第3話 マジックポーチ

 おっさんの声が大きいので、注目の的じゃないかよ。


 〈おい、加護持ちだってよ〉

 〈馬鹿、その前に能力1だってよ〉

 〈テイマーで、能力1とは情けないよな〉

 〈でも、でも加護持ちだぜ〉

 〈能力1じゃ何の役にも立たないさ〉

 〈新人勧誘のチャンスと思ったが、ゴミだな〉


 糞っ垂れ、おっさんが余計な事を言うからだ!


 「おい、聞いているのか? 新人の心得と規約を教えるから、そこの階段を上がって右の部屋へ行け」


 はいはい、ラノベお約束の初心者講習ね。

 死にたくないので真面目に受けますか。


 部屋には先客が居て、心細げな顔で座っていたので少し離れた席に座る。

 長らく待たされて腹の虫が泣き出した頃に、漸く足音が聞こえてきた。


 むくつけきおっさんに手招きされ、二人並んで正面に座らされて冒険者の心得やギルドの規約を聞かされた。

 一通りの講習が終わると腰のポーチから二枚のカードを取り出し、名前を確認して渡される。


 「裏の丸印に血を一滴落とせ。それを示せば何処の国や街にも行けるぞ」


 手渡された針で指を突き、丸印に血を一滴落とす。

 表に冒険者ギルドの看板と同じ模様が小さく浮かび、中央に点描の顔と下に名前と18-Gの文字。

 S、A、B、C、D、E、F、G、Sのスペシャルランクから最下位のG迄8ランクとはね。

 裏にテイマー・能力1、魔力10と出身地ザンドラの文字が書かれている。


 登録確認が終わると長机の前に立たされ「お前達は最低ランクのGなので、基本的に街の雑用か薬草採取しか依頼を受けられない。街の周辺で採取出来る薬草見本を見せてやるので、よく覚えておけ」


 そう言って先程カードを取り出したポーチから様々な薬草を採りだしてテーブルに並べ始めた。


 おいおい、それってマジックポーチだよな。

 並べられる薬草よりマジックポーチに目が行ってしまったが、気を取り直して薬草の特徴を必死に覚える。

 名前なんかどうでも良い、草丈や葉の特徴に必要部位を頭に叩き込む。


 4種類の特徴を覚える前に、薬草見本をマジックポーチに戻し始めるおっさん。


 「これは新鮮な物の特徴を見せただけだ。薬草見本は後ろの壁にも掛けてあるのでそれで覚えろ。何か聞きたい事はあるか?」


 「そのポーチって?」


 「これか、これはマジックポーチだな。これはランク2と呼ばれる物で2m角の容量で時間遅延が10日の物だ」


 「お値段は?」


 「これは2ノ10と呼ばれるマジックポーチで金貨5枚だ。これが持っていると荷物を持たなくて良いので稼ぎが捗るぞ。冒険者になったら、先ず1ノ5の物を手に入れろ。お値段は金貨2枚200,000ダーラで、ギルドの隣の冒険者御用達の店で売っている。街の仕事なら大丈夫だろうが、薬草採取に出るのなら獣に気を付けて死ぬなよ。壁に掛けられている薬草見本は何時でも見に来て良いぞ」


