第67話 大惨事

 喚きながら姿を現したのは、孔雀の様に着飾ったキザ男で思わず吹き出してしまった。


 「お前は誰だ! 何をしている!」


 「静かにしろ! お前のパパを訪ねてきた来た客に、お前は誰だはないだろうが」


 無礼な呼び出しに腹を立てて押し掛けてきたんだけどな


 「客・・・?」


 孔雀の癖に、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔になるので、此奴は孔雀か鳩かと悩む。


 「この狼藉は何だ! 父上、何事ですか?」


 煩いので、横の一人用のソファーを投げつけて黙らせる。


 「通路に居る奴等は良く聞け! 踏み込んで来るのなら、ヘイルウッドの命と引き換えと覚悟して来いよ」


 怒鳴りつけてやると、ざわついていた通路が静かになる。

 テーブルには伯爵のコップしか用意されてないので、俺は客じゃないのかな。

 気の利かない執事にコップを持って来させて、勝手に注いで味見をする。

 リンガン伯爵から貰った酒と大差ない味で、こんな物かと思いながら呆けている伯爵に酒を勧める。


 駆けつけ五杯、別な意味で真っ赤になりながらも話が出来る状態になった。


 「もう一度聞くぞ、誰から花蜜のことを聞いた? 俺から花蜜を取り上げて何をするつもりだ」


 「珍しい物を持っていると聞き、配下の者を差し向けて買い上げようとしただけだ。それを屋敷に乗り込んで来ての乱暴狼藉とは、お前は王国を敵に回したぞ」


 あれあれ、酒を呑んだら気が大きくなったのかな。


 「騎士を使って無理矢理呼び出そうとしたり、ナイフを突きつけて馬車に連れ込もうとしたのはお前の指図だろう」


 「流民の戯れ言など誰が信じるものか、王家の貴族である儂の言葉は絶対だ。此の儘温和しく帰るのなら見逃してやる。とっとと屋敷から去れ!」


 阿呆らしくなってきたので、執事に帰るので馬車の用意を命じる。

 伯爵の言葉に戸惑う執事に、もう一度身分証をチラリと見せると一礼して執務室を出て行った。


 「帰らせて貰うけど、見逃してくれなくても結構だよ。どうせ直ぐに死ぬんだから」


 「お前・・・伯爵たる儂を害するつもりか」


 「いんや、お前の相手なんかする気はない。お前の相手は窓の外だ」


 そう言ってグラスを窓に投げつけてガラスを割り、ビーちゃん達を呼ぶ。


 《マスターのお呼びだ!》

 《それいけ!》

 《マスター、何処ですか?》


 《お家の周りを飛んだら判るよ》


 《人族がたくさん居るね》

 《何処どこなの》

 《マスターみっけ。人族もたくさん居るよ》

 《中に入れないよ》

 《マスター、中に入れてー》

 《此処に穴があるぞ!》

 《穴から中に入れるぞ》


 伯爵は、割れた窓からビーちゃん達が続々と入って来るのを呆然と見ている。何が起きているのか理解出来ない様だが、室内に響き渡る羽音に異常事態だとは判った様だ。


 《此処に居る奴等は全部刺しても良いよ》


 《たくさん刺しても良いの》

 《マスター、お任せを》


 《好きなだけ刺しても良いけど、遠くに行っちゃ駄目だよ》


 そう言いながら部屋を出ると、左右の通路に十数人が剣を片手に室内に踏み込めずに戸惑っていて、俺の姿を見て剣を構えなおす。

 しかし俺の頭上を越えてキラービーが姿を見せると、ギョッとした顔になるが主人を置いて逃げるのは論外。


 一瞬の迷いが命取りで、脱兎の如く逃げた男以外はビーちゃん達の餌食になり、悲鳴とともに蜂塗れになって倒れる。

 ふと見ると椅子を抱えて震えている孔雀を発見、親切な俺は椅子を遠くに放り投げて刺されやすくしてやる。


 遠くへ行ってメイドや従者達が被害に遭わない様に見張り、周辺の騎士や伯爵の死を確認してからビーちゃん達を外に出すが、数十匹だけは俺の頭上で護衛についてもらう。


 脱兎の如く逃げた男は、チラリと見た顔からザルムと名乗った奴に違いない。

 キラービーを見た瞬間に逃げ出したのだから、状況判断は確かだが雇い主が糞だな。

 そんな事を考えながらザルムの逃げた方へと歩き、階段を降りて玄関ホールらしきところに出る。

 物陰からの視線を感じるが、敵意は無いし恐れてもなさそうだ。


 「そこに居るのはザルムだろう。出て来いよ」


 「あんたの、頭の上の蜂はなんだ?」


 「これね、テイマー神様がつけてくれた俺の護衛さ。俺に害なす者を攻撃して助けてくれるんだよ。あんたが俺を攻撃しない限り、蜂があんたを襲うことはないよ」


 「それじゃ、あの部屋に居た者達は・・・」


 「彼奴らは俺を攻撃したからな、全員死んでいると思うよ。それよりスタッドに馬車の用意を命じたのだけど、何処へ行けば良いのか案内してくれないか」


 「ならあの部屋で待てば良いだろう」


 「死体だらけの部屋で待つ趣味はないよ」


 言っている側から〈ヒェー〉って悲鳴が二階から聞こえてきたので、スタッドだろうと思いザルムに呼んで来てもらう。

 ザルムに手を引かれてやって来たスタッドは、顔面蒼白で表情が消えている。


