第15話 エルメス騎士団長、ここに参上!
「カルファ……!」
赤髪の女が言うと、カルファの表情が一変した。
彼女と同じようにカルファも目を尖らせ、密かに蹴りの構えを取る。
「これはこれは、エルメスの騎士団長様じゃあないか。遅かったね、獲物はもう片付けちまったぜ?」
「それは私への当てつけか? カルファ、暫く大人しくしていたと思っていたが、またとんでもない面倒事を起こしてくれたな」
「獲物を横取りされたからって僻みか? アタシとタメだってーのに、大人げないなぁ」
二人は言い合い、互いに睨み合う。
その間でバチバチと激しい火花が飛び散り、今にも新たな戦いが巻き起こりそうな匂いが漂い始めていた。
「今ここで“あの日”の決着を付けてもいいんだぜ、クロム団長?」
「丁度いい。お陰で公務執行妨害の罪で貴様を拘束する理由が出来る」
まさに一触即発。クロムは剣を、カルファは脚をそれぞれ構える。
「だ、団長! 待ってください! 戦ってはいけません!」
「カルファ、相手は国の兵士だぞ? 喧嘩ふっかけたらその瞬間逮捕されるぞ?」
クロムの部下も、そして俺も戦いを止めようと二人を引き留める。
だが一体何が彼女達の闘争心を高めているのか、二人はまるで俺達の話を聞こうとはしなかった。
「シショー、そこどいてな。コイツはアタシとクロムの戦いだ」
「貴様ら止めるな! 騎士たる者、決闘を申し込まれたなら引き受けるべし! それが掟だ!」
最早止めることなどできない。俺は諦めて、カルファの肩から降りようとした。
しかしその時だった。
「二人とも! いい加減にして!」
商店から叫び声が聞こえてきた。その声は、俺達の言うことを聞こうとしなかった二人を引き留める。
振り返ると、二人はすぐに武器を退いて驚いた表情を見せた。
「り、リーベ⁉」
「リーベちゃん⁉」
リーベは頬をぷっくりと膨らませ、カルファとクロムを睨んでいた。
首に白い包帯のようなものを巻いている。外でドンパチしていた間に、治療したようだ。
「二人とも、また喧嘩して! 少しは大人げないとは思わないの!」
普段の大人しい印象とは打って変わって、リーベは二人を叱る。
相手はあくまでリーベの保護者と、この国の騎士団長様だ。そんな二人を相手に、ここまで強く出られるとは……。
「それにクロムさんは団長さんでしょう? 部下の人達の迷惑になることくらい想像付くでしょ!」
「いやもう……はい、おっしゃる通りです」
しかもリーベに言い負かされて、二人とも正座までさせられている。
いやしかし、これに関しては二人が悪い。リーベの言うことが百正しい。
だが説教の途中、リーベは突然ふらりとよろけ出し、その場にへたり込んでしまった。
「っ! リーベ!」
血相を変え、カルファは慌ててリーベのもとに駆け寄る。
見ればリーベの脚はガクガクと震えており、少々息が荒くなっていた。
無理もない。強盗に襲われた上に首を傷付けられたのだ。
カルファが助けに来てくれたとはいえ、その恐怖が完全に消え去ることはない。
「お前達! いつまでそこに群がっているのだ! 今よりこの商店一帯は調査のため封鎖する!」
その間、クロムは後ろを振り返り、商店前に残っていた野次馬達を払う。
すると野次馬達は素直に言うことを聞き、続々とその場から立ち去った。
先程まで騒々しかった商店の周辺が、一瞬にして静かになる。
そして次に、赤い髪を靡かせながら兵士達を振り返り、的確な指示を送った。
「A班は気絶した強盗を拘束した後、牢へ連れて行け! B班はここ周辺の調査! そしてC班は部外者が入らないよう周囲の見張りを頼む!」
すると兵士達は早速クロムに敬礼を送り、それぞれ行動に移った。
