第4話 蜘蛛ちゃん
俺は背中を思いっきり突いた筈だが、何でこんな下の方で軽傷なんだ?
しかし、初陣だってのに緊張はしているが、あまり恐怖心がないのは何故だ?
深呼吸をして心を落ち着かせると、何故失敗したのか考えティナの言葉を思い出した。
『(テイム)と思えば対象生物の能力が理解出来ます』だったので、ゴブリンを見て(テイム)〔ゴブリン・8〕
怪我をしている奴を(テイム)〔ゴブリン・6〕隣は〔ゴブリン・11〕
11と出た奴は群れの中で一番大きく、結構個体差がある様だ。
テイム出来る数字は戦闘力にも通じるのか知らないが、取り敢えずもう一度試して、駄目なら諦めよう。
今度は狙った奴の直ぐ後ろに出て、身体ごと体当たりをするつもりでぶつかり逃げる事にした。
短槍を水平に構え、背後に出てそのまま突ける様に横に一歩出ると、汚い背中にドン。
そのまま出てきた場所に逃げ込むが、短槍を抜くのを忘れていてひねってしまった。
〈ギャーァァァ〉って凄い悲鳴が聞こえたので、今度は成功した様だ。
倒れた仲間を放置して、俺が逃げ込んだ場所を必死で叩くゴブリン達。
無駄無駄、神様に貰った野営用結界はお前達には破れないと笑っていて、自分の間抜けさに気がつき情けなくなった。
この結界を展開した者は出入り自由、手に持つ物も同様で短槍を水平に持って出入りしたが、結界の中から短槍だけ突き出しても有効な筈だ。
試しに干し肉を投げてみたが、見えない壁に当たって地面に落ちた。
今度は干し肉の端を握り、干し肉を結界から半分だけ突き出してみた。
岩に見える結界から干し肉が突き出たので、騒いでいたゴブリンがビックリしたのか静まりかえる。
目は結界から突き出た干し肉から離れないので、釣りの要領でちょんちょんと誘ってみる。
仲間の怪我を忘れて干し肉に手を伸ばすゴブリン、結界が有るとは言え素通しに近いので緊張したが、干し肉を握った瞬間手を離し水平に持った短槍を突き出す。
〈ギャ・・・〉小さな悲鳴と、不思議そうに自分の腹を見て逃げようとするが、干し肉から手を離さないので逃げられない。
俺が干し肉から手を離したので、宙に浮いた干し肉はゴブリンの足止めに極めて有効。
なーんて考えながら、突き立てた短槍をグリグリして引き抜く。
腹を抱えて崩れ落ちるゴブリンと、其れを見ていた仲間達。
流石にこの状態はおかしいと思ったのか、残りのゴブリン達が逃げ出した。
残ったのは背中を深々と刺された奴と、腹を抱えて瀕死のゴブリン。
結界の中から飛び出し、背中から血を流し倒れているゴブリンを突き殺す。
瀕死の奴は放置して魔石をと思ったが、動物の解体経験などないし魔石って何処にあるのよ。
血に汚れた短槍をウォーターで洗い綺麗にしたが、結界の側にゴブリンが転がっているのが気になり移動する事にした。
とんだ道草を食ったが、野営用結界の有効利用の方法が判ったのが収穫。
しかし、持ち金が少ないので薬草採取を頑張らねば飢え死にする。
人の踏み跡のない草叢に分け入り、短槍で掻き分けながら見せて貰った薬草を探す。
紫蘇に似た赤紫の葉で皺というか、葉脈が少ない厚みのある葉をみっけ。
確か痛み止めに使うとか言ってた様な気がするが、採取部位が判らないので根元から切り取る事にした。
しゃがんで茎を掴もうとした時、何かが飛びだしてきたのを手で叩き落とす。
十分な手応えとボトンといった感じで落ちたものを見て鳥肌がたち、踏み潰そうと立ち上がったが、薬草袋の上なので思いとどまる。
濃いブラウンの色に背には赤い縦線、毒蜘蛛だが取り敢えず(テイム)〔ポイズンスパイダー・2〕
ん・・・ピクピクしているが死んじゃいないって事か、ティナの言葉を思い出す。
『人族を除く生き物を支配し使役する能力です』
なら昆虫も生き物で支配出来る筈だし、加護が2つもあるのだけが頼りだけど、やってみる価値はある。
薬草袋を巾着状にして外から袋を平手打ちして中を覗くと、蜘蛛がピクピクしている。
再び(テイム)〔ポイズンスパイダー・1〕
0にしたら死ぬと思うが、同じ1どうしなら加護を持つ俺の方が強いと思うので、テイム出来るのか試してみる。
(テイム・テイム)〔ポイズンスパイダー・50-1〕
ん・・・何か蜘蛛が光りに包まれ、俺と光る紐で繋がった様に見えたぞ。
大丈夫かな、まさか光りに包まれて昇天したんじゃないよな。
それに〔ポイズンスパイダー・50-1〕って、頭に浮かんだのは何だ?
