番犬が与える恐怖 しかし話はあらぬ方向へ……

 バステトの自慢話と束の間の女子的な会話が一段落すると、今度は自分の番とばかりにケルベロスが話を始めた。


「さあ、それじゃあ今度は」


「俺様が話す番だなあ」


「聞いて驚くんじゃねえぞ」


 3つ首の番犬が口を開くと同時に、ニャーちゃんとバステトは興味なさげに大あくび。まるで関心がなさそうな様子で、


「どうぞ」


と素っ気なく答えた。自分たちは盛り上がったから後はご自由に、といった調子である。唯一、同類(?)のワンちゃんだけが尻尾を振りながら楽しみにしていた。


 番犬が映し出した映像はどよんとした洞窟だった。その入り口でケルベロスが立っているのが分かった。


「これは何をしているワン?」


「これはな――」


「冥府の見張りをしているんだぜ!」


「めいふ?」


「悪いことをした人が落とされる場所さ」


 それを聞いてびっくりするワンちゃん。不意に膀胱から何かが漏れ出そうになるのを感じたが、どうにか決壊を押しとどめようと必死になっていた。それを眺め、プププと笑うニャーちゃん。


「そんなものがあるわけないニャ。ワンちゃんはビビりだニャ」


「あら、そんなことないわよ」


「ニャ?」


 バステトはニャーちゃんにエジプト人に死後の審判について教えてあげた。生前に悪いことをした人は心臓を喰われる重い罰が与えられるのだ、と女神が伝えてから、


「まあ、でも人にしか適用されないから。気にしなくても大丈夫よ」


とニャーちゃんに軽くタッチをした。すると、ニャーちゃんは小刻みに震え何かを恐れている様子だった。


(まずいニャ。もし、チュールを漁ろうとしたことがバレてたら……)


 どうやら何か悪さをしたことを自覚しているようだった。バステトは彼女の震えの原因が分からなかったので、しばらく放置しておいた。


 だが、それを見逃さない番犬。すかさず、彼女をビビらせにかかった。


「なんだい、猫の嬢ちゃん」


「ビビってんのかあ?」


「情けねえなあ」


「そ、そんなことはないニャ!」


 虚勢を張るニャーちゃん。それを察したのか、気の利いた言葉をかける番犬。


「だが、安心しろ」


「猫は冥府に落ちないからなあ」


「ハデス様(冥府の神)は人しかお呼びにならねえもんだから」


 そう言われても、相変わらず恐怖に震えたままのニャーちゃん。詳しいことは分からないが、おそらく相当量のチュールを漁ってきたのだろう。ワンちゃんもさすがに心配になってきて、彼女に声をかけた。


「何か悪いことをしたのかワン?」


「……実はニャ」


 ニャーちゃんは皆に悪事を打ち明けた。ワンちゃんには合点がいったようだが、バステトと番犬には何のことだか、訳が分からなかった。


「おい、嬢ちゃん」


「その、チュールってえのは」


「どんな食い物なんだ」


「私も興味があるから教えてちょうだい!」


 ワンちゃんは震えが止まり、ニャーちゃんは罰せられるという恐怖を吹き飛ばされてしまった。


(どうして、そこまでチュールに興味を持つのかしら?)


 2匹はチュールが遥か昔には存在しなかったことを知らない。だから、女神と番犬が強い興味を示すのが理解できなかったのである。

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