第53話 ビーちゃん達の怒り

 数頭の獲物を売り、何時もの様にエールを楽しんでいると受付の方が騒がしくなった。

 俺の席から受付は見えないが、偉そうな銅鑼声が聞こえてくる。


 「サブマス殿、指名依頼をしてから10日以上経っていますぞ。なのに何の音沙汰もない理由をお聞かせ願いたい」


 「執事殿、冒険者ギルドは指名依頼を受ければそれを伝えます。それ以上の事はしない。依頼を受けるも断るも冒険者次第ですな。今回は依頼内容も報酬も提示せず、伯爵邸へ出頭しろなんて巫山戯たものです。普通の冒険者なら無視しますよ。現に私が直接伝えたが『依頼内容も報酬も示さない指名依頼など、真っ平御免』と言われてしまいましたな」


 〈おい、聞いたかよ『依頼内容も報酬も示さない指名依頼など、真っ平御免』って強気な奴も居るもんだな〉

 〈当然だろうさ。貴族に呼ばれて、報酬も仕事内容も判らない呼び出しにのこのこ行く奴はただの馬鹿だけさ〉

 〈違いない。此の地の領主って、しみったれ伯爵って呼ばれているらしいからな〉

 〈なら尚更に、指名依頼の呼び出しに応じる訳がないな〉

 〈それよりも聞いたか、治癒魔法使いを格安で雇ってやると偉そうに言ったら、半殺しにされて追い返されたってよ〉

 〈当然だな。俺でもそうするよ〉

 〈えー、ゴブリンに手子摺っているお前には無理だ〉

 〈おい、聞こえるから静かにしろ!〉


 受付の方から足音荒くやって来たのは揃いの胸当てを付けた騎士達で、憤怒の形相で食堂内を睨み付ける。


 〈好き勝手を抜かしているのは誰だ!〉

 〈冒険者風情が、我が主の事を彼此と良い度胸だな〉

 〈さっき、彼此言っていた奴は相手をしてやるから此処へ来い!〉


 静まりかえる食堂だが、サブマスがやって来て騎士達と向かい合う。


 「此処を何処だと思っている、冒険者達が酒を呑んでの戯れ言に何を偉そうに言っている。お前達は冒険者ギルドを侮っているのか」


 「いやサブマス殿、酒の場とは言えあまりな物言いについ、許されよ」


 「おい! そこの男、猫を膝に乗せている奴だ!」

 「デイオス様、居ました!」


 あ~あ、見つかっちゃったよ。


 ドカドカと足音荒く現れたのは、騎士達を従えたフロックコートを着たおっさんで、何となく見覚えがある。


 「ふむ、シンヤだな。なにゆえ指名依頼に応じない」


 「さっきサブマスが説明していたのを聞いていませんでしたか。俺達には強制依頼でも断る権利が有るんですよ。ましてや依頼内容も言わず報酬も示さない指名依頼なんて、受ける様な馬鹿な冒険者は居ませんよ」