先程の大人げない印象からは想像もつかない。やる時にはやる、カリスマ性を感じる。
「リーベ、アンタ本当に大丈夫かい?」
「う、うん。ちょっと、足が竦んじゃっただけだから。カルファ、それにナゴ助もありがとう」
リーベは言って、柔らかい笑顔を見せた。
とても不安で、心細かっただろうに。彼女の笑顔を見るだけで、不思議と心が浄化される。
「全く。それじゃ、とっととアタシらもずらかるか!」
カルファは言いながら、リーベに背中を向けた。おんぶでカフェに帰るようだ。
がしかし、背後から真っ赤な視線が突き刺さる。
「おっと待ちたまえキミ達。お忙しい所大変申し訳ないのだが、重要参考人であるキミ達をそのまま帰すワケには行かないなぁ」
クロムが家に帰すことを許さなかった。
まあ、そうなるよね。
***
強盗騒動からすぐ、俺達は重要参考人として捕まってしまった。
被害者であるリーベ。強盗を完膚なきまでに蹴り潰したカルファの二人。
猫である俺は関係ないのか、この事情聴取の対象外。しかしリーベ達の飼い猫ということで、何とか同席できた。
「いやあカルファちゃん、本当にありがとうねぇ。お陰で助かったよォ」
店主のオヤジはそう言って、リーベ達3人にお茶を出す。
カルファが店を守ってくれたお礼をしたいと、オヤジさんが事情聴取の場として店の談話室を貸してくれたのだ。
「大袈裟だっておじちゃん。むしろお礼を言うのはアタシの方だ、リーベのこと匿ってくれてありがとな」
ついさっきあんな騒動があったばかり(その騒動の中心に、カルファが乱入したような気もするが)だと言うのに、とてつもない余裕をかますカルファ。
なんとも調子が狂う……。
「それじゃ、話合いが終わったら教えてな」
店主は歯の抜けた口をニッと見せるように笑い、談話室を後にした。
カルファは元気よく手を振って、店主を見送る。いい大人が子供みたいな仕草をするのは、どこかシュールだ。
「カルファ、これから事情聴取をするんだ。少しは緊張感というものを持ったらどうなんだ?」
と、クロムはため息交じりに訊く。
「ヘン、緊張なんてしたら変な誘導尋問されてアタシが悪者にされそうだから嫌だね!」
対してカルファは唇を尖らせ、捻くれた子供のように言葉を返す。
そうして再び、二人の間で火花が激しく飛び散る。
まさに犬猿の仲。最初に会った時も同じような展開があったような気がするのだが、この二人は一体……
「なあリーベ、この二人はどういう?」
テーブルに飛び乗り、リーベにだけ聞こえる小声で訊く。
するとリーベはこの光景に慣れているのか、苦笑いを浮かべながら教えてくれた。
「うーんと、学生時代の友達……というよりは、ライバルみたいなものかなぁ?」
「ライバル?」
「何でも昔から事ある毎に競い合ってて、そのまま大人になって……」
今に至る、と。正直な所は、リーベでさえよく分からないらしい。
だが確かに二人の関係性を見るに、ややこしく拗れまくった間柄なのは間違いない。
「まあいい、私も暇ではないのだ」
クロムは言って、ため息を吐いた。
そうして数秒の間を開けると、真剣な眼差しをカルファに向けて訊いた。
「単刀直入に訊くがカルファ、例の男と戦った時、何かおかしな所はなかったか?」
その表情はとても凜々しく、一瞬心を射貫かれそうになる。
けれども同時に氷のように冷たい威圧感もあった。
まるで射貫いた心臓を、氷の手で鷲掴みにされたような気分だった。
悪質な誘導尋問だとか、意味不明な圧迫面接だとか、そんな極めて悪どいものではない。
だのに、あまりの緊張感に何故だか罪悪感を覚えてしまう。
心の内に“隠し事”を秘めているという罪悪感を。
これが彼女、クロム団長の武器の一つなのだろうか。
