第13話 保護者だよ!
少女の知らせを聞いた俺とカルファは、急いで現場に急行した。
しかし白昼堂々の強盗事件、バザールには野次馬だけではなく普通の買い物客もいる。
その人だかりは尋常ではなく、皆仲良く肩を寄せ合っているかのようにも見える。
まるで一種の嫌がらせだ。
「ダメ、これじゃあ通れない……」
カルファは唇を強く噛みしめ、人の荒波を前に足を止めた。
猫の俺なら野次馬の足下を潜り抜けることができるが、しかしカルファの場合そうは行かない。
格子状に並んだ人の波。仮に潜り抜けようとしたところで、返って荒波に飲み込まれてしまい、辿り着くことはできないだろう。
「さっさと俺様の要求を飲め! 金と逃走用の馬車をよこせ! 今すぐにだ!」
耳を澄ますと、荒波の向こう側から男の怒声が響いてくる。恐らくこの声の主が、件の強盗だろう。
そしてリーベは人質にされている。
「リーベ……どうしてアンタはいつも……」
何もできない無力さに、カルファは右拳を握り込む。
男の要求は金だけなのか。後から来た俺達にその目的は分からないが、しかしそのまま放置していればリーベの身が危ないのも事実。
俺だってすぐにでも強盗を倒して、リーベを救いたい気持ちでいっぱいだ。
現状、魔法が使える今なら魔法をぶっ放して一瞬で片を付けることができる。
しかしそれを実行に移そうものなら強盗諸共、野次馬や、救出対象であるリーベを巻き込んでしまう。
そもそも見た目だけ普通の猫であるこの俺が、魔法を使う姿を大衆の面前に晒すのはよくない。
とどのつまり、どの道魔法は使えない。
かと言ってこんなチビネコ一匹、強盗相手に勝てる筈もない。
魔法のない俺は、ただの猫と変わりないのだ。使える武器は爪か牙、その二択。
「……いや」
勝ち目がないから何だ。とにかくリーベを強盗から遠ざけることができるなら、何だっていい。
俺は早速カルファの肩に飛び乗り、彼女にだけ聞こえる小声で作戦を告げた。
「ここは俺に任せろ、カルファ。野次馬の頭を踏み越えて強盗とやり合ってくる」
「やり合うってシショー、相手は強盗だぞ? 勝てる筈ないだろ」
その反応はごもっともだった。
実際、猫一匹に負けるような強盗など野次馬が総出でかかれば一瞬で倒せるだろう。そもそもそんなに弱ければ、こんな騒ぎになっていない。
だがあくまで俺の目的は強盗の討伐じゃあない。リーベを奪還すること、それだけだ。
「覚悟の上だ。それでリーベが救えるなら」
「無茶だ! そんなことして、もし死んじまったら……」
「死なねえ。リーベを一流魔法使いに育てるまでは、絶対にな」
ハッタリだった。戦ったところで、この戦いの勝率は0%。小数点1%もない大博打はおろか、大爆死は避けられない。
けれどそれでいい。
俺はカルファの制止を振り切り、野次馬達の頭を踏み越え、荒波を突破していった。
ぽん、ぽんと一列ずつ飛び越えていくその感覚は、まるで川の飛び石で遊んでいるかのようだった。昔はよく交差点の白線をそれに見立てて遊んでいたか。
この荒波の下はマグマではないが、しかし落ちたら最後、蹴り上げられる恐怖に怯えながら突き進む地獄の足地獄が待っている。
サメ(一説によるとワニでもあるらしい)を騙して彼らの頭を踏み越えていたかの「稲葉の白ウサギ」も、同じような恐怖を味わったことだろう。
そうして野次馬の波を乗り越えること十列と少し。遂に現場となった商店の姿が見えた。
見るからに立派な、不思議と冒険心の擽られる木造の商店だった。
しかし強盗男が暴れたのだろう、店の前に並んでいたリンゴの棚は崩され、無惨に転がっている。中には騒ぎの中で踏み潰されたであろうリンゴだったものが落ちている。
「頼む、コイツで勘弁してくれんか。ワシにも家族を養う金が必要なんじゃ……」
「知るかジジイ! テメェの生活とこの女、どっちが大事なんだァ?」
二メートルはある巨体で圧を放ちながら、店主と思しき老人を脅す。
その目は爛々としており、まるで話が通じない。そんな雰囲気を纏っていた。
(アイツが……っ!)
