第3話 放課後の幸せなひととき

 朝、登校すると彼女がいた。

 時雨(しぐれ)は緊張した。

 

 話したわけでも、目が合ったわけでもないのに。

 なんだか恥ずかしい。

 どうしてだろう。


 荷物を置き、前の悠一がいる席に行く。

 彼はスマホをいじりながらあくびをしていた。


 「おはよう」


 「おう時雨、おはよう」


 後ろから声をかけ悠一に挨拶をする。

 相変わらず眠そうな顔をしている。

 

 「昨日ありがとう。おかげでうまくいったよ」


 「お、ちゃんとメール送れたか。よかったよかった」


 時雨は彼に感謝の意を伝えた。

 彼は友人がうまくいったことを聞くと安堵したようだった。


 悠一には本当に感謝だ。

 おかげでまた雨音さんと話せる。


 「それで、会話はまだ続いてんの?」


 「いや、会話は終わっちゃった」


 「え!もったいねえー」


 悠一は驚いた表情をした。

 そして上を向き顔をしかめる。

 両手を首にまわし、こちらに視線を向ける。


 「なんで終わらしちゃったんだよ」


 「それが・・・」


 時雨は今日、彼女と会うことを悠一に話した。

 

 「え!?まじで!?今日会うの!?」


 「声でかい!」


 すると悠一はさらに驚いた表情になり、かなり大きな声で口にした。

 教室はそれなりに静かで、今の声はほとんどの人の耳に入った。

 時雨は彼女に聞こえないことを願って顔を伏せる。

 

 絶対みんなに聞かれた。

 雨音さんと少し目が合った気がする。

 恥ずかしすぎる。


 顔が少し赤くなり、目を閉じる。

 悠一に少し怒りが芽生えた。


 「あ、ごめん」


 「いや、まあいいんだけどね。そういえば・・・」


 冷静を装い、時雨は話を逸らす。

 今の出来事を記憶から消し、何事もなかったかのように会話を続ける。

 だが、そう簡単に記憶は消せなかった。

 時雨は、先の件が脳裏にちらつきながら今日という一日を過ごした。


 ◇


 帰りのホームルームが終わり、帰りの支度をする。

 時雨は彼女の席をちらりと見て、いることを確認する。

 一度家に帰り、傘とハンカチを持ってバス停に行かなくてはならないので時間がかかる。

 そのため彼女よりも早く帰る必要があり、時雨は急いで教室を出た。


 ランニング程度のスピードで、住宅街を駆ける。

 楽しみと不安が入り混じる。


 家に着き、バックを玄関に置いた。

 靴を脱ぎ、急いで階段を上り自分の部屋に入る。

 棚からハンカチを取り出しすぐに玄関へと向かう。

 靴を履きなおし傘を取って扉を開けた。


 再び走り出す。

 バス停に近づくにつれて鼓動が早くなる。

 時雨はワクワクを止められなかった。


 バス停が見えた。

 そしてそこには彼女の姿があった。

 彼女は立って少し下を見て時雨を待っていた。


 時雨は走るのをやめ、息をあげながらバス停に歩み寄る。

 彼女は時雨に気づくとにこやかに笑ってこちらを見ていた。  

 時雨は思わずドキッとする。


 大丈夫。

 傘とハンカチのお礼を言うだけだ。

 なんてことない。


 「ごめん。お待たせ」


 「ううん。全然待ってないよ。私もさっき来たところだし」


 彼女は首を横に振り、返事をした。


 「そっか・・・」


 彼女に気を遣わせてしまって申し訳ない。

 また彼女のやさしさに助けられた。


 「あの、これ。本当にありがとう」


 そう言って時雨は手に持っていた傘とポケットに入れていたハンカチを彼女に渡す。

 

 「別に返さなくてもよかったのに・・・」


 彼女は傘とハンカチを受け取りそう言う。

 

 「そういうわけにもいかないよ」


 彼女の目を見て時雨は言う。

 少しの間沈黙の時が流れる。


 「それじゃ、また明日」


 「うん。じゃあね」


 これ以上は気まずくなってしまう。

 そう思い、時雨はお別れの言葉を言う。

 手を小さく振り、彼女も別れの言葉を言う。


 バス停の近くの十字路をまっすぐ行き、家に帰ろうとする時雨。


 傘とハンカチ返せたし、まあいいか。

 いきなり距離縮めると嫌われるかもだし。

 ゆっくりいこう。


 そう自分を納得させていた時。


 「時雨君も家そっちなの?」


 後ろから透き通った声が聞こえた。

 そう、雨音さんだ。

 

 彼女はこちらに歩み寄ってきて隣に立つ。


 「うん。雨音さんもこっちなの?」


 「うん。そうだよ」


 思いもよらぬ展開に時雨は驚いた。

そして歩幅を合わせながら歩くのを再開する。

 今、隣で一緒に帰っているのは自分が恋した彼女。


「そういえば雨音さんっていつも一人で帰ってるの?」


「うん。なんで?」


「いや、クラスで人気者の雨音さんが1人で帰ってるの意外だなって思って」


 昨日悠一の話を聞いた時に引っかかったこと。

それは、雨音さんが1人で帰っていた事だった。

話によるといつも誰かといる雨音さんがあの時1人だった。

人気者の雨音さんが帰る人がいないのはちょっと変だと思った。


「人と話すのは疲れるから、帰りくらいは1人でいたいの」


「そうなんだ」


なんというか、納得した。

そりゃ、学校にいる時ずっと誰かと一緒にいるのは疲れるか。

まあ俺は大体1人、いても悠一ぐらいだけど。


そんなことを思っていると、1つ疑問に思ったことがあった。

ならどうして自分は今一緒に帰っているのか。

また気を遣わせてしまっているのではないかと思った。


「ごめん。また気を遣わせちゃって」


時雨はつい謝ってしまった。


「え?あ、違うの。そういうつもりで言った訳じゃなくて」



彼女は驚いた表情をしていた。

手を横に振り、時雨の言葉を否定する。


「時雨君とはあまり話したことなかったから話してみたかったの。だから、気とかは全然遣ってなくて。あ、遣ってないって言うのはそういう意味じゃなくて」


思わぬ饒舌ぶりに時雨は驚く。

時雨は慌てふためく彼女をみてとても微笑ましく思った。


思いのほか天然?

必死さが伝わってくる。

すごい勘違いしそうだ。


時雨は頬を赤らめる。


「それじゃ、私こっちだから。また明日!じゃあね!」


「うん。また明日」


彼女と別れ、幸せに浸りながら時雨は家へと帰る。

この最高な1日を思い出にし、今日も1日が終わる。

そして1週間後、クラスの噂で、彼女に彼氏がいるという噂を聞く。

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