第2話 会話のタイミング

 カーテンの隙間から朝日がさす。

 目を開け、ベッドから体を起こす。

 いつものように学校の支度をする。

 いつもと変わらぬ朝。

 だが、一つだけ決定的に違う点があった。

 

 昨日の夜から雨音さんのことが頭から離れない。

 ご飯を食べる時も。

 風呂に入っているときも。

 ずっと雨音さんのことを考えている。


 今日は彼女にお礼を言おうと決めていた。

 できれば今日、傘とハンカチも返したいと思っていた。

 だが昨日とは打って変わり、雲一つない晴天だった。

 

 傘はまた今度返そう。

 無理にすぐ返す必要はない。

 ハンカチもその時でいい。

 それに。

 もしかしたら雨音さんと会う口実になるかもしれない。


 雨音さんとまた会える。

 また話せる。

 そんな期待に胸を膨らませる。

 そうして時雨(しぐれ)は、彼女から受け取った傘をちらりと見て、玄関の扉を開ける。


 「いってきます」


 ◇


 教室の後ろの扉を開け、自分の窓際の席に向かっていく。

 席についてあたりを見渡すとまだ彼女は来ていない。

 ホームルームまであと15分。

 時雨はスマホを取り出し、ホームルームまで時間をつぶす。

 スマホを眺めていると横から声をかけられる。


 「おはよ。時雨」


 「おはよ」


 声をかけてきたのはクラスで唯一の友人、悠一だ。

 背が高く、顔立ちの良い好青年。

 彼は自分の茶色い後ろ髪をかいて、眠そうにしている。

 

 「昨日めっちゃ雨濡れたわー。時雨は平気だったか?」


 「俺も濡れた」


 気づくと教室にはかなりの人数がいた。

 教室は賑やかな会話で埋め尽くされる。

 彼と他愛もない話をしていると、教室の後ろの扉が開く。


 「おはよー」


 「あー!雨音おはよー」


 時雨が待ち望んでいた人物が登校してきた。

 彼女は教室に入ると扉のそばにいた女子と挨拶を交わす。

 そのまま彼女は廊下側の自分の席に荷物を置く。

 そして瞬く間に、2,3人の女子が彼女を囲み会話を始めていた。


 (朝一で言おうと思ってたけど流石にあれは無理だ・・・)


 そう思うと時雨は雨音さんに声をかけるのをあきらめる。

 時雨は中学から極度の人見知りで女子と話すのは苦手意識があった。

 到底女子数人がいる中で話しかけれるはずもなく。

 いつか話しかけれるタイミングがあると信じ今日を過ごすことにした。

 

 ◇


 昼休み。


 「いつ1人になるんだ!?」


 「どうしたいきなり」

 

 教室で悠一とご飯を食べているとき、心の中の本音を吐き出した。

 時雨は朝からずっと話しかけれるタイミングを探していた。

 だが彼女の周りにはいつも人がいて話しかけることができていなかった。


 「どうしたらいいかな」


 「え、なにが?」


 時雨は悠一に昨日の出来事と話すタイミングがないことを話す。


 「なるほど。まあ雨音さんって人気者だしな。いつも誰かといる」


 時雨はその言葉に少し引っかかる。

 だがあまり気にせず会話を続ける。


 「人気者なんだ」


 「そりゃあの容姿で、性格が良かったら人気出るだろ。女子からも男子からも」


 男子からも人気があるという言葉に時雨は少し動揺する。


 考えてみれば当然だ。

 あんな美少女で、あんな優しかったら、人気出ないほうがおかしいよな。


 「誰かといて話しかけずらいなら、メールでも送ってみれば」


 「なるほど」


 それはありだ。

 メールならだれからも気づかれず、雨音さんと会話ができる。

 しかも直接話すより、緊張せずにちゃんと話せる。


 「ありがとう。今日の夜送ってみるわ」


 「おう。がんばれよ」


 ◇


 今夜は月が良く見える。


 自分の部屋の窓から月を見て、時雨は思う。

 時刻は20:00。


 この時間帯なら一人でいるだろうし、寝てることもないだろう。

 

 時雨はクラスのグループから彼女の連絡先を探す。

 

 (あった)


 雨音と書かれた名前を発見する。

 一息ついて彼女の連絡先を追加する時雨。

 彼女のメッセージ画面を開く。

 心臓の音がうるさい。

 深呼吸をし、彼女にメールを送る。


------------------------------------------------------------------------------------------------


 「急にごめんね!昨日は傘ありがとう!本当に助かったよ」


 そのようなメールを送る。

 変な部分がないかを10回ほど確認した。

 10分後に返信が返ってくる。


 「全然いいよ!それより風邪ひかなくて本当に良かった!」


 彼女から送られてきたメッセージを見て、ますます鼓動が早くなる。

 そしていつの間にか顔のにやけが止まらなくなっていた。

 枕を顔に押しつぶし、感情の高ぶりを抑えていた。


 だが、このままではいづれ会話は終わってしまう。

 それだけは避けなければならない。

 

 時雨はここが最大の好機と判断し勝負に出る。


 「心配してくれてありがとう!」


 「傘とハンカチ返したいんだけど、いつ返せばいいかな。学校だと渡すタイミングなくて。その時に直接お礼も言いたい」


 勇気を振り絞りメッセージを送る。

 返信が来るまでの時間は、永遠とまで思わせるほどに長かった。

 途中で怖くなりその子の通知を切ったり、スマホを放り投げたりしていた。

 だがそのすぐあとには返信が来ていないかを確認している。

 時雨は今までの人生でこんなにソワソワしたことは一度もなかった。

 部屋中を右往左往する。

 そしてメッセージの音がする。

 恐る恐るそのメッセージを確認する。


 「じゃあ明日の放課後あのバス停に来てくれる?」


 歓喜。

 時雨は右腕を高く上げガッツポーズをした。

 

(やった!)


 心の底からそう思った。


 「わかった!じゃあまた明日!おやすみ!」


 「うん。おやすみ」


------------------------------------------------------------------------------------------------


 メールでのやり取りを終え、時雨は幸せに満ちていた。

 時雨は興奮を抑えきれぬまま、ベッドへと飛び込んだ。


 嬉しすぎて笑顔が止まらない。

 これは夢か。

 ありがとう悠一。


 そのようなことを思い今日という日が幕を閉じる。

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