第63話 交換条件

 俺の問いかけに答えられずに、蒼白な顔に冷や汗を流して震えるだけなので殺気を消してやる。


 「俺はお前に仕えている訳じゃないぞ。冒険者相手なら好き勝手に扱えると思っているのか」


 「おっ・・・お前は我を脅す気か!」


 「脅す、脅す必要すらない。俺が敵だと思い恨めばお前は死ぬ、ただそれだけだ」


 俺の言葉の意味を理解したのか「まっ待て、待ってくれ! そんなつもりじゃ無かったんだ。ただ少し自慢したかっただけなんだ、許してくれ。二度とお前のことは話さないので許してくれ、頼む!」


 二度と俺の事は話さないと言っても、お茶会の席で話せば大声で宣伝したのと同じで手遅れだ。


 「それで、茶会の席でなんと言ったんだ」


 「茶会で自慢の茶葉の話になり、他家の所有する茶葉の香り自慢が鼻につき、つい飲んでいる茶の香りよりも、爽やかな花の香りの蜜があると言ってしまったのだ。それを王妃様が聞かれて、ぜひ味わってみたいと言いだされて引くに引けず・・・」


 ミレーネ様も苦労するはずだ、思い込みが激しいだけじゃ無く口も軽いとはな。

 公表されてしまったのは仕方無いが、無策で放置すれば不味い事になるのは必至なので、対策を練らねば。

 青い顔で壁際に控える騎士に、ミレーネ様を呼んで来て貰う。


 「話が漏れた経緯を聞かせてもらいましたが、王妃様以外にどの程度の人々に聞かれたのですか」


 真っ青な顔の父親をチラリと見て苦笑し、状況を教えてくれた。


 「王妃様主催のお茶会の席で、多くは貴族のご婦人方とその娘達ですが縁戚の貴族も少数混じっていたのです。私は隣のご婦人との会話の途中、王妃様から花蜜の事を問われて父が話したことを知ったのです。その際に父が蜂蜜のことも話していて、貴方との取引が近いうちに有るだろうともね」


 「満座の中で、得意げに話したと言うことですか」


 「困った事に王妃様が興味を引かれ、是非手に入れろと父に命じられましたが、父は取引は私を介してと逃げてしまいました」


 つくづく無責任な親父で、振り回されるミレーネ様の苦労がさっせられる。

 花蜜を渡さなければ糞親父の法螺吹きと名誉は地に落ちるが、巻き添えをくうミレーネ様やミーナが可哀想だ。

 かと言って、花蜜を渡せば糞親父の目論見通り王妃様の覚え目出度いだろうが、その後が恐い。


 いざとなったら此の国を逃げ出せば良いが、他国は疎か此の国のことすら碌に知らない。

 ミレーネ様が法螺吹き親父の娘として恥を掻かなくて済み、尚且つ俺に被害が及ばぬ手立てを考えねば。

 花蜜が希少な物で、ミレーネ様が俺を通して以外花蜜を入手できないことと、俺だけが花蜜を集める方法を知っていると思わせるのが最善かな。


 その為には此の国で貴族や豪商から無理難題を吹っ掛けられない手立てが必要だが、幸いにも興味を示したのが王妃様ときた。

 これを利用しない手はない。


 「ミレーネ様、少量で宜しければお譲りいたしましょう」


 「宜しいのですか」


 「満座の中で話されて、王妃様が望まれた物を用意出来なければ、御当家は法螺吹きの誹りを受けますからね。現物を見れば王妃様も理解できるでしょう。万が一それ以上を望まれるのなら、交換条件付きでお分けします」


 「交換条件とは?」


 「それは王妃様が望まれてからですね。それよりお茶の用意とワゴンをお願いします」


 用意されたワゴンに、マジックポーチから取り出した蜂蜜入りの中瓶10本を乗せる。

 その隣りに梅酒用の8L容器くらいの、大瓶入りの蜂蜜と空容器をドンと置くと、メイドがビックリしている。


 テーブルには普段使いの蜂蜜の容器と花蜜を入れた湯沸かしポットを置き、ポーションの空容器2本に花蜜を入れる。

 ポーションの瓶は小さい健康ドリンク程度の容量なので、お茶にたっぷり入れればすぐに無くなるだろう。


 空のティーカップを一つ、それに花蜜を少量たらしティースプーンに半量ほどを蜂蜜を入れたお茶に入れると、花蜜の入ったティーカップをミレーネ様に差し出す。


 「見ての通り、ティースプーン半量ほどで十分な香り付けになりますので試してください」


 ミレーネ様の横で、ミーナがミルクのカップを差し出している。

 その隙にミーちゃんが俺の所へ逃げてくると肩に乗って寛ぐ。

 相手が子供とはいえ、ずっと抱かれているのは苦痛の様だ。


 「本当に僅かな量で十分に香りますね」


 「花蜜だけで甘みを出そうとすると、蜂蜜より多くの量を必要としますので甘みは蜂蜜でつけて下さい」


 贅沢好きの王侯貴族や豪商達なら、その無駄遣いがステータスだと勘違いしそうだけどな。


 蜂蜜の代金は前回同様、商業ギルドの口座に振り込んで貰う事にしたが、王妃様がお気に召されたら何処へ連絡をと聞かれ、ルリエント通りのランシットホテルに20日程度泊まっていると伝えておく。