 「お前は、リンガン伯爵様の依頼を断ると申すのか?」


 「当然でしょう。どうせ格安で使うつもりでしょうから、真っ平御免です」


 「おのれ~、デイオス殿に何と言う口の利き方を」


 《近くに居る仔達、聞こえたら助けてよ。でも許すまでは刺しちゃ駄目だよ》


 《マスターが呼んでいるよ》

 《マスターはこっちにいるよ》

 《行くぞー♪》


 《毛玉は刺しちゃ駄目だよ。俺が攻撃されたら同じ奴は刺しても良いよ》


 《違う奴は?》


 《う~ん、1回か2回だけね。それ以上は刺しちゃ駄目!》


 「騎士様、俺は冒険者で伯爵様や執事様の配下じゃないので、ご主人様に仕える様な言葉遣いは出来ませんよ」


 「舐めた口を利くなと言っている!」


 怒声とともに手が振り下ろされ〈スパーン〉といい音がしたが、僅かに顔を引き衝撃を逸らす。

 戦闘開始のコングは鳴らされた。


 《マスターを攻撃したぞ!》

 《許すまじ!》

 《行けーっ》


 羽音が聞こえたと思ったら、続々とビーちゃん達が飛び込んで来て重低音がが食堂に響き渡る。


 〈痛っ〉

 〈何だ〉


 〈ギャーァァァ〉


 俺を殴った男がビーちゃん達に襲われ蜂まみれになって倒れ込むと、周囲の者にも襲い掛かった。


 《同じ格好の奴しか刺しちゃ駄目!》


 〈キラービーだ!〉

 〈伏せろ!〉

 〈痛っ〉

 〈馬鹿! 逃げろ!〉


 〈たっ助けてくれーぇぇぇ〉


 阿鼻叫喚の中、蜂塗れの物体が転がっているシュールな光景。

 態とらしく頬を押さえて身体を起こすと、頭を抱えて伏せるサブマスと目が合った。


 〈痛っ、馬鹿! 止めさせろ、殺す気か!〉


 あ~ぁ、サブマスも刺されてやんの。

 此れで俺に手を出せばどうなるのか身に染みるだろう。


 《皆ありがとう。後で呼ぶから出て行ってくれるかな》


 《マスターを攻撃した奴はやっつけました!》

 《俺も刺しまくりました!》

 《未だ刺してないよ~》

 《俺は刺したぞ!》


 《はいはい。又後でお肉をあげるからね》


 《は~い》

 《マスターのお肉だ♪》


 羽音が遠ざかると食堂は死屍累々って、冒険者達は生きていて起き上がるが皆痛そうに顔を顰めている。

 倒れたまま起き上がらないのは騎士達で、どす黒い顔で苦悶の表情を浮かべて死んでいる。

 一人執事の男だけが蒼白の顔でふらついているが、彼も数カ所刺されたのかしかめっ面でギルドの外へ逃げて行く。


 「シンヤ! どうするんだ此れを!」


 転がる騎士達を指差してサブマスが怒鳴るが、俺を攻撃した騎士に言えよ。


 「怒鳴らないでよ。又ビーちゃん達が押し寄せてくるよ」


 俺の一言で顔色を変えて小声になる。


 「何故止めなかった!」


 「何故もなにも、俺は張り倒されて倒れていたんだ。気がついた時は、ビーちゃん達が怒り狂っていたんだよ。文句があるのなら俺を殴った騎士に言ってよ」


 「ああ、文句を言いたいのはやまやまだけど、聞こえていそうもないからな」


 苦い声で、転がる騎士達を見てぼそりと言う。


 「あの蜂を使役しているのはお前か!」

 「3ヶ所も刺されたぞ! どうしてくれるんだ!」

 「くそー、なんでギルドの中でキラービーに襲われるんだ!」

 「ポーション代を払え!」


 「お前等静かにしろ! 又蜂に襲われるぞ! 文句があるのなら、此奴を殴った伯爵の騎士に言え! まぁ、お前等の文句は聞いて貰えそうもないけどな。まったく迷惑な護衛だぜ」


 「此れじゃ仕事に行けねえぞ」

 「取り敢えず毒消しのポーションを飲まねえとやってられねえわ」

 「おい、金を貸してくれ」

 「なんだ、ポーション代ももってねぇのか?」

 「今日ポーション代を稼ぎに行く予定だったんだよ」

 「はん、その前に刺されたのか、間抜け!」


 あ~あ、ポーションを求めて殺到するから受付が大混雑だ。


 * * * * * * *


 リンガン伯爵邸に帰り着いた執事のデイオスは、痛みに耐えながら報告の為に執務室に向かった。


 「何だ、その顔は?」


 「旦那様、蜂に、キラービーの大群に襲われました」


 「あの生意気な小僧か!」


 「それが、騎士の一人がシンヤを叩いたところ、蜂の大群が冒険者ギルドの中へ殺到してきて・・・それは恐ろしい光景でした」


 「騎士達はどうした?」


 「多分死亡したかと・・・」


 「死亡?」


 「私は蜂が外へ出た隙に逃げましたが、騎士達は倒れたまま誰一人動いていませんでした」


 「我の配下を死に至らしめるとは、許さんぞ! 騎士団を集めて冒険者ギルドへ押し掛け、あの小僧を連れて来い!」


 「旦那様、無理です。騎士も冒険者も無数の蜂に襲われて、誰一人抵抗出来ませんでした。以前も見ましたが、あれ程恐ろしいとは思いませんでした」


 「冒険者風情に侮られて何も出来ないのか!」


 地団駄踏んで怒り狂うリンガン伯爵だが、以前見たキラービーの大群を思い出して身震いして、それ以上は何も言えなかった。


 * * * * * * *


 翌日冒険者ギルドのギルマスが伯爵邸を訪れ、死亡した騎士達の引き取りを要求した。


 「リンガン伯爵殿、貴殿は我等冒険者ギルドを敵に回すおつもりか」


 「それは聞き捨てならん。我が配下が8名も殺されているのに、我等が悪いと言われるのか!」


 「貴殿も御存知のように、シンヤなる冒険者はテイマー神の加護を受けていて、キラービーが護衛に付いていると知っていたはずです。その男を殴り倒したお陰で貴殿の配下は死に、巻き添えを食って冒険者達も多大な被害を受けた。日頃から冒険者を見下し、横柄な対応をするからこんな事になるんです。はっきり言っておきますが、これ以上我々を蔑ろにするのなら王都の本部に報告させてもらう」


 「わっ、判った。配下の者共によく言い聞かせておこう」


 ギルマスが帰って行くと伯爵の目が据わり、デイオスに「あの男を呼べ」と命じた。


 * * * * * * *


 あの騒動以来、街の出入りの時に警備兵が近寄ってこなくなったし、冒険者ギルドに寄っても遠巻きにされる様になった。

 それなのに、今日はギルドに入ると食堂の方から嬌声が聞こえてくる。

 獲物を売ったら温和しく帰ろうと思っていたが、待ち人ならご尊顔を拝しておかねばならない。

 取り敢えずビーちゃん達に声を掛けて待機していて貰う。


 査定用紙をマジックポーチに入れると食堂へ行き、エールと具材を挟んだパンを受け取って空きテーブルに座る。

 嬌声の主は、食堂の奥で男にもたれ掛かって馬鹿笑いをしている。

 何か既視感があるが、取り敢えずエールを飲みながら観察だと思ったが、相手も女といちゃつきながら俺から目を離さない。


 素知らぬ顔でエールを飲みパンに齧り付く。

 魔法使い二人に腰巾着が五人、ミラージュに間違いなさそうだがどうやって確認しようかと思ったら、向こうからエールのジョッキを片手にやって来る。


 「よう、腰抜け伯爵の騎士を殺したんだってな」


 「あんたは?」


 「俺、俺は女を金貨3枚で雇ってやろうって巫山戯たことを言われてよ、奴の騎士をボコボコに殴ったら恨まれちまってな。お前は度胸も有りそうだし、伯爵の騎士を殺しても追われてないってのが気に入った」


 何を勝手に気に入ったのか知らないが、俺の知った事じゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る