第65話 ヘイルウッド伯爵

 フーちゃん二頭を連れての部屋探しは難航したが、漸く見つけたのは冒険者ギルドから20分程歩いたラムコット通り19番地一階左、店舗用の空き家。

 広いだけあって、お家賃は一月金貨6枚ときた。


 元食堂だったとの話で、内装は自由に変更しても良いと言われたので、店舗部分と厨房とを仕切り、厨房の方を寝室にする。

 店舗部分は入り口と室内部分とを完全に仕切り居間と片隅にキッチンを付けて、入り口部分は玄関で普通に鍵で出入り出来るが、奥の居間との仕切りは頑丈な物に変更した。

 鍵は無く、仕切りの上部に猫用の出入り口を作り、ミーちゃんが中から閂を操作できる様にしてもらった。


 厨房を改築した寝室も、裏口となるドアは二重にして頑丈な作りで、外からはミーちゃん以外は転移魔法でしか入れない。

 窓も頑丈な無双窓で、壊さなければ中に入れない様にした。

 工事に来た大工が呆れていたが、用心するに越したことはない。


 大工の手間賃と材料費込みで13,500,000ダーラ、商業ギルド任せなのでこんなものかな。

 ホテルから引っ越して気楽な生活が始まり、王都見物と洒落込むが観光地ではないので大して見所がない。

 高級茶葉を求めたりお茶を飲みに店に入るときには、上等な街着が良い働きをする。


 ただ王都だけあって、色々と貴族の使用人や騎士達と出会い、連れているフーちゃんを見て何かといちゃもんを付けてくる。

 上等な街着を着ているときはそれ程でもないが、着慣れて動きやすい冒険者用の服だと煩い。

 多少は説明をするが、しつこいと殺気、王の威圧を浴びせてやるが今回は少々勝手が違った。

 王妃様の身分証が通用しないどころか、軽んじられているではないか。


 「ヘイルウッド伯爵様が、王都で堂々とフォレストウルフを連れ歩くお前をお呼びだ! 我々に付いて来い!」


 馬上から怒声を浴びせてきた奴に、お返しとばかりに殺気を浴びせたら人も馬も恐慌を起こして暴走を始めた。

 ただ一騎、棹立ちになる馬を鎮めて面白そうに俺を見下ろしている騎士がいる。

 怒鳴りつけて来た騎士達の最後尾に居た奴だが、冒険者特有のふてぶてしさが垣間見える。


 「ほう、中々の殺気だな。フォレストウルフを従えるテイマーを主がお呼びだ、と言いたいが・・・」


 「冒険者上がりか?」


 「まぁな。主がお呼びなんだが、隊長がどっかへ行っちまっては話にならんな」


 「そのヘイルウッド伯爵って何者なんだ?」


 「フローランス領タンザの御領主様だな」


 「普通は此を見せれば無理は言わないものだけど」


 王妃様から預かる身分証、炎の輪に吠えるドラゴンの紋章、紋章の下に花模様が三つ有るのは王妃様関連を示すそうだが詳しくは知らない。


 「それは王妃様から貰ったのだろう。ヘイルウッド家はシンディーラ妃に近しい縁者なのさ」


 「シンディーラ妃って?」


 「国王陛下の側妃、第三妃だな。陛下の寵妃なんて言われているらしい」


 「と言う事は、王妃様を軽んじても許されるほど、シンディーラ妃の力が強いって事かな」


 「そうらしいな」


 「らしいなって、他人事だな」


 「貴族の力関係に興味が無いからさ」


 「度胸は有るし腕も立ちそうなのに、何で貴族の配下になってるんだ?」


 「タンザの街には親兄弟に女房子供もいるんだ。騎士団にと望まれては断れないので、仕方なしにだ」


 「寵妃ってことなら、フォレストウルフを見たいだけじゃなさそうだね」


 「ああ、何やら王宮から知らせが来て、お前さんの持っている物を手に入れようとしているな」


 「それなら、此処で逃げても追いかけてくるって事か」


 「ランシットホテルに泊まっていると言っていたが、迎えに行ったら引き払ったと聞いて帰るところだったんだが」


 俺と出会ってこれ幸いってことか。


 「それじゃーあんたも、隊長さんを見習って逃げ帰った事にして貰おうか」


 「ああ、俺もその方が面倒が無くていいのでそうさせて貰うよ」


 「俺はシンヤ、あんたの名は?」


 「ザルム、タンザのザルムだ」


 悠々と馬首を巡らせて、去って行く男って格好いいねぇ~。

 しかし、三番目の側妃で寵妃ねぇ。

 宮廷闘争に巻き込んでくれるなよと言いたいが、あの王妃様なら少々の相手なら力ずくでねじ伏せそうだ。


 * * * * * * * *


 《マスター、マスター、起きてください》


 尻尾でポフポフ叩き起こされたが、無双窓の隙間から陽の光が漏れているので寝過ぎたようだ。

 何やらドアをゴンゴン叩く音が聞こえる。

 酔い覚めの水を飲んで頭をすっきりさせてから、来客を迎えに出る。


 「シンヤだな! 何故直ぐに出て来ない!」


 「お静かに、と言うか、来客の予定は有りませんが何方です」


 「モーリス・ヘイルウッド伯爵様の使いだ! 即刻お屋敷まで参れ!」


 「頭が痛いので、もう少し静かにお話し願えませんか。と言うか、即刻来いって偉そうに呼び出される謂れはないぞ」