動かない蜘蛛を見て思わず「生きてるかい?」と問いかけてしまったが《大丈夫です。マスター》と、返事が返ってくるとは思わなかった。
「えっ・・・えっ、ええぇぇ~ぇ。まっマスターっててて、まさか蜘蛛が喋ってる!」
待てまてまて、落ち着け俺!
先ず深呼吸して、スッスーハー スッスーハー スッスーハー・・・良し、多分。
く~もがしゃぺるる~、そ~んな馬鹿な♪ うん正常だ!
「蜘蛛って喋れたの?」
《いえ、マスターの支配を受けたからでしょう。何か光りに包まれたら、ティナ様が現れマスターに従えと命じられました》
「ん、お前、ティナを知っているの」
《先程教えられました。先程マスターが『生きてるかい?』と問いかけられたのが判ったので返事をしました》
「ティナは他に何か言ってたかい?」
《マスターと話せると教えられました》
マスターと話せるって、頭の中に声が響いているんだけどなぁ。
背中がぞわりとしたので、周囲を確認して取り敢えず野営用結界を展開して、腰を下ろして蜘蛛とお話しだ。
「で、ティナに聞いたのなら、お前をテイムした時に〔ポイズンスパイダー・50-1〕って頭に浮かんだのが何か知っているか」
《あの~マスター、声が身体に響いて恐いので心の中でお話しして下さい》
前足2本をワキャワキャしながら言ってくる姿は、ハエトリグモかタランチュラの巨大版。
何方も詳しく見た事はないがそんな感じで、わりと可愛いと思ったのは話せるからなのかな。
《えーと〔ポイズンスパイダー・50-1〕って何の事か知ってる? これで良いかな?》
《ポイズンスパイダーとは我が種族の事でしょう。50-1とは、マスターが支配出来る数の事です》
って事は、俺は50匹の蜘蛛を従えるテイマーって事か。
ティナの『テイマー・スキルとは、人族以外の生き物を支配し使役する能力です』って言葉を覚えていた俺って、グッジョブ。
結界の中に座っているのにゾワゾワするので、お話しを中断して周囲を観察する。
草叢から顔を覗かせたのは何か既視感のある犬科の動物で、俺の匂いを辿ってきたようだ。
次々と現れて、総数11頭で若い個体も混じっている。
(テイム)〔カリオン・21〕
犬科の動物と思うが、凄い牙と獰猛そうな目付きに身震いがするが、恐いとは思わないのは加護のお陰かな。
あの野郎が『この世界で生きる基本的な事は授けてやる』と言っていたが、一々怖がっていては野獣の討伐は出来ないからかな。
まっ、あんな糞野郎の事は放って置いて、死なない様にしなきゃな。
(テイム)〔カリオン・24〕
(テイム)〔カリオン・17〕
(テイム)〔カリオン・23〕
(テイム)〔カリオン・27〕
27の奴が一番大きな個体なので、此奴がリーダーかな。
《蜘蛛ちゃん、此奴に噛みついたら殺せる?》
《大きすぎて無理です。此れくらいの大きさだと、10回くらい毒を送り込む必要があります。私は7、8回で毒切れになります》
《普段は何に毒を使っているの》
《大きな虫や鳥に鼠等です。もっと大きいのも襲いますが、2、3回毒を送ります》
蜘蛛ちゃんは肉食って事か、飼っても大して餌代に困る事はなさそうだな。
取り敢えず目の前のこいつ等を追いやらねば、ベッド用の草刈りも出来ないので短槍を構える。
殆どの野獣は魔石を持っていると聞いているし、1-5のマジックポーチも有るので慎重に狙いを定める。
一番大きな個体は体長1m少々程度なので丸めればマジックポーチに収まるだろう。
ゴブリンに使った餌でおびき寄せる方法を応用して、結界の周辺の匂いを探っている奴に串焼き肉を差し出してみる。
暫く何の反応も無かったが、突然一匹が鼻をピクピクさせ周囲をグルグル回り串焼き肉を発見。
いきなりがぶりと食いつき、串の半分を持って行かれた。
未だ俺も味見をしていない串焼き肉は、良い香りなので期待していたのに美味そうに食っていやがる。
残りの奴が其れを見て唸り声を上げ、匂いの元を探ろうとしているので残りの半分を少し高い所に差し出して見せる。
見つけた奴が飛びついてくるが、そう簡単には食わせない。
ひょいと横へ移動させると次の奴が飛びついてくる。
肉に食いつき無防備な腹を晒している所を、短槍でプスリ。
〈ギャン〉と一声鳴くと藻掻き暴れ出した。
ゴブリンの失敗を教訓に、槍先が抜けない様に両手で槍を立て石突を足で踏み歯を食いしばる。
前に倒れたら結界から飛び出すので必死だが、勝負は直ぐについた。
腹から大量の血が流れてぐったりしているので、内臓か心臓でも傷付けたかな。
気がつくと仲間のカリオンは逃げて一頭も居ない。
《マスター凄いです。大きなお肉が♪》
この野郎、自分の餌だと思っていやがる。
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