猫を愛する人々? 話はあらぬ方向へ

 バステトが見せた光景は遥か昔のエジプトの都市、ブバスティス。そこでは多数の猫が人の行き交う市場を練り歩いていた。人々が猫を見かけると、まるで偉い人が通るように道を譲っていく。


「見るがよい。我が忠実なるしもべを前にして、人間が跪き道を譲っておるだろう?」


 高笑いをして、その光景を自慢するバステト。何も言わずにそれを眺める2匹と番犬。なおも自慢が続いた。


 次に映されたのはミイラ。それも人のものではなく、猫のもの。丁重にもてなされているのを感じ、バステトは満面の笑み。


「ほれ、どうだ。番犬よ。お主はここまで愛されたのか?」


 口惜しそうにする番犬ケルベロス。勝ちは決まったと思うバステトに、同胞のはずのニャーちゃんが口を挟んだ。


「これは違うニャ」


「な、なにを――」


「これは愛されてるとは違うような気がするニャン」


「だが、しもべたちは人々からうやまわれておるではないか」


 敬われる、という単語をニャーちゃんは知らなかった。彼女はバステトを納得させる言葉を何とかひねり出そうとするが、何も思い浮かばなかった。


 困り果てたニャーちゃんは、自身の記憶からバステトの見せた光景に近いと思われるものを出して見せた。それは娘と一緒におめかしをした際の映像だった。


「これが愛されるってことだと思うニャン!」


「な、こ、これは――」


「どうかしたかニャ?」


「王様の服じゃないの!」


 バステトはニャーちゃんが豪華な服装――バステト様は遥か昔の神様なので、王の着用する衣服はよく知っていたのです――に目を光らせた。それはまるで、ブランド品に釘付けとなる女性のよう。


 ニャーちゃんが実に付けていたのは、なんとファラオの衣服。それも絶世の美女とされるクレオパトラのものであった。自国に所縁ゆかりのある人物の衣服に興奮冷めやらぬバステト。


 それをまるで理解できないでいるニャーちゃん。そんな彼女の様子などお構いなく、質問攻めにするバステト。


「これはどこにあるのかしら?」


「これかニャ。ご主人様のパパが板で買ってたニャ」


「板?何よそれ。教えてちょうだい!」


「こう……、手で触ると物が買えちゃう板があるニャ」


「本当?」


「本当ニャ。というか、早口過ぎるニャ。バステト様!」


 神の威厳はどこへやら。普通の女性のようにバステトは板の詳細を聞き出そうとした。しかし、ニャーちゃんがいくら映像を見せても皆目見当が付かなかった。


 バステトは頭を抱えてしまった。板がどのようなものか、何も手掛かりが掴めなかったからだ。それも当然で、なにせバステトが敬われていた時代には存在しない物だったのだから。


 シュンとして落ち込むバステトとそれを慰めるニャーちゃん。近くで見ていた番犬ケルベロスがワンちゃんに尋ねた。


「あれの何がすごいんだ?」


「そうだそうだ!」


「何も分からねえぞ」


 3つの首が各々の方向に傾げながら、不思議な顔をするケルベロス。それに対するワンちゃんの答えはこうだ。


「あれはおめかしだワン!でも、とても熱くて、僕はあまり楽しなかったワン……」


 それを聞きつけ、ニャーちゃんとバステトが仲良く反論した。


「そんなことはないニャン!」


「そうよ。女の子は綺麗な恰好でお出かけしたいものなのよ!」


 気の合う女友達さながらに意気投合するニャーちゃんとバステト。怪訝な顔で見つめあうワンちゃんと番犬。


(これは僕たちが悪いのかしら?)


と内心思ったが、これ以上は口に出さなかった。言おうものなら引っ掻き傷だらけにされそうだったからである。

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