼奴も腕が立ちそうだけど、相手が悪すぎるな〉


 やれやれ、ビーちゃんを呼んでも返事がないので、此処は実力勝負といきますか。

 ジョッキを返してフーちゃん達を呼ぶ。


 「ほう、ファングウルフを二頭も従えているのか」

 「逆上せて粋がるのも無理はないな」

 「可哀想だがそれも今日までだ」


 「実戦訓練なんだろう、遠慮無く遣らせてもらうよ」


 「おお、テイマーの使役するフォレストウルフ二頭なら、少しは手応えがあるかな」


 ばーか、俺一人で相手をしてやるよ。

 正々堂々なんて寝言の通用しない世界だ、フーちゃん達は邪魔をする奴の牽制用だ。

 奴等の後に続いて訓練場に向かったが邪魔がはいった。


 「お前達何をするつもりだ!」


 「おう、ギルマス訓練場を借りるぜ」

 「ちょっと実戦練習だ」

 「なに、殺したりはしねえよ」

 「こんな小僧を甚振る趣味はないからな」


 「そんな事は認められん! 訓練場の使用を禁止する」


 「ギルマス、対人戦の実戦訓練が出来るんだ、邪魔はしないで欲しいね」


 「お前・・・」ギルマスが呆れたな声を出す。


 「なら模擬戦をやろうぜ、それなら文句はねえよな」

 「どうでも良いさ。小僧にお仕置きさえ出来ればな」


 「んじゃ、審判をお願いね」


 「フォレストウルフを外に出せ」


 仕方がないね、ミーちゃんをフーちゃんの背に乗せて外に出す。


 「良いのか、奴等は全員A、Bランクだぞ」


 「そりゃー大変だ。でも何とかなるっしょ」


 短槍の練習用棒を取り出して素振りをすると、又々ギルマスが呆れた様な目で見てくる。

 長さ2.8m程で直系が5cmくらいかな、武器屋の親父に固くて重い棒をと頼んだら、奥から出してくれたお気に入り。


 最初の奴と向かい合うと、見物席から声援が飛ぶがもう少しで吹き出す所だった。


 〈兄貴、やっちゃって下さい!〉

 〈煉獄の牙に歯向かった報いを奴に!〉


 「あ~ぁ、自分が闘わないとなれば勇敢だねぇ~。あんなのが身内にいるって、大丈夫なの」


 「人の心配より自分の心配をしろよ。弱いからって手加減は出来ねぇぞ」


 そう言いながら殺気を叩き付けてくるので、恐いこわい。

 〈始め!〉の合図をうけてそろりと踏み込んで来る。

 〈ふん〉と軽い声と共に、掬い上げる様に斬り込んで来るのをステップで躱す。

 掬い上げた木剣はそのまま弧を描き斬り落としてくるが、下がる俺の前で直角に軌跡を変えて襲って来る。


 「大口を叩くだけの技量は有る様だな」


 「対人戦の経験不足でして、お褒めいただきありがとうございます」


 軽く頭を下げて見せると、そのまま突き込んでくるのでジャンプして突き出された木剣の上に乗り、がら空きの胸を突くと手応え有り。

 そのまま肩を蹴って後ろに飛び降り、着地と同時に再度踏み込んで腹を突き上げる。


 〈それまで!〉


 〈凄えぇぇぇ〉

 〈おい! やっちまったぜ!〉

 〈馬鹿な! 相手はテイマーだぞ〉


 〈お前達、早くポーションを飲ませろ!〉


 手応え有りだが、ちょっと強くやり過ぎたかな。

 訓練場の隅に引き摺って行き、ポーションを口に突っ込み無理矢理飲ませている。


 「中々の腕だな。見くびって悪かった、本気でやらせてもらうぞ」


 「恐いねぇ~。テイマー相手なんだから本気を出さないでね」


 筋骨隆々、短槍に見立てた棒を振り回した後、スーっと俺の胸に向ける。

 短槍どうしの模擬戦は初めてだが、俊敏と剛力全開で何とかなるだろう。

 俺は相手のヘソに棒先を向けて構えると〈始め!〉の声が掛かる。


 本気の言葉どおり、一本の線に見える様な突きが連続して襲って来るが、俊敏を利用して躱し弾く。

 数合弾きあった後で、胸に迫る切っ先を剛力全開で掬い上げると〈バキッ〉と音がして棒が空に舞い上がる。

 手を離れた棒に目もくれず後ろに飛び下がるが、スーちゃん譲りのジャンプで一気に踏み込み蹴り飛ばす。

 後方に飛んだ勢いのまま転がって行くが、ピクリとも動かないのは意識が途切れたかな。


 〈おいおい、二人目も負けたぞ!〉

 〈今の踏み込みを見たか!〉

 〈おお、一足で踏み込んで蹴り飛ばしたぞ〉

 〈ありゃー、蹴らずに突かれたら死んでいるな〉


 仲間が無言で血反吐を吐く男を片隅に連れて行ってるが、次の奴は仲間には目もくれず二本の木剣を振り回している。

 ロングソードの双剣使いって事は、手数が多そうだ。

