第66話 伯爵邸の騒動
書状を受け取る為に差し出した手首を掴まれ、同時に腹にナイフが突きつけられた。
殺気を隠して近づいたつもりだろうが、丸わかりだし身のこなしが遅いので笑いそうになる。
「腹のナイフは脅しじゃねぇぞ、何時でもお前を刺せるんだ。ウルフを下がらせろ! 俺達も覚悟を決めてきているんだ、襲われたらお前を道連れにするからな」
「それは良いけど、誰からの書状くらい言えよ」
「ウルフを下がらせろ!」
ナイフで頬をピタピタと叩き、薄ら笑いを浮かべながら命令してくる。
勝った気になった時に油断が生まれるんだよ。
すっとナイフを持つ手首を掴み締め上げる。
〈エッ〉と驚愕の声を上げるが、俊敏と剛力を持つ俺に並みの男が適う訳がない。
握りしめた手首が嫌な音を立て、有らぬ方向に曲がりナイフが落ちる。
もう一人の男が逃げようと背を向けたので、尻に瞬発力をプレゼントしてやると頭から路上にダイブする。
《フーちゃん、その男を連れて来て》
街路に飛び出した男が起き上がろうと藻掻いていたが、フーちゃんが足を咥えて引き摺ってくる。
手首を掴んだまま男を振り回して叩き付けると、フーちゃんに引き摺られてきた男に笑いかける。
「ばっ、化け物め!」
「人より少し力が強いだけなのに、失礼な奴だな」
「お前も獣人族の血が入っているのか」
「誰の使いだ? 早めに喋った方が身の為だぞ」
「俺は伯爵様の使いだ。その俺達を殺せば警備兵が黙ってないぞ」
「そう、此れってな~んだ?」
王妃様から預かっている身分証を目の前に突きつけてやるが、ザルムは報告していないのかな。
貴族の力関係に興味が無いって言っていたし、報告すれば俺と話したことがバレるので言わないか。
「判るかなぁ~。警備兵が来たところでどうにもならないよ。お仲間の様に血反吐を吐くか、喋って生き延びるか選べ!」
目の前の身分証が信じられ無いのか、まん丸お目々で凝視していて声も出ない様だ。
「まさか・・・そんな、馬鹿な」
「誰の使いなのか喋れ!」
男の腕を掴んでタオルを絞る様にゆっくりと捻ると〈あだだだだ。痛い、止めてくれ!〉
「喋らないとひねり潰すよ。両手両足を捻り潰したら金タマを潰してやるからな」
にっこり笑ってやると、冷や汗を流しながら「スタッド、スタッド様に命じられてきたんだ。止めてくれ」
「スタッドって誰だ?」
「ヘイルウッド伯爵様の執事だ、止めてくれ、頼む」
「ナイフを突きつけて何をする気だったんだ」
「お屋敷へ連れて来いと言われているんだ。ウルフの使い手で手強いから、近づいてナイフを突きつけろと言われたんだ」
阿呆らしくなってきた、情報の共有がまるで出来ていない。
まっ、俺に用が有るのなら行ってやろうじゃないの。
貴族のお屋敷なら庭もあるだろうし、ビーちゃんを呼べるかも。
駄目なら駄目で別な方法で大暴れしてやるさ。
「それじゃ、ヘイルウッド伯爵様の所へ案内してもらおうか。迎えに来たのなら馬車で来たんだよな」
* * * * * * *
血反吐を吐いてのびている男を担ぎ、捻り潰した腕を押さえて脂汗を流す男を蹴り付けて迎えの馬車に向かう。
俺が男を担ぎ、もう一人の男を蹴りながら馬車に向かって来たので御者が驚いていたが、脂汗を流す男に「帰るぞ!」と怒鳴られて慌てて扉を開ける。
フーちゃんミーちゃんを連れて、伯爵邸に乗り込むのは足手まといなのでお留守番をお願いしておく。
ヘイルウッド伯爵のお屋敷は貴族街の中、貴族街入り口を停車もせずに通過して行く。
目論見通り各屋敷の裏や周囲に結構木が生えていて、ビーちゃんを呼べば即座に返事が帰って来たが、俺が呼ぶまで来ちゃ駄目と念押しをしておく。
軽快に走っていた馬車は通用門で一時停止したが、門が開けられると再び走り出して屋敷の裏へ回って止まる。
直ぐに裏口が開き騎士達が駆け寄ってくる。
乱暴に扉が開けられると「ご苦労!」とねぎらいの言葉を掛けてくるが、馬車の中に転がる奴と青い顔で腕を押さえる男を見て顔色を変える。
「何が有った!」
問われても、怯えて返事が出来ない。
「問われてるので答えてあげなよ」
「お前はシンヤか?」
「そうですよ。ヘイルウッド伯爵様のご招待って、随分無粋なものですね」
「御託は良い、降りろ!」
招待客を迎える態度じゃないね。
馬車を降りると両腕を掴まれて引き摺る様にして建物内に連れ込まれて、一人の男の前に立たされた。
「スタッド様、此の男がシンヤです」
「ふむ、中々の腕自慢の様だが、冒険者風情が伯爵家の騎士達に無礼を働くとは許されん事だ。が、まぁ良い。その方が持つ花蜜なる物を伯爵様に献上せよ。さすれば無礼の数々を許そう」
あらら、単刀直入だねぇ~。
残念ながら礼儀知らずの伯爵には、水一杯と言えども差し出す気はない。
「花蜜ねぇ~、欲しければ相応の礼儀を持って尋ねてくればよいものを、礼儀知らずの騎士や強盗紛いの男を寄越す様な奴に、差し出す気は無いな」
