第68話 解放
ミレーネ様から「ブライトン宰相様よ」と教えられたが、俺の手が届かないところで事が進んでいる様なので、会釈をして素知らぬ風を装う。
護衛騎士のきつい視線は完全無視して、何か言ってきたら王の威圧で黙らせてやる。
な~んて思っていたら、宰相とやらも素知らぬ顔なので護衛が戸惑っている。
暫くして連れて行かれた部屋にはスタッドが居て、程なくして孔雀によく似た顔の男と御婦人がやって来た。
その後に護衛と補佐官を引き連れた宰相閣下が登場し、三文芝居の幕が上がった。
跪く二人とスタッドに「オーエンス・ヘイルウッドとエメリンダ殿、モーリス・ヘイルウッド伯爵死亡の虚偽報告と、多数の死者を出した事を隠蔽した訳を聞かせてもらおうか」
単刀直入どころか、スタッドから全て聞き出してからの詰問って罪人扱いだな。
「執事に問い質しましたところ、呼び寄せた冒険者の狼藉により、当主や三男以下多大な被害を出し、国王陛下の臣下として恥ずかしく・・・」
「その方の執事の横にいる者が、狼藉者の冒険者だ。彼の証言によれば乱暴狼藉の果てに伯爵邸へ拉致されたそうだ」
「恐れながら、宰相閣下は冒険者の言われることを鵜呑みになされますか」
「あー、彼は、王妃殿下より御用係としての身分証を与えられている。そして伯爵達の死因はキラービーに刺された毒によるものであろう。彼はテイマー神様より加護を授かっていてな、彼を害する者はキラービーに襲われて死ぬそうだ。彼此言っても当事者は死亡しているが、王妃様の御用係を拉致しての無理難題と、シンディーラ妃を国王陛下の寵妃と騙り好き勝手をしていた事は見逃せぬ。寄ってヘイルウッド伯爵家は子爵に降格し領地替えも近々沙汰する。それまでは王都屋敷にて謹慎しておれ」
「お待ち下さい宰相閣下、当主は死亡し三男も・・・」
「黙れ! その方等も、騒動の隠蔽を計った罪は大きい! 不服なら爵位を返上して何処なりとも行け!」
あらら、口は災いの元、寵妃と騙って利用し大きな顔をしていたので、王家は相当不快に思ったらしい。
気に入らなきゃ爵位を返上しろとは、その程度の人材なのね。
ヤクザの誰々さんとはマブダチだとか、議員先生とは懇意にしているだとか他人の名を利用する奴っているよな。
今回は相手が悪かったな。
「シンヤ、ご苦労である。その方も何かと迷惑を被ったであろう、何か望みは有るか?」
おっ、このおっさん話が判る様だな。
「2、3日後に、ヘイルウッド家を訪れても宜しいでしょうか」
「何か用でもあるのか?」
「領主の威光で、無理矢理奉公させられている知り合いがいます」
「許す、好きにするが良い。 聞いたな、彼の希望にそってやれ」
呼び出された二人が「ハー」って、低い頭を更に下げたよ。
* * * * * * *
今回は辻馬車で貴族街へ行き、ヘイルウッド家の通用門からではあるが正式に訪問する。
話は通っていた様で、直ぐに執事のスタッドが迎えに来て執務室へと案内してくれた。
当主となったが、爵位継承の目処が立たないオーエンス・ヘイルウッドが、渋い顔で迎えてくれる。
爵位の無い相手なら、跪く必要も無いので軽く会釈だけですます。
「お待ち致しておりました、シンヤ殿。お知り合いとは何方でしょうか」
「元冒険者のザルムって名の騎士ですよ。呼んで貰えますか」
軽く頷き、呼んで来いと執事に顎で指示する。
俺が王妃様の身分証を預かってなければ、虫けら以下の扱いだろうと想像出来る横柄さだ。
執事に伴われて現れたザルムは、俺の顔を見て驚いている。
「ザルムさん、ヘイルウッド騎士団の給金は幾らですか?」
「350,000ダーラだが、それが何か?」
「冒険者の時に、月平均幾ら稼いでました」
「少なくとも金貨7,8枚は稼いでいたな」
「ヘイルウッド家は、子爵に降格の上で領地替えになります。安い給金でヘイルウッド家に仕える必要がなくなったので、貴方は首ですな」
「そいつは有り難いが・・・」
「俺って、こんな物を持ってます」
そう言って御用係の身分証を見せて、執事に説明させた。
「キラービーに守られて、王家の身分証を持つ冒険者って巫山戯ているな」
「まぁ成り行きでね。で、今日俺が此処に来ることは宰相閣下もご承知です。貴方は何年奉公させられたのですか」
「呼び出されてから6年・・・もう7年になるな」
「稼ぎの半分以下で扱き使われていたのか。領主とは言えいい気なものだねぇ~」
「冒険者とは言え、家族は領民だからな」
「オーエンス・ヘイルウッド様、7年も仕えてくれた彼に慰労金を頂けますか」
「もっ、勿論だ。長い間ご苦労だった、後で執事から受け取れ」
「執事さん、彼は稼ぎの半分以下で奉公していたのですよ。毎月金貨五枚近くを捨ててね。七年分×金貨五枚として・・・420枚か、迷惑料込みで金貨600枚ってところかな」