案の定、男は太い左腕でリーベの身体を拘束し、右手に持ったナイフを首元に突きつけている。
「お爺さんダメ! 私のことなんていいから、早く逃げて!」
「でもリーベちゃん、君を犠牲にしてまで助かるワケには……」
「ゴチャゴチャとうるせえなあ! 女、そんなに死にてえか!」
激昂した男はリーベを掴み上げ、ナイフの先をリーベの首元に突きつける。その最中、不幸にもリーベの首にナイフの先が当たってしまった。
幸いリーベのきめ細やかな薄皮が斬られただけだった。だが首から静かに滴った血を見た刹那、俺の中で何かが切れた。
「ぎ、ニャアアアアアアアアア!」
その間、俺の記憶が一瞬飛んだ。
気が付いた頃には、男の左腕に牙を突き立てて噛みつき、爪で無尽蔵に攻撃を続けていた。
「うおっ! な、何だっ!」
不幸中の幸いか、男は驚いた拍子にリーベを解放する。
更に暴れた拍子に俺の牙が男の腕に深く突き刺さる。
人の肉は思ったよりも柔らかいもので、牙は難なく皮膚を貫いて突き刺さった。その味は思ったよりも酸っぱく、何より男の汗臭さが勝っている。
食感はまるで輪ゴムのような弾力を持った脂身を食べているみたいで気持ち悪く、吐き気が止まらない。
恐らく二度とこんな経験はないだろうし、これから先も確実にないだろうが、人肉はあまり食に適さない。少なくとも俺の口には合わなかった。
「り、リーベちゃん! 大丈夫かい?」
「う、うん……それよりあれって、ナゴ――」
解放されたリーベは無事、店主の爺さんに保護された。そして俺の姿を見て驚いた次の瞬間――
「このっ、クソネコがぁッ!」
男の筋肉質な手に握られ、そのまま地面に叩き付けられた。
そして、勢いをそのままに怒りを込め、足を振り下ろす。
「しまっ――!」
叩き付けられた痛みで身体が言うことを聞かない。それを無理矢理回転させて、男の踏みつけ攻撃を回避する。
「ナゴ助! 来ちゃダメ! 逃げて!」
「リーベちゃん、ダメじゃ! 首の傷もある、今のうちにこっちへ!」
リーベは叫ぶ。だが店主に店の奥へと引き込まれてしまう。
いや、それでいい。リーベを男から引き離すことができたならそれでいい。
「しまった! 畜生、貴様のせいで全部台無しだ! このクソネコ風情が!」
油断していた。激怒した男の足が、俺の腹に直撃する。
「ぐっ……!」
しかも蹴り上げられた俺の身体を掴み、じわじわと首を締め付ける。
「この鬱陶しい猫っころが! 人間サマを舐めたらどうなるか、その小せえ身体にたっぷりと教えてやろう……!」
「ひ、酷い! アイツ、猫一匹相手に……」
「それにあの猫、さっきの子のペットなんだよな? 助けないと」
「でも助けたら俺達まで……」
同乗してくれるのは有り難いことだ。けれど見ず知らずの野次馬だったとしても、俺一匹なんかのために誰一人犠牲を出したくはない。
男の指が、完全に俺の首を締め付ける。猫特有の軟体性を活かしてもどうにもならない。
端から見ればネコ一匹マジになって殺そうとする醜いおっさんの姿がそこにあるんだろうなぁ。
死が近付いてきて、また訳の分らないことを考えてしまった。変な癖が付く前に早くやめておかないと。
――いや、もう次もないかもな。
こんな時に魔法さえ躊躇なく使えたら、こんな男一人簡単に倒せるんだろうけれど。
試すまでもなく、そもそも俺に人を殺すほどの覚悟はなかった。
たかが強盗されど強盗。それに強盗とはいえ人を殺しちまったら、弟子であるリーベの名を汚してしまう。
(もう……ダメ……か……)
段々と意識が遠のいて、目の前が真っ暗になる。
その時だった。
「どらぁぁぁぁぁぁ、すォォくォォをォォどゥォォけェェェ!」
どこからともなく、雄叫びにも似た声が響いてきた。
今度こそ天国か。それにしてはド派手でうるさすぎる。
「む……ぐがぁっ!」
刹那、強盗の頭にかかとが落ちてきた。
強盗はその衝撃で手を離し、俺はそのまま宙に投げ飛ばされる。
「ニャアアアアア!」
「よっと。大丈夫か、シショー」
地面にしてはやけに柔らかい感触が肌を伝う。
そして聞き覚えのある声と、シショー……まさか!
「待たせたなシショー、ナイスガッツだったぜ!」
言うと彼女はニヤリと笑みを浮かべ、俺を後ろの木箱の上に載せた。
その後ろ姿は非常に見覚えがあった。だが彼女の名を呼ぼうとしたその時、強盗が起き上がった。
かかと落としを喰らってもなおピンピンしているとは。相当タフな相手と見た。
男は頭を押さえながら、苛立った口調で叫んだ。
「テメェ、一体何モンだ……!」
「悪党に名乗る名前なんざぁねえってもんだ。だがあえて名乗らせてもらおう」
言うと彼女はスラリと伸びた右脚を上げ、両拳を握って構えながら名乗った。
「――『
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