第64話 花蜜献上
ミレーネ様からの返事は意外に早く来たが、王妃様直属の御用係の身分証を渡す代わりに、俺のテイムしているウルフとミーちゃんを連れて、王城へ出頭することが条件となった。
その時に花蜜を王妃様に献上して、中瓶一本につき金貨一袋が下賜されるそうだ。
なる程ね、花蜜は献上品にて商品に非ず、貴族や豪商達が俺から取り上げるのを不可能にする方法か。
そして花蜜を集める為との口実で王国内を自由に行動出来る様にするとは、王妃の側近に知恵者がいる様だ。
その条件に同意して身分証を受け取り、奥様の馬車に同乗して王都の外へ向かった。
貴族専用通路を通って王都を出ると、タンザス街道を南へと走らせてもらう。
俺の呼びかけに答えてフーちゃん達が馬車を目掛けて駆けてくるのを見て、御者や護衛の騎士達が緊張しているが、馬車から降りた俺が迎えて頭を撫でる。
「此れがフォレストウルフなの? 随分大きいのね」
「まぁ、冒険者達も此れの群れと出会うのを喜びませんからね」
フーちゃん達にテイム済みを示すメダルを首に掛けてやり、馬車の後ろを付いてくる様に命じて王都へと引き返す。
王都の入り口で一悶着が起きそうになるが、俺の身分証を示せと言われて提示すると、綺麗な敬礼をして通してもらえた。
旅するご老人が持つ、印籠並みの威力だ。
その日はモーラン商会にお泊まりして、翌日ミレーネ様のお供として王城へ向かったが、糞親父の仏頂面に拍車がかかっていて面白い。
俺の持つ身分証は、糞親父の子爵待遇では手が出せない代物なので、気分が悪い様だ。
フォレストウルフを引き連れた馬車は珍しいので道行く人の注目の的で、王城に到着してからもそれは変わらず、城内奥深くへと進んで馬車が止まったときに見えたのは、背後に森のあるお屋敷だった。
ミレーネ様に続いて馬車を降りると、元の大きさに戻ったミーちゃんとフーちゃん達をつれて、侍従の先導でミレーネ様の後に続く。
お屋敷の入り口で戸惑うが連れて来いと言われて一緒に中に入り、豪華絢爛を具現化した様な通路を通り一室へ招かれると、フーちゃん達はその場で待機と言われた。
フーちゃん達をお座りさせた部屋の壁の扉が開かれると、隣は広く豪華な部屋で壁際に多数の騎士達が直立している。
部屋は瀟洒なソファーや小洒落たテーブルなどが置かれたサロンの様である。
ミレーネ様が進み、腰を沈めて正面のソファーに座る女性に挨拶をしているが、俺は従者宜しく背後で跪き頭を下げる。
面倒だが、身分証をもらう儀式と思って我慢する。
挨拶の内容から王妃様に間違いない様だが、俺には興味の対象外なので上の空。
お屋敷の背後に森が在ったので、ビーちゃん達が居るかなと呼びかけてみると返事が返ってきた。
王都の街中では呼びかけに返事がなかったが、森があればキラービーも居るって事だな。
「シンヤ・・・シンヤ聞いていますか?」
「はい、ミレーネ様・・・御用でしょうか」
「献上の花蜜を用意のワゴンに」
目で示されたのは、ミレーネ様の傍らに用意されたワゴン。
ビーちゃん達に気を取られて、此処が何処だか忘れていた。
マジックポーチから花蜜の入った中瓶を三本ワゴンに乗せると、鑑定使いらしき女性がそれらをじっくりと観察している。
「先日の蜜と同じ、鑑定結果で御座います」
恭しく報告してワゴンとともに下がると、王妃様がミレーネ様に使役獣が見たいとの仰せだ。
その為に隣の部屋まで連れて来させたのか。
街中でもフォレストウルフは珍しいので人だかりが出来るが、王城の奥深くなら余計に珍しいのか。
隣の部屋へ移動するが、王妃様の周囲を騎士達が抜刀して警護に就き物々しい雰囲気。
別に噛みついたりしませんよ、なんて軽口をたたける雰囲気じゃない。
「見事なウルフじゃな。そのほうテイマー神様の加護を授かっているとな?」
あれっ、俺に聞いているのかな、直答は不味いかなと思いミレーネ様を見ると、頷かれたので「はい、その加護のお陰でテイム出来ました」
「その方の護衛だと聞く、キラービーなる蜂はどうした」
「このお屋敷の周辺にも居ると思われます」
「どう思う」
ん、声の方向が違うぞ。
上目遣いに見ると、抜刀した騎士の傍らに男が一人跪き、フーちゃん達を見ている。
「確かにテイマーとしては優れているようですが・・・」
「どうした、申せ」
「はッ、私もテイマー神様の加護を授かっておりますが、蜂を操るのは不可能に御座います。その男はテイマーとしての能力は最低の1だそうです。テイマー神様の加護を授かり、フォレストウルフ二頭を従えているのですら奇跡的な事で御座います」
「リリアンジュ様、宜しいでしょうか」
「許す」
「シンヤ、居ますか?」
「俺に敵意を持つ者が複数居る様なので、呼べば来てくれますが」