「そんな無茶な!」
「えっ、無茶はそっちでしょう。無理矢理奉公させたうえに、毎月金貨五枚分損をさせていたんだから。その間家族も苦労しているんですよ。毎月損をしていた分の補填が金貨420枚で、その詫び料として金貨180枚を出すのが無茶ですか?」
「不服も言わず、当家に仕えてくれていたではないか。それをいきなり、大金を寄越せとは理不尽な!」
「理不尽」
王の威圧を浴びせて、奴が腰砕けになったところで「お前達がやっていた事の方が理不尽だろう」と低音の魅力を発揮して尋ねたが返事がない。
それなら追い打ちを掛けてやる。
「ザルムさん、他にも冒険者なのに騎士団に組み込まれていた人はいますか」
「二人ばかりいるな。何方も家族がタンザの街に住んでいるので、断れずに渋々な」
へたり込んでいる執事の尻を蹴り、その二人も呼んで来いと命じる。
足が震えて歩けない様なので、王の威圧を消してやる。
「良いのか?」
相変わらず、俺の殺気を大して気にもせずに立っている。
「ああ、宰相閣下が俺の希望に沿うように言ったのに、忘れた様だから思い出させてあげようと・・・」
「払います! 金貨600枚お支払いいたしますので、これ以上はご勘弁を」
「手遅れですよ。ザルムさん一人が良い思いをしたら、残る二人が可哀想でしょう。慰労金は平等に支払って上げなよ。それとも、今回の事で一番被害を被った俺に和解金を支払う?」
にっこりと笑いかけたが、俺の稼ぎからしたら金貨の袋が10や20じゃ済まないぞ。
俺に対する和解金と言われて気付いた様だが、今回の被害者は俺なんだよな。
別な意味で顔色が変わったので、俺に対する謝罪金の額でも計算したのかな。
執事に連れられてやって来た二人は、何も判らないままに勤めた年数を聞かれ、俺が勝手に慰労金を計算する。
ガックリと項垂れるオーエンスだが、何も文句を言わずに執事に命じて支払わせている。
説明は面倒なのでザルムに頼み、二人が下がってからオーエンスに釘を刺しておく。
「ザルムさん、ヘイルウッド家が領地替えになった後でタンザに遊びに行きますので、周辺の森を案内してください」
「ああ、任せてくれ。俺も彼奴らも冒険者に戻るだろうから、何時でも来てくれ待っているぞ」
* * * * * * *
世は事も為し、ヘイルウッド家が子爵に降格され領地替えになったと聞いたのは九月の半ば。
時々フーちゃん達の餌を狩りに王都の外へ出るが、後は王都内でうろうろとお上りさんを楽しんでいたが、10月になる前に食糧の確保を済ませたいので買い出しを始めた。
ザルムさんの住まうフローランス領タンザの街に行き、周辺を案内してもらって茸狩りの予定だ。
鈍った身体を鍛え直す為に狩りも始めた。
と言っても、俊敏と剛力にジャンプを併用すれば、王都周辺で手子摺る様な獣はいない。
時々2、3日遠出をしてみたが、やっぱり草原や森の中は落ち着く。
娯楽だったキャンプが生活となり忘れていたが、王都に住まってたまに外に出ると以前を思い出す。
久方ぶりというか2度目の冒険者ギルドで獲物を売り払って食堂へ、エールを抱えて空いた場所を探していると、テーブルの下から足が出て来る。
古典的だねぇと感心したが、此処はお約束通り足を踏みつけてやるのが親切と言うものだ。
全体重を踵に乗せてグリグリグリと捻り、仕上げに180度ターン。
ん・・・お約束の声が掛からないと思ったら〈くっそ~おぉぉぉ〉と地獄の底らか響く様な声がする。
唸り声の主は、剛毛で八重歯の大きいむくつけき輩で、ちょっと人族に見えないので君子危うきに近寄らず。
素知らぬ顔で空きテーブルに向かって歩き出したが、見逃してもらえない様だ。
「小僧! 思いっきり人の足を踏んでくれたな!」
喚く男のテーブルに六人居るが、残りの奴等はニヤニヤ笑いで俺を見ているだけ。
いきり立つ奴は恐くないが、こういう奴等は危険なんだよね。
「小僧って俺の事ですか」
「気持ち良く人の足を踏んでくれたな。そのくせスッ惚けるとは大した度胸だ。一丁模擬戦をやろうか」
「さっきの足は模擬戦のお誘いだったんですか、王都流のお誘いは気障なお誘いですけど。男は嫌いなのでパス」
「そうはいかねえよ。可愛い身内を虚仮にされて見逃せば、俺達が舐められる」
「身内? 王都で模擬戦なんてしたことはないんだけど・・・人間違いじゃないの」
「惚けるなよ。ファングキャットを肩に乗せた小僧なんて、そうそう居る訳がないだろうが」
「ひょっとして、殺気だけで腰砕けになって逃げた奴の身内なの?」
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