馬車を迎えに出た男の一人が、スタッドと名乗った執事に耳打ちをしている。
「お前は迎えに来た者に大怪我を負わせたのか! 伯爵家の家臣に対し不届きな!」
「家臣ねぇ、いきなり腕を掴み、ナイフを突きつけて馬車に乗れなんて言う奴が家臣か?」
鼻で笑ってスタッドの腹に蹴りを入れ、両腕を掴んでいる騎士を振り回して壁に叩きつけてやる。
「このー、温和しくしろ!」
後ろから襲って来る気配に軽くジャンプして飛び上がり、落下の勢いのまま頭を蹴り飛ばす。
腰の剣に手を掛けた騎士を体当たりで吹き飛ばし、斬りかかってきた剣を腕で弾きとばす。
衝撃でくの字に曲がった剣を呆気にとられて見ているので、往復ビンタで正気に戻してから股間を蹴り上げて眠らせる。
腹を蹴られてゲロを吐いている執事の襟を掴んで持ち上げて「ヘイルウッドの執務室に案内しろと」命じる。
周囲の男達をあっと言う間に制圧した俺の実力に驚いているが「お前の様な下賎な者が、伯爵様にお目通りできるとでも」等とほざくので、拳を鳩尾に軽く射ち込み黙らせる。
「これな~んだ」
息を詰まらせて真っ赤な顔の執事に、王妃様より預かる身分証を突きつけてやる。
目を見開き、言葉も出ない執事。
「伯爵の執事風情じゃ、見るのは初めてかな」
「まさか、嘘だ・・・こんな物を持てるはずが無い!」
いきり立つ執事の頬に平手打ちの三連発。
「お前の主人の所へ案内しろ。それ位の要求をしても許されるだろう」
身分証で鼻の頭をペシペシしながら問いかける。
返事をしない執事に、一瞬だけ殺気、王の威圧を浴びせると赤い顔が青く変色する。
胸ぐらを掴んで立たせ、ヘイルウッドの執務室に行けと命じる。
俺の本気を悟ったのか、青い顔で冷や汗を流しながらよろよろとドアに向かう。
よろめきながら歩く執事の後について行くと、執務室の前に立つ護衛が二人。
執事の顔と服の乱れに驚いているが、執事に促されてノックをし「スタッド執事殿とお客人です」と告げている。
引き開けられた扉の中に踏み込むと「誰だ、貴様は!」と怒声が飛んでくる。
「ヘイルウッド伯爵様、ご招待にあずかりましたシンヤで御座います」
執事を押しのけ、執務机にふんぞり返る男に向かって歩きながらのご挨拶。
壁際の護衛達が殺到して来るが、王の威圧を浴びせて牽制する。
しかし、伯爵直属の護衛は胆力があり腕利きの様で、一瞬の躊躇いの後抜刀する。
壁際に飛び下がるとフードを被り、斬りかかって来る騎士達を木刀で叩き潰す。
剣技では負けるが俊敏と剛力がそれを上回り、日頃の訓練の成果も合わさって負ける気がしない。
あっと言う間に八人を叩き伏せ、伯爵様の御前に進み出ると王の威圧で動きを抑える。
〈ヒッ〉と小さな悲鳴を上げた後は、金魚の様に口をパクパクさせるだけで何も言わない。
言えないのか。
「ナイフを突きつけられて、お前に呼び出される謂われはないのだがなぁ。花蜜を寄越せなんて偉そうに言ってくるが、誰から花蜜の事を聞いたんだ?」
空気が足りないのか段々と顔色が赤くなってくるので、王の威圧を緩めてやる。
大勢の足音が執務室へと向かって来るので、前襟を立てフードの紐を絞ると、伯爵の襟を掴んで床に叩き付けて身動き出来なくする。
抜刀して扉を蹴破る勢いで駆け込んで来た男達は、室内に倒れる護衛達に一瞬足を止めたが、大の字になり唸っている伯爵を見ると無言で斬り掛かってくる。
剣を弾き、そのまま王の威圧を浴びると、護衛ほどの胆力も技量も無い様で動きが鈍る。
剣を弾いた腕を掴み、雪崩れ込んで来た男達に向かって投げつけ、倒れた男の足を掴んで振り回す。
五分も掛からずに室内には怪我人の山、首から上の攻撃は控えたので模擬戦をしている気分だ。
床に転がる伯爵は配下の無様な姿に目を剥いているが、本番は此れからだ。
後ろ首を掴んで猫の仔の様に持ち上げると、ソファーに投げつける。
ソファーの上で藻掻く伯爵の向かいにどっかりと座り、威圧を浴びせたまま睨み付ける。
身体の痛みと王の威圧を浴びて、冷や汗が止まらず震えているので話は無理そう。
執事はと見ると、扉の陰で震えているので威圧を消して呼びつける。
「スタッド、伯爵様は気付けが必要だ。キャビネットから酒を持って来い!」
俺の声にビクビクしながら立ち上がり、俺と伯爵を交互に見て震える足でキャビネットに向かう。
オンザロックな気分だが、氷の用意は無さそうだ。
遠くから足音が聞こえてくるが、一々相手をするのは面倒だねぇ。
ビーちゃんに任せたら、見分けがつかないので皆殺しにしそうで呼べないや。
駆けつけて来た奴等は、執務室の入り口に投げ跳ばした騎士達が転がっているのでそこで止まる。
「退け! 父上、何事ですか!!!」
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