 今度は挨拶もなく無言で睨み合うと、合図と共に双剣を振り回しながら踏み込んで来る。


 ちうごく雑技団じゃあるまいし、縦横無尽に振り回される木剣に近寄れないが、俺の持つ棒は木剣より長い。

 柄の長さだけで1.8mほど有り、穂の長さが1mも有る魔鋼鉄の槍を模した物だ。

 如何な双剣使いと言えども、2.8mの獲物を相手では届かないだろう。

 石突き部分と柄の半ばを持ち、身体の前で交差する瞬間に下から弾き、耐えようとしたところを上から叩きつける。


 片手の木剣は手を離れたがもう一方は落とさずに耐えたが、バランスを崩している。

 胸に一撃入れようと踏み出した瞬間、後方に飛びながら木剣を捨てて跪くと掌を向けてきた。


 〈参った!〉

 〈待て!〉


 敗北を認める声とギルマスの声が交差した。


 〈かー、Aランクが二人ともやられたぜ〉

 〈無茶苦茶強いじゃねえか〉

 〈フォレストウルフを従えるだけの技量は有るって事か〉

 〈未だ三人残っているから判らねえぞ〉


 「俺達の負けだ。謝らせてもらうよ」


 「後の三人が、納得するのか」


 「リーダーは俺だ、奴等はBランクでもCに近い腕なので勝ち目はない」


 〈煉獄の牙が負けを認めたぞ!〉

 〈だから言っただろう。奴は強いって〉

 〈はぁ~ん、金も賭けない奴が大口叩いて偉そうに〉

 〈勝負が終わってからなら何でも言えるからな〉


 「一つ教えてくれ。其奴は練習用か? それとも普段使いの武器を模した物なのか」


 流石はAランク、目の付け所が違うな。

 マジックポーチから魔鋼鉄製の短槍を取り出して見せてやるが、短槍ってよりマジもんの槍だな。


 「お前、そんな物を振り回せるのか?」


 「ギルマス、飾りでこんな物を持ったりしないよ」


 「最大の獲物は何だ?」


 「ん~、一人でならオークキングかな。普通の短槍でぶん殴ってもふらつくだけだったので、こいつを作ったんだ」


 「短槍でオークキングを殴るのか?」

 「それは、短槍の使い方を間違ってないか」


 「あっ、友達とブラウンベアの討伐に出向いて、此れくらいの武器じゃないと通用しないと思ったのもあるんだ。槍先が此れくらい長ければ闘えるだろう」


 「俺は煉獄の牙リーダー、マークスだ。何時か一緒に大物狩りをしてみたい腕だな」


 「シンヤだ、野獣狩りは得意じゃないので、縁が有ったらな」


 終わってみれば話せる男の様だが、身内があれじゃねぇ。


 * * * * * * *


 10月前に王都を出て、ザルムさんの住まうフローランス領タンザの街へ向かった。

 フローランス領は王都の北、南のザンドラとは真反対の方向で王都から四つ目の領地、乗合馬車で14日の距離と遠い。


 ゴールドマッシュ採取はザンドラへ行けば良いのだが、ザンドラは俺に取って鬼門なので近寄らない事にした。

 そうなれば知り合いに森や草原を案内してもらう為と、ヘイルウッドの一族が彼に余計な事をしてないかの確認もある。


 ミーちゃんを背負子に乗せ、フーちゃんを前後に配して駆け足で進み、人目のないところでは疾走する。

 と言っても主要街道なので、そうそうフーちゃん達とマラソンを楽しむ訳にはいかない。


 最初のグローサス領ドリンバンの街は無事通過出来たが、次のブランドル領ダルセンはグランデス侯爵の領地。

 シンディーラ妃はグランデス侯爵の娘で、ヘイルウッド家とは縁戚関係なので、騒ぎにならない様に冒険者カードでこっそり通過。

 フーちゃん達には街を大回りして貰い、北門から出た後で合流する。


 フローランス領タンザの街に到着したのは10日目の昼前で、初めての街へ行くには街道を外れると迷子になりそうなので面倒だ。

 街に入ると、取り敢えず冒険者ギルドに行ってみる。

 街の出入り口から時々で出会う冒険者は、王都辺りと違って身体の大きい者が多い。

 そして獣人族と思われる毛深い奴とか、八重歯がはみ出している奴もチラホラ。


 大物の討伐は獣人族に依頼するとフランが言っていたが、タンザ周辺には危険な大物が居るのかも。

 それともザンドラから離れたオシウス村の様な所に、大物が居るのかな。


 冒険者ギルドに入り買い取りカウンターで、ホーンドッグとホーンボアを売りたいと告げる。

 フーちゃん達は表で待たせているが、ミーちゃんは肩の上で寛いでいる。

 買い取り係の親父はそれを見ながら「マジックポーチ持ちか」と聞いてくる。

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