「窓を開けなければ問題ないでしょう」
「全ての窓と扉を閉め切っていれば、多分」
「ミレーネ様、何をなさるおつもりです!」
「リリアンジュ様が見たいと仰せられた、蜂を呼べるそうですよ」
王妃様の背後に控える女性陣に向かい、にっこりと笑って答えるミレーネ様。
それを見て微笑んでいる王妃様、王妃様も取り巻き達をあまり良く思ってなさそうな雰囲気だが、俺を巻き込んだら王の威圧を浴びせてやるぞ。
王妃様の命で全ての扉と窓が閉まっているのかを確認しすると「シンヤとやら、蜂を呼んでみせよ」と命じられた。
気楽に言ってくれるが、俺に反感を持つ騎士や御婦人達とテイマーの男等がいるので問題ないだろう。
《ビーちゃん達、聞こえたら来てよ。但し絶対に刺しちゃ駄目だよ》
《マスターが呼んでるよ!》
《マスター、お呼びですかー》
《何処、何処なのマスター》
《行くぞー!》
窓際に控える騎士の表情が変わったので、ビーちゃんの羽音でも聞こえたのかな。
その窓の外を数匹のビーちゃんが飛び去って行く羽音が小さく聞こえた。
「リリアンジュ様、集まって来ている様で御座います」
《マスターみっけ!》
《いたぞー、マスターだ》
《マスター、お呼びですかー》
窓の外を通り過ぎたビーちゃんが引き返してくると、他のビーちゃん達も続々と集まってきて、窓に取り付く。
あっと言う間にキラービーの大群が窓を埋め尽くして、重低音の羽音が室内に響く。
「なかなか壮観な眺めじゃな」
呑気な事を言いながら、窓に近づく王妃様だが顔色一つ変えていない。
遠くで「危のうございます」とか「王妃様お下がりを」なんて取り巻きの声が聞こえるが一向に気にしていない。
此処にも女傑が居るとはね。
護衛の騎士達はどうすれば良いのか判らずに、困惑気味に窓の外を気にしている。
ミレーネ様が王妃様の傍らに立ち、何事か言っているが羽音が煩くて聞こえない。
もう用は無かろうと、ビーちゃん達にお礼を言って帰って貰う事にする。
窓を埋め尽くす蜂の姿が消え始めると、ミレーネ様を伴って王妃様がやって来る。
「見事じゃな。テイマー神様の加護だけで動かせるのか?」
「動かしている訳では御座いません。私に敵意を持つ者や攻撃してくる者が居る時にのみ、助けを求めれば来てくれます。私は助けてとか、止めてとかのお願いをしているだけです。以前私を罵倒し殴った者達が襲われ、周囲に居た者達も巻き込まれて多数の被害が出ましたが、私は止めてとお願いすることしか出来ませんでした」嘘だけどね。
俺の言葉に、王妃様が周囲の者達を面白そうに見回している。
「この場にも、私に敵意を向ける者が複数居ますので、助けてと呼べば来てくれますし、攻撃されれば呼ばずとも現れて、相手を刺し殺します」
「以前私の屋敷でも同様な事が起こりましたが、私は何もしてなかったのとシンヤの傍に居たので、傷一つ付けられませんでした」
俺がその場を動くなと命じているので、逃げられなかったミーちゃんとフーちゃんが頭を抱えて伏せているのを見て、王妃様が笑って居る。
この場で顔色を変えていないのが、女性二人だけとはな。
ビーちゃん達の姿が消えると、伏せるミーちゃんをもふりフーちゃん達の尻尾を堪能して満足げな王妃様。
* * * * * * *
金貨三袋をもらって王城から下がり、ランシットホテルに戻ったがフーちゃん達を預けるところが無い。
フーちゃん二頭も部屋に置かせてくれる様に交渉したが拒否されたので、天下御免の身分証を見せてごり押しをして、序でに広い部屋に変えてもらった。
お陰で一泊銀貨5枚とぼったくられたが仕方がない。
馬車と馬を預けられるホテルを探したが、フォレストウルフと言った瞬間に断られて、王妃様の身分証も効き目なし。
まぁ、フォレストウルフを厩に置く訳にはまいりませんと言われてはごり押しも出来ない。
部屋に入れようにも、馬車で王都に来る様な客相手のホテルなので、フォレストウルフが居ては困りますと泣きつかれた。
秋までは王都見物をしながらのんびりするつもりなのに、初っぱなから躓いてしまった。
どうせ年に一度、花蜜を献上する為に王都に来るのならと部屋を借りることにした。
困ったときの商業ギルド、序でに王妃様から頂いた金貨300枚を預けて、使役獣と住める広い部屋を借りたいと相談。
俺の肩で寛ぐミーちゃんを見て「広い部屋で御座いますか」と不思議そう。
フォレストウルフ二頭も居ると告げるとビックリしていたが、大きさを理解していないので、入り口横で待機させているフーちゃん二頭を見せて理解してもらった。
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