第52話 伯爵の思惑
ストーンランスかアイスランスに転移魔法と治癒魔法とはね、恐らくそれ以外の魔法も使えると思って間違いないだろう。
ティナは、召喚して野獣討伐の使命を与えるとか何とか言っていたので、噂の奴があの時の二人なら見逃す訳にはいかない。
しかし、強制的に召喚してまで野獣討伐させようってのに、人の住む周辺は比較的安全なのは何故?
確かにオシウス村の様な所へ行けばそれなりに危険だが、それ程でもなさそうなのは不思議だ。
それとも、俺の知らない所では野獣が跋扈しているって事かな。
* * * * * * *
3、4日に一度冒険者ギルドに顔を出して数頭の獲物を売り、食堂で噂話を聞きながら問題の奴等が現れるのを待つ。
四度目にギルドへ行ったときに、数十人の騎士達がギルドに押し掛けてきて〈奴は何処にいる!〉と喚いていた。
ギルドの職員と押し問答をして、ギルドから放り出されていたが相当熱くなっているので、最近何か有った様だ。
奴等ってのが、ヒロクンとエリーと呼ばれている二人かは不明だが、しみったれ伯爵に被害が出ているのは間違い無さそうだ。
街の出入り口では、冒険者に対する警備兵達の態度があからさまに悪くなった。
やれやれと呑気に考えていたら、俺にもとばっちりが降りかかってきた。
ギルドカードを見せて通ろうとしたら呼び止められた。
「お前、時々見る顔だがテイマーか?」
「はい、テイマーですので此奴を連れています」
ミーちゃんをポンポンしていると、ますます機嫌が悪くなる。
「テイマーが毎回一人で通るが、誰の指図だ?」
「指図・・・? 意味が判りませんが」
「テイマー如きが、一人でやっていける訳がなかろう。誰とつるんでいる!」
「テイマー如きと言われますが、此奴も結構強いんですよ。それに俺は常に一人ですから」
「なら、一人でやっている証拠を出せ!」
「証拠って、俺に仲間がいないのが証拠じゃないのですか?」
「あれこれ言って怪しい奴だな。ちょっと詰め所まで来い!」
短槍を突きつけて怒鳴り始めたので面倒になり、ビーちゃん達を呼ぶ事にした。
《ビーちゃん達、聞こえるかな?》
《何々、マスター》
《聞こえるよマスター》
《御用ですかー》
《俺の周囲を取り囲んで貰えるかな》
《任せてー♪》
《行くよー》
《マスターのお呼びだ!》
《皆を呼んでくる!》
「とっとと歩け!」
耐衝撃で防がれているが、足に何か当たった感触があり蹴られたようだ。
「俺に乱暴したら大怪我をしますよ」
「なに~いぃ。おのれは我々を舐めているのか!」
面倒な奴には、お灸代わりに針を刺してやるか。
《俺の近くにいる仔は、目の前の奴を刺しても良いよ。え~と3回までね。後の仔は俺の周囲を旋回していて》
〈ウワッ、蜂だ! 痛てててて〉
〈おい! キラービーだ、伏せろ!〉
〈助けてくれー〉
〈逃げろ!〉
あ~あ、警備兵や並んでいた人達がパニックになっているが、俺はし~らねっ。
刺されて倒れている警備兵と、伏せた状態で匍匐で逃げる同僚達。
俺の周辺一帯を乱舞するキラービーの大群。
「だから言ったでしょう。大丈夫ですかぁ~」
棒読みで警備兵に声を掛けるが、三回刺されただけで唇が紫色になり震えている男。
応援の警備兵が出てきたが、ビーちゃん達を見て近寄ってこない。
ミーちゃんは大群が現れた時点で、俺の懐に潜り込もうと足掻いていたので、小さくして抱えている。
俺一人ミーちゃんを抱いてぼんやり突っ立っているのも間抜けなので、遠巻きにする警備兵の方へ行くが、皆逃げてしまう。
阿呆くさくなり、彼等を無視して冒険者ギルドへ向かう。
《皆もう良いよ、ありがとうね。お肉は後であげるからね》
《はーい》
《マスター、もう良いの?》
《マスター、何時でも呼んで下さ~い》
* * * * * * *
「なに~いぃ、今度はキラービーに襲われただと!」
「はっ、猫を抱えた冒険者が、キラービーを操って警備兵を襲わせたそうです」
「馬鹿を申すな! 蜂なんぞ操れるものか!」
「伯爵様・・・蜂を操る男は一人居ますぞ、お忘れですか」
護衛隊長に言われて思いだし、苦い顔になるリンガン伯爵。
「刺されたのは一人だけか?」
「はい、一人だけです。誰も近寄ることが出来ずに遠巻きにしていた所、無断で街に入り冒険者ギルドに向かいました」
「キラービーも付いていったのか?」
「我々から離れて行くにつれ、蜂は散って行きました」
それを聞いた護衛隊長は一つ頷き主人に向き直る。
「伯爵様、以前の男ではないでしょうか。刺されたのが一人だけなら、奴を攻撃したか蜂を刺激したのは一人だけでしょう」
「彼奴か、くそ忌々しい冒険者共め!」
「旦那様、その冒険者を彼の者達と闘わせては如何でしょうか」
「ん、どういう事だ、デイオス」
