第11話 カルファの悩み
「まあ、そういうわけでな。リーベは口下手なもんでさ。けど、アンタが変わりに喋ってくれるってんなら、少しは店も賑やかになるってもんだ」
なるほど、確かについさっき、リーベは一言も喋ろうとしていなかった。と言うよりは、喋るよりも業務に集中していた。
それはいいことだと、俺はそう思っているがしかし、カルファは業務は勿論コミュニケーションも大事にしているようだ。
俺自身、元々喋るのが好きなワケでもなかったし、学校では所謂〈コミュ障〉と呼ばれる部類の人間だった。喋ったとしても、せいぜい「分かりません」と答えたり、教科書の音読をする程度。後は……強いて言うのなら、誰にでも分け隔て無く会話をしてくれるような、委員長的なポジションにいた女の子くらいだろうか。
「ありがとね、ナゴ助。私ってばほら、あまり上手く話せないから……」
「心配ない。俺もそこまで口が上手いワケじゃないが、まあこれも修行の一環だ。慣れるまではサポートしてやる」
一体これが何の修行になるのか、それはむしろ俺が聞きたい。
だが実際問題、社会ではコミュニケーション能力が一番大事だという大人も一定数くらいには存在する。
まあ、しかし、社会に出ることなく死んでしまった俺が社会を語っても説得力がないだろう。それに、この異世界が俺が暮らしていた世界のような社会なのか、それすら不明である。
けれども、コミュニケーションというものは少なからず大事だと思う。それに、幸か不幸か、今の俺の声は女の子のような高い声になっている。
一応猫としての性別はオスだが、まあ冷静に考えて猫が喋るわけがないので、ここはリーベの腹話術ということにしておこう。
「それじゃあナゴ助、次はリーベとアンタでお客さんのお悩み相談、やってみな」
「相談って、ウチはカフェだろ?」
「そのはずなんだがね、なんでかなぁ、気付けば街のお悩み相談室って感じになっちまってさ。そりゃあまあ、アタシの淹れるコーヒー飲みに来る客も勿論いるけどさ。何でも、教会で懺悔しにくいお悩みがよく来るもんで」
先代からの伝統さ。カルファはそう言いながら、やれやれと首を揉む。
だが確かに、カルファの対応力には見習うものがある。
先代――ジェーンが別れ際に言っていた「史上最悪のこと」。その情報を得るためには、この国に暮らす人達から情報を得た方がいい。
それに、教会で懺悔しにくいお悩みともなれば、本職の自警団でも対応しきれないことへの嘆きを聞くこともできる。
よく言えば〈人間らしさ〉。悪く言えば、ストーカー紛いの行為だ。
だがしかし、俺としてもリーベもそうだが、この国で情報を集めなければどうすることも出来ないワケで……これはもう、人助けの一環だと割り切っておいた方が得策だろう。
そう、これは人助けなんだと言い聞かせる様に心の中で自分自身へと呟くと、俺はまるで納得させたかのようにこくりと首を縦に振り、
「それで、次のお客さんは……?」
とカルファを振り返る。
「……来ないな。そういや今日、あんま人来ない日だったわ」
お気楽そうに笑いながら、カルファはやれやれと首を揉んでいた。
この店の収入源は一体なんなのか、俺は思わずそう聞きたくなったが、ぐっとこらえた。
「あっ、そういえばリーベ。アンタってアーモンドミルク買ってきてくれたっけ?」
その時、カルファは棚を見ながらそう言った。
「……あっ! しまったぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして、リーベは重大なことを思い出したようで、頭を抱えながら立ち上がった。
その叫び声は午前中とは思えないほど大きく、しかも俺の耳元で叫ばれたものだから、キーンと鼓膜が震える音がする。
「ごめんカルファ、す、すぐに行ってくるっ!」
「お、おい焦るなよリーベ。そんな焦ったらお前、また転ん――」
カルファが警告した次の瞬間――
「ひゃあっ!」
――ガシャーン!