良くも悪くも、彼女の前では嘘偽りなく全てを告白したくなってしまう。
「ナゴ助、大丈夫?」
「だだだ、大丈夫だリーベ。知り合いなんだろ、怖がる必要なんてない……」
「背中、凄いことになってるけど……」
いいや違う、今日はやけに静電気が溜まる日だからこうなっているだけだ。
震えだって、単なる武者震いだ。カルファの勇ましい戦いに魅了されて、俺も何だか戦いたくなっただけだ。
決してクロムにビビビビビ、ビビっているワケではない。
「リーベ、オレハダイジョウブダカラ」
何でだろう、めちゃめちゃ胃がムカムカしてくる……。
だというのにカルファは、さっきから変わらず不動を貫いている。怯えてすらいない。
流石はライバル、この程度の圧には負けないらしい。
「……どうしたカルファ、まさか答えないつもりか?」
「いいや。実はクロムに訊きたいことがあったなあ、って思って」
「何が言いたい?」
含みを持たせたカルファの言葉に、クロムは興味深そうに目を丸める。
確かに今回暴れていた強盗には違和感があった。
いや、違和感しかなかった。
突然3メートルの巨人みたいなサイズに巨大化したり、筋肉をバネのように伸縮させたり、拳一つで商店前の地面を叩き割ったり。
魔法のある世界で言うのも難だが、あんないい加減でふざけた戦い方はどう考えてもおかしい。
「コイツを見てくれ」
そっとカルファが取り出したのは、男が倒れた時に落とした紙切れだった。
丁度紙を開く直前でお預けを食らっていた物だ。
「こ、コイツは……! カルファ、どこでこれを!」
刹那、クロムの目の色が変わった。
明らかに動揺している。その証拠に、丸く見開いた目が小刻みに震えている。
(カルファ、ソイツ、開いて、くれ)
一体何がそこまでクロムを驚かせたのか。
彼女が動揺している隙に、カルファに開くようジェスチャーで伝える。
カルファは何も言わずに肯き、そっと紙切れを開く。
果たしてそこには――
「何だ、これ? 筋力増強の魔法?」
紙切れには、魔法に関する研究記録が記されていた。
発動にはどれ程の魔力が必要なのか。発動する際のデメリットは何か。
重要なことは分かるが、それ以外の情報の殆どが昔の言語で書かれているため正直よく分からない。
だが確かにそれは、魔道書のページの一部で間違いなかった。
「強盗男がコイツを落としたんだ。で、一体何なんだコレ?」
首を傾げながら、カルファは訊いた。
「……手に入れてしまったのなら、仕方がないか」
観念したようにため息を吐くと、クロムは「ここから先の話は他言無用で頼む」と前置きをしてから言葉を紡いだ。
「実は今、我々は国王陛下直々に極秘の任務を授かっている」
「極秘任務ぅ? なんだ、裏で新しいギャングでも動き出したか?」
コキコキと指を鳴らしながら、カルファは意気揚々と訊く。もしそうなら、きっと壊滅させにでも行くのだろう。
いや、カルファは脚しか使わないだろ。拳をほぐす意味がない。
「違う」
特にツッコミも入れず、クロムはキッパリと否定した。
「結論から言えば一月ほど前、何者かによって城の書庫室から禁書が盗み出された」
「禁書? それって確か、昔の悪い賢者が残した危険な魔法が載ってる……」
禁書。その言葉を聞いて、リーベは呟くように訊いた。
するとクロムは肯き、カルファの手に入れた紙切れに視線を落とす。
「そう、その禁書が盗まれた。そしてカルファ、君が手に入れたその紙は禁書の一部だ」
チーターみたいになりたいって言ったけど、ネコになるのは聞いてませんッ! 鍵宮ファング @Kagimiya_2019
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