第10話 カルファという姉貴

 王都エルメス。この世界の東に位置する大陸に築かれたこの国は、魔法が盛んな国である。


 その起源は古く2万年前からあるといい、皇宮の『禁書の間』には今もかつての魔術書が封印されているという。


 そんなエルメスは、東西南北、そして中央の5つのエリアで構成され、カフェ『あまるがむ』は中央街の中心――噴水広場の付近にある。


 そして今、あまるがむは開店した。


「おっ、いらっしゃい!」


 入り口の掛札をひっくり返して早速、甲冑を纏った男が来店してきた。


 白銀色の鎧をカシャカシャと鳴らし、まるでバイクのヘルメットを取るように、ゆっくりと脱ぐ。


 中から現れた顔は、清涼感のある男の顔だった。イギリス系だろうか、青い瞳がとても印象に残る。

 

「マスター、聞きました? つい先日、森でガルーダの死体が発見されたそうですよ? ボクは管轄じゃなかったのでいいですが、同期は朝からたたき起こされて早速調査だもんで、愚痴ってましたよ」


「へぇ、そいつは大変だなぁ。でもまあ、アンタたちのお陰で、今の平和な日々があるってもんだよ」


「アハハ、ソイツは僕らも頑張って精進する次第であります」


「おうよ! なんなら、このアタシが出たっていいんだぜ?」


 言うとカルファは膝を突き出し、カンフーをしているようなポーズを取った。


 どうやら、街を守るために、カルファも出向こうとしているらしい。


「いやいやいや、マスターはダメっすよ! 相手殺しちゃいます! ボク嫌っすよ、マスターのこと裁くの!」


「なんて、冗談に決まってんだろ。てか、アタシを何だと思ってんだ」


 これが朝っぱらのやり取り、お隣さん同士の世間話というものなのだろうか。


 とても殺伐としている。


 そんな店の様子を、俺はカウンターの右端――二階階段側で見守っていた。


『ナゴ助、お前は今日から看板猫だ!』


 そのまま寝るつもりが、カルファに呼び止められ、ここで客を癒やすよう言われている。


 と、早速鎧の青年が俺に気付くと、


「おお、この子が店の前に出てた猫っすか? へぇ、可愛いなぁ」


 カウンター席に座り、そっと俺の背中をさする。

 

「えと、この子は、ナゴ助って……言います」


「ほらリーベ、声が小さいぞ~」


「な、ナゴ助って言います!」


 カルファが煽るように言うと、リーベは必死に声を張り上げた。


 恥ずかしいのか、それとも人見知りなのか、リーベはずっと俯いてビクビクしている。借りてきた猫ならぬ、借りてきた小動物のようだ。


 それでも元気に言えたリーベを褒めるように、俺は小さく鳴いた。


「ニャー」


 普段の猫の声が女の子のような高い声だからか、普通に猫っぽく鳴けることは、昨日発見した。


 いや、そもそも今の俺は猫だから、普通は喋らないのだが。


 そんな会話をしていると、鎧の青年はコーヒーを注文して、


「それより聞いてくださいよマスタ~」


「んだよ、相談事か?」


 カウンターの前で倒れて溶けた。


 その様は漫画やドラマでしか見たことのない光景だが、バーで飲んだくれるサラリーマンに近かった。


 今にも、「ウチの上司がさ~」とか「もうやってらんねえよ~」と泣き言を言い出しそうだが、今は朝だ。早朝9時。


 しつこいと思われるが、今は朝である。そして、ここはバーではなく、ただのカフェだ。


 しかしカルファはニヤリと笑みを浮かべ、青年に耳を傾ける。


「俺……勇気が出せないんです……!」


「勇気ぃ?」


「はい。実は僕の上司――団長に、こ、こ、恋を……しちゃいまして」


「団長ってーと、モニカちゃんか?」


 カルファの問いに、青年はゆっくりと首を縦に振る。


 上司に関する悩み事かと思いきや、上司に恋をしていると来たか。これはこれで、なんとも気まずい相談だ。

 

「んなもん、そのまま思いを伝えちまえばいいのに」


「ダメっすよ流石に! それにモニカ団長ってほら、清廉潔白っていうか、品行方正、八方美人、怪力豪傑、完全無欠の大集結……」


 最後はなんか違う気もするが?