「問題の冒険者達を、あの男の蜂で襲わせれば宜しいかと」
「執事殿、あれは命令を聞いているのではないと言っていましたぞ。あの男が攻撃を受けたり危険が及べば守りに来ると」
「はい、お願いをして守ってもらったり攻撃を止めさせると言っていましたね」
「ならばどうやって?」
「彼の冒険者は転移魔法を使っているようですが、表だっては攻撃してきません。彼等も犯罪奴隷になりたくないからでしょう」
「回りくどい! 結論を言え!」
「彼の冒険者達が冒険者ギルドか街に現れたときに、シンヤと申しました男と闘わせれば良いのです。彼に犯罪者討伐を依頼すれば宜しいかと」
「彼の冒険者達がシンヤを攻撃しなければ、キラービーは襲いませんよ」
「シンヤが問題の冒険者達と出会った時に、彼等から俺を守ってと蜂にお願いさせれば宜しいのです。それで蜂が攻撃すれば良し、出来なければ別な方法を考えれば宜しいかと」
「良かろう。冒険者ギルドに指名依頼を出せ!」
* * * * * * *
精算カウンターへ査定用紙を差し出し、端数以外を受け取っていると受付から声が掛かった。
「サブマスが会いたいそうですので、暫くお待ち下さい」
サブマス、確かバンドラって名だったよな。
用事は例の依頼のことだろうけど、情報だけ受け取って断ろう。
受付の奥からサブマスが出てきて、そのまま2階の会議室に連れ込まれた。
「何の用ですか。もう俺には用はないはずですが」
「お前、劫火のオーウェンを捕まえたんだってな」
「そんな事を話す為に呼んだんですか」
「いやいや。お前に指名依頼が出ているんだ」
「またそれですか、凄腕の魔法使いって聞きましたよ。それに伯爵様と揉めているともね。だけど手配されていないんですよね」
「ああ手配される様な悪事を犯したとは聞いていないが、伯爵の配下が手酷い目にあったらしい」
「らしいって?」
「貴族の配下が冒険者と問題を起こして、なぶり者にされましたなんて泣きつけると思うか」
「貴族の沽券に関わるので、被害報告は出さないってことですか」
「噂だが、治癒魔法使いを配下にしようとして揉めたらしいんだ」
「あんなしみったれ伯爵なんて、放っておけば良いじゃないですか。どうせ格安で雇ってやるとか言ったんでしょう」
「そうもいかんのだよ。なにしろ貴族と言うより、王国と不仲になるのは不味い。犯罪は犯していないと言ったが、悪い噂は聞こえてくる。あの傍若無人振りを見ると、噂だと捨て置く訳にもいかない」
「その口振りだと、そいつ等を知っているんですか?」
「ああ、ミラージュと名乗るパーティーで、リーダーがヒロクンと呼ばれる男だ。それにエリーって女がべったりと付いている。その二人が魔法使いで、残り5人はブロンズとシルバーで腰巾着だな」
FランクからCランクか、雑魚はどうでも良いがヒロクンとエリーの能力は知っておきたい。
「そのヒロクンとエリーって二人の魔法使いとしての能力は?」
「登録によれば、リーダーのヒロクンって奴が、転移魔法・結界魔法・土魔法に氷結魔法を授かっていて、魔力は100だ」
思わず口笛を吹きたくなる能力だ、アマデウスも召喚して野獣討伐を命じた奴には大盤振る舞いをしている様だ。
「それと、エリーと呼ばれる女だが、治癒魔法と結界魔法に火魔法で、治癒魔法は上級者の腕らしい。結界魔法も火魔法も中々の腕だそうだ。この女も魔力100ときた」
「聞くだけでゲップが出そうな程の能力ですねぇ。それでしみったれ伯爵が治癒魔法に目を付けたのですか?」
「らしいな、使いを出して無理矢理連れ出そうとして騒ぎになった様だ」
「あの伯爵もそうだが、仕えている奴等も横柄ですからねぇ。意に沿わねば力ずくですから、反感も買うでしょうよ。それで自分達の手に負えないからと、俺を指名したのですか?」
「多分な、依頼内容はお前と会って直接話すだとよ」
「攻撃魔法二つに転移魔法と結界魔法を使う相手に、俺を指名するって馬鹿ですか」
「お前のキラービーを使って暗殺でもさせるつもりかもな」
「で、成功すれば俺は殺人者として犯罪奴隷となり、報酬を払う必要はなくなる。せこい伯爵らしいですね。でもやっぱり馬鹿だ! 俺はビーちゃん達を自由に操つれないし、俺が捕らえられたら伯爵達は皆殺しになるってのを忘れている」
「まっ、俺も伯爵家からの依頼なのでお前に伝えて義理は果たしたので、後は任せたぞ」
「では、依頼内容も報酬も示さない指名依頼など真っ平御免と伝えて下さい」
それだけ言って会議室を出たが、転移魔法・結界魔法・土魔法に氷結魔法使いと、治癒魔法・結界魔法に火魔法使いか、二人があの時の奴等なら手強い相手になりそうだ。
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