 「己は、ヘイルウッド伯爵様の命に逆らう気か!」


 「うるせえ! 己こそ朝から人を怒鳴りつけて何様のつもりじゃ! 冒険者を舐めたらあかんぞ!」


 気分が悪いので、思いっきり殺気を叩き付けてやる。


 「そのヘイルウッドって糞野郎に呼び出される謂れはないが、そこ迄偉そうに人を呼び出すのなら、相応の覚悟は有るんだろうな」


 殺気、王の威圧全開で怒鳴りつけると、顔色を変えて飛び下がり腰の剣を抜いたが剣先が震えている。

 先日のことに懲りて、少しは腕の立つ奴等を寄越した様だが未だまだ未熟の様だ。。


 「おっ、己は、伯爵様を呼び、呼び捨てるどころか侮辱したな!」

 「許さんぞ! 跪いて、詫びろ!」

 「己ぇぇ、斬り捨ててくれようか」


 声が震えていて、数を頼りに強がっているのが丸わかり。


 「喧しい! 人を呼びつけるのなら最低限の礼儀を守れ! 糞野郎が。一暴れしたいのなら相手をしてやるが、此処は王都なのを判っているんだろうな」


 ビーちゃんを呼んでいるのだが、返事はない。

 人口が多い所は緑がなくて、ビーちゃん達も近寄らないので不便だねぇ。

 俺の左右で唸るフーちゃん達を見て、騎士達の腰が引けてるのがよく判り笑いそうになる。


 「どうした、さっきまでの威勢は何処へ行った。殺し合いなら相手をしてやると言ってるんだ、返事くらいしろよ」


 「己は、そこまで言って、こ、こ後悔しないんだな」


 「後悔・・・馬鹿か。冒険者登録した時から死ぬ覚悟は出来ているんだ、キンキラの服を着て威張る屑と一緒にするな。帰れ!」


 死ぬ覚悟なんて欠片もないが、見栄とはったりは大きい方が良かろう。

 怒鳴りつけてドアを閉めたが、ドアを叩くことなく暫くすると人の気配が消えていった。


 * * * * * * *


 「お前達はそれで引き下がってきたのか!」


 「力ずくと仰せならやりますが、衆人環視の中王都内で武器を振り回せば、伯爵様にも咎が及ぶ恐れが有ります」


 「高々王妃に呼ばれて増長した冒険者に遅れをとるとは・・・もう良い! 下がれ!」


 「旦那様、騎士ではなく使いの者を差し向けましょう」


 「お前まで冒険者風情を恐れるのか」


 「いえ、此処は王都で御座います。事は静かに運ぶべきでしょう」


 「はっきり言え!」


 「花蜜を望みの値で買い上げると申せば、冒険者なら飛びついてくるに違いありません。体術に優れた者を迎えに出して、断れば静かにお屋敷に連れて来れば宜しいかと」


 「良かろう、抜かりなくやれ」


 * * * * * * * *


 辻馬車を雇い、ローレンス通りのモーラン商会を訪ねてミレーネ様に取り次ぎを求めた。


 「珍しいわね。何か有ったの?」


 「ヘイルウッド伯爵って方を御存知ですか?」


 「まさか、花蜜を寄越せとか」


 「未だその話以前ですが、力ずくで出頭させようとしてきたので追い返しました。その際王宮に後ろ盾が居るとか聞きまして」


 「シンディーラ妃様は、ヘイルウッド伯爵様の姪に当たる御方ですね。伯爵様のお姉様がグランデス侯爵家に嫁がれて、遅くに生まれた御方です」


 「王妃様から預かった身分証は見せていませんので、何れ力ずくで呼び出されるでしょう。その時に見せても問題ありませんか?」


 「ビーちゃんでしたか、蜂が貴方を守るのを止める事は出来ません。犠牲は少ない方が良いでしょうが、テイマー神様の御心のままに」


 にっこり笑って言ってくれちゃったよ。


 「お年が若く、一部では寵妃との噂が一人歩きしていますからねぇ、勘違いする人もいるのよ」


 そう言う事ね。案外寵妃なんて噂は自分達で広めて、相手が萎縮しているのにつけ込んでいるのかも。

 聞きたい事は聞いたが、序でに此の国の領土領地の配置図は何処へ行けば手に入るのか尋ねて見た。

 簡略な乗り合い馬車の路線図なら、商業ギルドへ行けば銀貨5枚で手に入るし、商売に使うもう少しマシな物は金貨5枚で売っていると教えてくれた。


 お礼に花蜜の小瓶を一本進呈して、待たせていた辻馬車で商業ギルドへ出掛けた。


 * * * * * * *


 馬車の路線図と、商売に使うもう少し込み入った情報が記された地図を眺めながら、秋には何処へ行こうかと心弾ませる。

 なのに無粋なノッカーの音が〈ゴンゴン〉と室内に響く。

 ドアに覗き穴は有るが、郵便受けより少し細いくらいの大きさなので、内緒で確認する方法が無いのがいたい。


 どうせ貴族か豪商の使いだろうと思うが、居留守をするのも気分が悪い。

 渋々ドアを開けると、お仕着せを着た貴族の使いらしき男が二人立っていたが、俺の背後にいるフーちゃんを見てギョッとしている。


 「何か御用ですか?」


 「シンヤ様に書状を預かって参りました」


 そう言って恭しく書状を差し出した。

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