 上等な街着を作るつもりなので、その程度の時間は掛かるはずだし丁度良い。


 モーラン商会の馬車でホテルへ送ってもらい、翌日には王都の商業ギルドへ行き、残高確認後魔法が付与出来る服を作りたいと告げる。

 満面の笑みで商談室に通されて、冒険者用の服と同じ生地でと頼む。


 採寸を済ませると俺の希望を伝えて後はお任せ。

 街着なのでフード付きのサファリジャケット風って感じだが、剣帯を締めてショートソードを下げる為のスリットなど変な注文を出すので大変そう。

 仮縫いはランシットホテルに来て貰う事にして、生地代と仕立代は商業ギルドの口座から引き落として貰ったが、今回は18,200,000ダーラと少し高くなった。


 何せ、俺の残高は240,490,000ダーラも有るので、注文は全て快く受けて貰える。

 何か蜂蜜の代金が微々たる額に思えてくるので、俺の金銭感覚もおかしくなってきている。

 まっ、マジックポーチにも10,000,000ダーラ貯まっているので、おかしくなっても不思議じゃない。

 散財ついでに、魔道具商に紹介状を書いてもらって寄ることにする。


 吊るしの街着じゃ、魔道具商の店へフリーパスとは行かないので、紹介状を示して入れて貰う。

 5-90のマジックバッグと3-60のマジックポーチの時間遅延を増やしたいと告げると、中の物を出してから魔道具職人に手渡す事になると言われてしまった。

 面倒なのでランク5で360の物を購入することにしたが、吊るしの街着を着た若造が気楽に買うと言うので驚かれた。


 ランク5で時間遅延が360の物は金貨420枚、42,000,000ダーラと結構なお値段。

 支払いは商業ギルドでと伝えると、支払い金額を書いた書類を渡されて署名する。

 直ぐに使用人が商業ギルドへ走り、支払い証明書をもらってきてマジックバッグを手渡された。

 以後時間遅延の少ない物に腐らない物を入れ、360の物は食料や獲物専用に使う事にする。


 * * * * * * *


 仮縫いの前日ミレーネ様より、明日迎えの馬車を寄越すと連絡が来たのて一日延ばしてもらう。

 迎えの馬車でモーラン商会へ行くとミレーネ様が待っていて、花蜜を王妃様がいたく気に入られて購いたいと伝えられた。

 花蜜の軽い甘さと香りは女性を虜にすると思っていたが、王家で一括買い上げの申し出には驚きだ。

 ミレーネ様の話では、他国への贈答品にまたとない逸品で、誰も存在を知らなかったそうだ。


 俺もハニー達が集めてくるまでは、蜂蜜の事しか頭になかったからな。

 小学生の頃に花壇のサルビアの花を抜き、蜜を吸った思い出があったので花蜜と気付いたくらいだ。

 蜂蜜が高級品で品薄とはいえ、ティーカップ一杯分が金貨4枚で買われているので、花蜜となれば如何程の値が付くのか考えるだけで恐ろしい。

 裏を返せば、これを求めて有象無象が湧いて出る事を意味するので、一つ間違えば早々に此の国から逃げ出す事になりそうだ。


 「王妃様が大層お気に召され、他国への贈答品としても恥じない物なので、満足のいく値で引き取りたいと仰せです。それで、貴方はあの2本以上を求めるのなら条件付きと言いましたね」


 「確かに言いました。これからも花蜜を求めるのなら、王国内を自由に移動できる権利です。冒険者としては自由に他国へも行けますが、花蜜のことが知れ渡れば、貴族や豪商達が彼此言ってくるのは間違いないでしょう。その時に貴族や豪商達に従う必要のない資格が欲しいのです」


 そう告げて、硬い表情で座って入る糞親父をチラリと見る。

 俺の言葉に、ミレーネ様も苦い顔で父親を見て頷いている。


 「判りました。王妃様にお伝えしてみましょう」


 「それが適うのなら、その蜂蜜の入った中瓶3本程度はお渡しできるでしょう。但し俺が他人に譲る分には口出しはなしです。もう一つ、俺の使役獣は王都や国内の領地であれば、出入りを自由にして下さい」


 「ミーちゃんなら、連れて来ているじゃない」


 「ミーちゃん以外に、フォレストウルフを2頭テイムしています。ハインツの街と王都では入場を拒否されました」


 「禁止されたらウルフはどうなるの?」


 「冒険者達を襲わない様に言いつけて、街の外で遊ばせています」


 「テイムが解けたりしないの?」


 「他のテイマーは知りませんが、大丈夫ですよ」


 貴族や豪商達に無理難題を吹っ掛けられない事と、使役獣を何処にでも連れて行ける権利があれば、行動の自由と安全度が上がるってものだ。

 花蜜を求めてザンドラまで行く必要もなくなるし、ゴールドマッシュを求めて周辺の街や村へ行っても、領主や警備兵に気を使わなくて済むのは助かる。

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