派手に顔から転び、手に持っていた皿を割ってしまった。
「リーベ! ったく、だから気を付けろっていつも言ってるのに。ほら、怪我はないか?」
「ご、ごめんなさい……マスター……」
「全く、いつも慌てるなって言ってるだろ。ほら、大丈夫か?」
「はい……」
今にも消え入りそうな声で、リーベは俯きながら言う。
その横顔は、いつも元気いっぱいのリーベからは想像できないほど酷く落ち込んだ様子だ。
何だか、見ているこっちが心が痛んでしまいそうな程だ。
だがしかし、そんなリーベを叱るカルファの様子は、まるで母親のような……いや、どちらかというと手のかかる妹を持った姉のような様子に見える。
「ほら、あとちょっとで昼になる。コイツはアタシとナゴ助で片付けとくから、あまり慌てねえようにな」
「えっ、俺も片付けるのか!?」
「これから猫の手も借りたいほど忙しくなるからな」
カルファは言いながら、床に散乱した皿の破片を片付け始める。
リーベは彼女の背中を見つめた後、
「そ、それじゃあ、行って来ます……」
と元気なく言ってからカフェを後にした。
まるで嵐が過ぎ去ったかのように、静寂が部屋の片隅にまで行き渡る。
最早「しーん……」という擬音すらも押し殺してしまうほど、圧倒的な静寂。
「アタシも、まだまだだな」
そんな静寂を破ったのは、カルファの独り言だった。
カルファは割れた皿の破片を見つめながら、ぽつりとそう呟いた。
「……まだまだって、何がだ?」
何だか深く背負っているような感じがしたので、つい彼女の独り言に返事をする。すると、
「わぁっ! ってナゴ助、お前居たのか」
ビックリされてしまった。一応はこの店の癒やし担当だというのに、忘れるなんて酷いぜ。
いや、自分で癒し担当というのもなんというか、気恥ずかしいものだが。
「居たも何も、ついさっき腹話術の話してただろうが」
「そういえばそうだったな」
カルファはそう言うと、へへ、と静かに笑って見せた。今朝のカルファなら「ハッハッハ!」と大声で笑っていそうなものだが、今の彼女はと言えば、全くと言っていいほど元気がない。
どうやら一人の時には静かになるタイプなのだろう。
「ああいや、別にアタシ一人の時もうるさいぞ?」
「モノローグにまで入ってきた!?」
「別にそんなんじゃあねえって、けどアンタが考えてることは、なんとなくお見通しだよ?」
なんということだ。まさかそこまで覗かれているとは。
心を丸裸にされて、まるで自分の全裸姿を見られているような気分になる。
いや、猫だし元々全裸なようなものだけども。
「なんてな、アタシの上質なジョークだよ」
「自分で上質とか言うなよ。それで中の下くらいには落ちたぞ」
「アタシとしては、上手に言ったつもりなんだけどなぁ?」
「だったら尚更だ、自信があるのは、そりゃあいいことだけど」
「ほんと、アンタって面白いな。まるで中に人間でも入ってるみたいだ」
刹那、図星を突かれた俺の口は、「ぐっ」という声と共に閉じた。
無論、俺は現在、転生したとはいえ元々は人間だった。中身が人間とか以前に、元・人間だ。
そのせいか、カルファは俺の方を、じっと細くした眼で見つめてくる。
「…………」
「むむむ……」
「…………!!」
「なーんて、これもアタシの上質なジョークだよ」
「だからまた、天丼ネタはもう少し行数伸ばしてから使え! まだ一話のうちだぞ?」
全く、彼女のジョークセンスはどうなっているんだ。俺としたら全く笑えるような内容じゃあない。
因みに補足すると、天丼とは同じネタを使い回すことを意味する。語源は諸説あるが、天丼のように同じネタが盛りだくさんになっている様子と、ボケのネタを重ねたことから始まったとか。
閑話休題。
「で、カルファ、何か悩みとかあるのか?」
このままでは話が進まないので、単刀直入に訊く。
するとカルファはニヤリと笑みを浮かべながら答えた。
「まあ、アタシもいろいろね。まさか、ナゴ助が訊いてくれるってのかい?」
「参考になるかは分からねえけど、話してみろよ。俺だって、一応はここの癒やし担当だし」
「言うねえアンタも。まあいいや、じゃあちょっとアタシの昔話にでも付き合ってくれや」
カルファはそう言って、カウンター席に腰をかけてから語り始めた。
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