 「伯爵達の死は問題になるだろうから、俺の護衛に襲われたと報告しろ。王妃様は俺の護衛の事を知っているので、何故俺がこの屋敷に居たのかを正直に話せ。判ったか」


 必死に頷いているが、何が起きたのか理解出来まい。


 「ザルムはキラービーを見た瞬間に逃げ出したが、知っていたのか」


 「伯爵家に勤めさせられる前は、冒険者だったからな。あの数のキラービーを見たら逃げるさ」


 「主が死んだのでお役御免になるのか?」


 「嫡男のオーエンス様が、領地に居るので無理かな」


 「執務室の外にいたのは誰だ?」


 「三男のサランゼ様だ」


 「スタッドは何故死んだか理解出来ないし説明できないだろうから、キラービーの事を教えてやってくれるか」


 「まぁ、何が起きたのか位は話しておくよ」


 * * * * * * *


 シンヤが馬車に乗り込み屋敷を出て行くと、スタッドはザルムに何の話だと問い詰めた。


 「旦那様方が亡くなられたのは、キラービーに襲われたからです。さっきシンヤ殿の頭に上で飛んでいた蜂ですよ」


 「お前は何故無事なんだ」


 「そりゃーキラービーの群れを見たら、親兄弟を捨ててでも逃げろってのが冒険者の常識ですからね。もたもたしていたら確実に死にます」


 「あの男はテイマーだと聞いていたが、蜂が使えるのか」


 「スタッド殿、いかなテイマーと言えども蜂を使役するのは無理ですよ」


 「だがさっきあの男の頭上に蜂が居たではないか!」


 「あの男の言うには、テイマー神様の加護を授かっていて、キラービーは彼につけられた護衛だそうですよ。彼に害なす者を攻撃すると話していました」


 ザルムの話から苦悶の表情で死んでいた多数の顔を思い出し、再び震えだしたスタッド。


 * * * * * * *


 貴族家の異変は王国に報告の義務があり、即日王城にヘイルウッド伯爵死亡の届けがなされた。

 だが多数の騎士と三男サランゼの死は、伯爵夫人と執事により騒ぎを大きくしない為に報告から除外された。


 夫である当主と三男を殺されて半狂乱になった夫人を、シンヤに見せられた身分証の事を伝えて、スタッドが必死で諫めた。

 今騒ぎ立てれば、王妃様の身分証を持つ冒険者を、配下を使って力尽くで屋敷に連れ込んだ事。

 王妃様と側近しか知らない花蜜を、強引に要求して返り討ちにあったと知られる。

 此れを知られればヘイルウッド伯爵家は王家の不興をかい、後継者の襲爵や爵位に影響が出かねないと必死の説得に折れた。


 その為に、ヘイルウッド伯爵はサロンで談笑中に突如胸を押さえて苦しみだし、治癒魔法師が駆けつけたときには既に事切れていて手の施しようが無かったと報告された。

 弔問客には、キラービーに刺されて青黒く変色した顔を化粧で誤魔化して葬儀を執り行った。

 三男や騎士達はマジックバッグに入れられて、フローランス領タンザの屋敷へと送られた。


 弔問客の中には親しき貴族や豪商達も多く、王都の屋敷には三男が居ることを知っていたが、葬儀中一度も姿を見せないことを不思議がられた。

 多数の騎士達の不在と使用人達の表情から、主人の突然死以上の何かを感じていたが、それを誰も指摘しなかった。

 しかし、当主の伯爵と三男に護衛の騎士達30数名が死んでいては、隠し通す事は不可能で使用人達から漏れて噂になった。


 何とか葬儀を終わらせると、領地から駆けつけた嫡男の伯爵位継承願いを出した。

 しかし、返書にはヘイルウッド伯爵夫人と嫡男オーエンス・ヘイルウッドの他に、執事スタッドの出頭を命じるものだった。


 * * * * * * *


 ヘイルウッド伯爵夫人とオーエンス・ヘイルウッドは、王城のヘイルウッド伯爵に与えられた控えの間で不安に怯えながら呼び出しを待っていた。

 同行を命じられた執事のスタッドは、控えの間に到着後官吏によって連れ出されて音沙汰なし。

 ジリジリしながら待ち続けて、漸くブライトン宰相の補佐官に呼び出された時には、午後の陽が傾いていた。。


 案内されたブライトン宰相の応接間に入ると、執事のスタッドと巨大なウルフを二頭従えた若者が控えていた。

 スタッドの顔色は悪く冷や汗を流して目を合わそうともしないし、若者は苦り切った顔で横を向いている。


 * * * * * * *


 シンヤはヘイルウッド伯爵邸から戻ると、ローレンス通りのモーラン商会を尋ねてミレーネ様に事の一部始終を伝えた。

 ミレーネは翌日王宮に出向き、王妃の身分証を持つ者に対する扱いと花蜜のことを伝えた。

 此の話は王妃から国王へ、そして宰相へと伝わり、ヘイルウッド家がシンディーラ妃を寵姫と吹聴して、それを利用しての増長に対する処分が決められた。


 ミレーネ様に事のあらましを伝えて、後は野となれ山となれとのんびりしていた俺。

 忘れかけていた時に呼び出されて、ミレーネ様の馬車に同乗して王城へ連れて来られた。

 俺はヘイルウッド伯爵に無体な要求をされた証人として、問い質す場に立ち会ってもらいたいとのこと。

 連れて行かれた先には、スタッドが疲れ切った顔で立っていた。

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