 そう言って講習は終わりおっさんは出て行ったので、壁に掛けられたドライフラワーを見てみる。

 さっき見せられた物と同じ物とは思えない代物で、これだけ見て薬草採取に出たら大変だろう。

 見本を見ながらさっきのマジックポーチについて考える。


 少量の荷物を持っての行動ですら動きが制限されるのに、薬草や獲物を持った時にはもっと大変な事になる。

 ティナから貰った金は銀貨銅貨鉄貨が各20枚で222,000ダーラ、街の出入りと登録料で5,000ダーラ使って残金217,000ダーラ。

 登録料と街の入場料を考えれば1,000ダーラ千円位の感覚だと思われる。


 マジックポーチを買えば残金17,000ダーラ、野営用結界魔法板を貰っているので、食料だけ有れば暫くは生きられる。

 マジックポーチは持っておくべきだと思い、隣りにあると聞いた冒険者御用達の店へ行く事にした。


 「あの~、俺フランと言います。一人なら俺と組んで貰えませんか」


 そう言えばもう一人居たんだっけ。


 「ん、あんたはこの街の生まれじゃないのか?」


 「いえ、オシウス村です」


 「オシウス村? あんたは一人でこの街に来たのか」


 「そうです」


 「そうですって言うが、一人じゃ危ないだろう」


 「村でも薬草採取に出ていましたし、多少なら土魔法が使えるので獣と闘う事も出来ます」


 「俺はこの街の者じゃないし、何にも知らないんだ。それに少し買い物をしたら、街の外で寝起きするつもりなので無理だな。俺はシンヤだ、外で逢ったらその時にな」


 人の良さそうな兄ちゃんだし付き合っても良いが、この世界の住人の特徴とか知らないので迂闊に話しに乗れない。

 街に入る前から感じていたが、街の周囲を頑丈な塀で囲まれ家は石壁か土壁で、着ている服は洋服だが古くさい。

 それにさっき魔法と言ったが、ティナはテイマー神と言ったが魔法の神もいるのかな。

 登録にも魔法とスキルと有ったからな。


 あのおっさん『この世界で生きる基本的な事は授けてやるが、魔法は六名分しか用意が無い』って言っていたけど、神様なら魔法くらいちゃっちゃと作れよ。

 この世界の名も知らないし此処が何処だかも判らない、日常会話や文字は問題ないが、一般常識は与えられてないようだ。

 考えるのは夜にして、冒険者御用達の店へ行く事にした。

 階段を降りて行くと、屯していた男達が立ち塞がる。


 「兄さん見た事のない顔だが、俺達のパーティーに入らないか」


 「あ~、俺は買い物を済ませたら街を出ますので駄目です」


 〈そいつは止めとけ。テイマーの能力1だってよ〉

 〈加護持ちって言ってたが、能力1じゃ戦力にならねえよ〉


 受付の戯言に腹を立てたが、良い虫除けになっているようだ。

 群がって来た男達を避けてギルドを出ると、お隣の冒険者御用達の店に入りマジックポーチの事を訊ねる。


 「金貨2枚、200,000ダーラだが大丈夫か?」


 カウンターの上で革袋を逆さにして硬貨を出し、銀貨20枚を差し出す。

 鍵付きの戸棚から革袋を取り出し登録方法を説明してくれたが、銀貨1枚で登録者制限を付ける事が出来ると言われた。

 店で登録する際に登録者制限を付けると、万一襲われて中の物を差し出しても、マジックポーチは登録者しか使えないので盗られないそうだ。


 登録者制限の仕組みは登録者と店が同時登録すると、登録者解除や追加人数は店でしか出来ないので盗られないと教えてくれた。

 カウンターの残金を示し、飯代しかないので無理だと言って断ると後からでも出来ると教えてくれたが、妙なところでハイテクだな。


 但し俺が覚えている間に来なければしてやらないと言って笑っている。

 誰から手に入れたのか判らない物には、登録者制限を付けられないって事らしい。

 背負子中の物をマジックポーチに放り込み、序でに野営用結界魔法板の事を尋ねて見る。


 オークやバッファロー程度の攻撃に耐えられる、野営用結界魔法板のお値段金貨10枚、嵌める魔石はゴブリンの物で3日、オークの魔石で20日程度は持つと教えてくれた。

 貰った野営用結界魔法板に嵌められた魔石がどの程度の物か知らないが、3日以上経っているのでゴブリンじゃなさそうだ。

 礼を言って店を出ると、教えて貰った市場に向かい食糧確保だ。


 市場はテント張りの簡易的な物から、荷車に鍋釜乗せて煮炊きしている物まで様々で、良い匂いのする具材たっぷりのスープが500ダーラ、黒いカチカチのパンが200ダーラ。

 バゲットに似たパンが400ダーラ、半切りで肉と野菜を挟んだ物が600ダーラと割に良心的なお値段。


 良い匂いのする具材たっぷりのスープに、腹の虫が泣き叫ぶので取り敢えず腹拵えをする。

 久し振りのまともな食事に、必死で食べていると笑われてしまった。

 バゲットに似たパンを10本と串焼き肉を10本買って9,500ダーラ、残金7,500ダーラ。

 5倍の時間延長なら串焼き肉も10日は持つと思うので、取り敢えず薬草採取に励む事にする。


 歩いて来た道はタンザス街道で、薬草採取なら北門から出て東の草原に行けと教えて貰ったので、北門に向かう。

 通称東の草原って安易な名だなと思ったが、所々細い木が生えていて写真で見たアフリカの草原を思わせる。


 東の草原は比較的獣が少ないが、毒蜘蛛に注意しろよと言われたのがちょっと気になる。

 教えてくれたおっさんは、短槍で草を払いながら行けば滅多に噛まれる事はないと、ニヤリと笑って教えてくれたのでそれに従う。

 見せられた毒蜘蛛は全長10cm位でタランチュラに似ていて、チョコレート色が麻痺毒で背中に赤い縦線が有れば猛毒で見分けよいって。

 見分けられたからどうだってんだ、ご丁寧に麻痺毒のポーションが銀貨1枚で猛毒の毒消ポーションが銀貨5枚と教えてくれた。


 北に向かって1時間程歩き、右手の踏み荒らされた草原に足を踏み入れる。

 踏み荒らされた所は歩きやすいが、薬草は採取されて無いだろうからさくさく進みっとととぉ~、何か居ると思ったら小汚い奴の群れだ。

 野営中にも索敵と気配察知の練習中に、一度遭遇したが俺では勝てそうもない。

 背を向けて全力疾走し、少し開けた所でマジックポーチから野営用結界を取り出し地面に置き(展開)


 ホッとして逃げてきた方向を見ると、7,8頭の群れが棒きれを振り回して追いかけてきていた。

 だがしゃがみ込んだ俺の姿が消え、突然岩が現れたので戸惑っている。

 これがなきゃ何時死んでもおかしくないが、魔石が何時まで持つのやら。

 目の前にゴブリンが居るが、こいつの魔石で3日って言ってたな。


 予備の魔石を手に入れるチャンスだが、どうやって此奴を殺すかが問題だ。

 結界の前で騒いでいたゴブリンが岩の下を覗き込んだり、後ろに回って俺が居ないので不思議そうに首を捻っている。


 何時かはやらねばならないのなら、今でしょう。

 安心安全な野営用結界の中から飛び出し、一撃必殺即逃げると何度も呟きイメトレの後、仲間から離れた奴の背後に跳びだす。


 飛び出して右側に居る奴の背後から一突き、即座に結界の中へ逃げ込む。

 〈ギエェェェ〉って悲鳴を上げたゴブリンの所へ仲間が集まって来たが、背中から血を流した奴を見て蹴り付けている。

 酷い奴等だなと思ったが、どうも軽傷なのに大袈裟だとゼスチャーで判る。


 ん・・・軽傷って、俺は思いっきり突いたぞ。

 見れば腰の上の所の毛が少し無くなり血が垂れている。

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