「とにかく、彼女は高嶺の花なんです! 俺みたいな一般の見張り兵ごときが告白できるような相手じゃあ――」


「アッハッハ! んだよそりゃあ情けねぇの」


 カルファは腰に手を充てながら、ケラケラと笑う。


 しかしただバカにするワケではなく、とても楽しそうに聞いている。

 

 異性同士ではあるが、これがいわゆる『恋バナ』というものなのだろう。


 恋バナ。修学旅行とかで、女子が夜遅くに行うといわれる伝説の儀式。


 そこで名前の挙った男は、今後よくなるとか、ならないとか。


 どちらにせよ、俺には無縁の話である。


「とりあえず当たって砕けてみろよ。もしダメだったら慰めてやるから」


「砕けちゃダメっすよ! だからこうして相談してるんじゃあないっすか!」


「じゃあ、骨くらいは拾ってやる」


「それ僕死んでませんか⁉」


 そんな様子を見守っていたリーベは、クスクスと小さく笑いながら、カウンターにコーヒーを置いた。


「お待たせしました、コーヒー……です」


「おっ、ありがとうねリーベちゃん。それで、リーベちゃんはどう思う?」


「えっ、わ、私ですか⁉」


 突然話題を振られ、硬直するリーベ。青年は彼女の助言も欲しいのか、ブンブンと首を縦に振っている。


 困り果てたリーベは、俺に助けを求め視線を送る。


 いや、俺としてもどうしたらいいか分からないから、助けてくれと念じられても……

 

(仕方ない)


『最初になにか世間話、したらどうだ?』


「えっ、猫が喋った?」


『いいや。腹話術って奴だ。人見知りで、あんま喋れないから、オレを通して話してみた』


 このままじゃリーベの思考が宇宙へ旅立ってしまいそうだったので、リーベが腹話術をしているという体で喋ってみる。


 昨日の件もあってリスキーな行動だったが、頼むリーベ、話を会わせてくれ。


 そう視線を送ると、リーベに通じたのか、


「あ、あ~。そうなんです。ささ、最近魔法を学ぶうちに腹話術のスキルも身につけちゃたみたいで、こういうのもいいかなって、やってみたんですよ~!」


 ダメだこりゃ。


 誤魔化したものの、緊張しているのと誤魔化しが下手くそなために、めっちゃ怪しくなってしまった。


 青年も怪しむような目でリーベを見つめている。


 だが、ここでカルファが助け船を出してくれた。


「凄いじゃないかリーベ! いつの間にこんな隠し芸習得したんだよ! なあ、もっと聞かせてくれよ」


「え、ええっ?」


『あー、あー、どうもお兄さん! ボク、ナゴ助!』


 なんとかチューニングしているように言ってから、腹話術っぽく話してみる。


 すると青年は子供のように目を輝かせ、俺の方を見つめた。どうやら俺の決断に、彼の恋の行方が掛かっているらしい。


『カルファの言った通りだ。男なら、まずは当たって砕けてみろよ』


「あ、コイツアタシの言葉丸パクリしやがった! 猫のくせに生意気だぞ~?」


「そうですよ。まずは声をかけてみて、アタックするんです! きっと、上手く行きます! 多分、恐らく……」


 最後の最後で自信をなくすな。


 でも青年にはそれがよかったらしい。


 リーベの言葉を受けながら、自信がついてきたのか、青年は立ち上がった。


「ありがとう、俺、当たって砕けて来ますッ! 待ってろモニカ団長ッ!」


 そして気合い付けにコーヒーを一気飲みすると、お代の硬貨を置いて出て行った。


 その目にはメラメラと燃えたぎる愛の炎を灯しており、そこにさっきまでのヘタレな心はなかった。


 カルファは意気揚々と街に躍り出る青年を見届けて、手を振る。


「こんど結果教えろよな~!」


 これで一人目の悩みが解決した、のだろうか。


 青年が立ち去ると、カルファは俺の方を向いた。その表情はやはり、強張っていた。


「ナゴ助お前……」


「あっ、やっぱりダメでした?」


 リーベを助けるとはいえ、喋ってしまったのがいけなかったのだろうか。


 確かに腹話術以外にも、何か方法があったはず。しかも余計にリーベを困らせてしまった。

 

「凄いじゃあないか! もしかして、お前天才か?」


「……へ?」

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