第9話 カフェ「あまるがむ」

「それで、慌ててうちに帰ってきたわけねぇ。ハッハッハ!」


 カルファはそう言いながら、腰に手を当ててケラケラと笑う。


 俺からしたら全く笑えないことではあるが、彼女にはめちゃくちゃにウケた話らしい。


 ここは中央街にあるカフェ。またの名を「あまるがむ」という。


 何を隠そう、ここがリーベの家なのだ。


 そしてカウンターにいる黒髪ロングがよく似合う、男勝りな長身セクシー担当の彼女がここのマスターである「カルファ」だ。


「だって、火の玉が変な所に飛んでっちゃって……」


「本当は、リーベがまたドジっただけじゃあないのか?」


「ちち、違うもん! あれは、偶然って言うか……ごめんなさい」


 言い訳したそうに口ごもっていたが、リーベは素直に謝った。


 素直に謝る誠実さは素晴らしいが、いやしかし、俺は別にこの件について怒ってはいない。尻尾がめっちゃ熱かったけど。


 それよりも、何故彼女の魔法がここまで貧弱であるのか。それが疑問だった。


 見たところ、魔法陣を描く能力はとても高い。それに魔力の流れだって良かった。


 その証拠に、魔法陣は炎の力に呼応するように赤くなっていた。


 問題は“なぜ出てくる魔法がしょぼいのか”だ。


 ガルーダと戦った時も、発動はしたものの、その大きさはBB弾程度だった。


 あの時は粉塵爆発を引き起こす火種として使ったから、まるで強力な魔法を放ったように見えたが、あれがなければ〈虫に刺されたか〉と思う程度の威力にしかならないだろう。


 いや炎のBB弾という時点で相当痛いだろうし嫌だけど。


 閑話休題。


「とにかく、まずはリーベの魔法学に何が足りないのか。そこからかな」


「ふーん。ネコが師匠になるとか嘘っぽかったけど、案外マジっぽいじゃない」


 カルファは言いながら、俺の前に猫用のエサを用意する。


「ほら、アタシ特製の猫エサだ。食ってみろ」


 なぜ猫用のエサ皿があるのか知らないが、そこにはクッキーやビスケットのような小粒のドライフード――いわゆる〈カリカリ〉が並々に盛られている。


 猫だから別に食べたところで問題はないのだが、元々が人間だったので、少し食べるのに躊躇してしまう。


 そりゃあ、ペット用のお菓子を食べる人は世界数十億といればかなりいるし、ネットで検索すれば、「○○食べてみた!」という動画やブログがヒットするだろう。


 しかし、しかしだ。


 俺は猫を飼ったこともなければ、試食の機会があったとしても、まず食べてみようと思う、命知らずなチャレンジャーではなかった。


 とどのつまり、食べるのが怖いのだ!


「どうしたのナゴ助、食べないの?」


「おいおいマジか? アタシ、丹精込めて作ったんだけどなぁ」


 リーベの心配、カルファの一言。二人からの熱い視線……


 躊躇して一秒、また一秒と過ぎていく度に、それがグサグサと体に刺さっていく。


 てか、丹精込めて作った発言はどう考えても最強カードだろ。


 いや、もちろん俺のために作ってくれたことは、感謝してもしきれないけど。


 それに紅咲の男たる者、出してくれた飯は残さず食うもの。


 時代錯誤も甚だしいが、俺という猫は、武士道精神を持って生きている。


(ええいままよ、いただきますっ!)


 勇気を振り絞り、皿に顔を突っ込むようにして、食べる。


 食べる。

 

 食べまくる。


 カリカリの粒を舌で絡め取り、歯で音を立てながら噛み潰す。


 その瞬間、口の中いっぱいに――うま味が広がった。


「う、う……美味いッ!」


 俺の味覚が猫に変わったからか、口いっぱいに塩魚のような海の幸を思わせる味が広がる。


 その後から追いかけるように、野菜だしのようなうま味成分がやって来る。

 

 そして、一番奥からやって来るのは、肉ッ!


 これが謎肉――大豆ミートか、はたまた鶏肉なのか、そこまで判別はできない。


 しかし、確かに最後には肉の味がやって来る。


 壱着魚、弐着目に野菜だし、参着目に追い上げてくるのは肉ッ!


 それらはカリカリを口に運ぶ度に、何周、何十周と口の中を駆け回る。


 これは、これこそまさに、〈味のOK牧場〉ッ!


 俺が三つ星の審査員なら、満点星三つ、いや、六つ、おまけに肉球スタンプとナゴ助撫で撫での権利一年分を贈呈してもいい。


 ……流石に過言だった。


「ほぉ、そんなにうまいかナゴ助?」


「ああ、超超、超絶品だぜ! リーベも食うか?」


 こんなに美味いモノ、食べないなんて勿体ない!


 すっかり手に平を返し、カリカリの虜となった俺は、リーベたちに勧める。


 しかし、当然ながら――


「あー……。私は、いいかな」


「同じく。アタシはあんま美味しいと思わなかったし」


「ですよねー」


 遠慮された。というか、カルファは食ったことがあるのかよ!


 だが確かに、人間と猫の味覚は大きく違う。


 俺が美味いと思っても、人間からしてみれば美味しくないかもしれない。


 実際、猫にはあまり味覚がないという話がある。


 かの大好物である〈チュール〉も、あまり味をわかっていないらしい。


 だが俺にこれほど、恐ろしい味覚を持っているのか。


 それは分からないが、きっと元人間故、なにかしらバグが起きた結果なのだろう。


 今は、そういうことにしておこう。


 閑話休題。


 リーベと仲良く朝食を摂っていると、リーベはふと、サンドイッチに齧り付きながら、「んっ」と声を漏らした。


「そういえばカルファ」


「どした、リーベ?」


「なんで、ナゴ助が来たばっかりなのにこんなに準備が整ってるの?」


 そういえば、確かにそうだ。


 俺がここのペットになったのは、つい昨日のこと。というか、まだ12時間も経っていない。


 だのに、目の前にあるのは猫用の皿。ご丁寧にネコちゃんマークが底についている。


 そして、めちゃくちゃに美味いカリカリ。事前に用意していたにしても、用意周到がすぎる。


 ご都合展開が一章の時点からちらほら見えていた気もしなくはないが、流石にこれは待ったが入る。


「なあ、カルファ? なんでこんなに、用意できたんだ?」


 禁断の話題に触れるように、俺は恐る恐る訊いた。


 するとカルファは――


「アッハッハ!」


 笑った。記憶を抹消するでもなく、首をへし折って強制的に物語を終わらせるワケでもなく、そして誤魔化すつもりもなく、高らかに笑った。


「先代が色々準備してたのを、昨日思い出したんだよ」


「先代? っていうと、マスターが?」


「ああ。あの人、いつも何考えてっかよく分かんない人だったけど、まだリーベが来る少し前に――」


『いつか突然猫を飼うようになったとき、ネコちゃんが困らないように』


「って、なぜかカリカリの作り方を教えてくれてさ。なんでも、預言で将来猫を飼うかも、とか」


「なんというか、いい加減だなぁ」


 予言にしても、そこまでするかね……。


 だがしかし、そのいい加減な先代マスターの予言のお陰で、こうして美味い飯に巡り会えたんだし、まあ詮索は今度しよう。


「へぇ。マスターが。確かに、あの人ならやりそう」


「おーい、先代を知らない俺が取り残されてるぜ~」


 先代先代と、俺の知らない人の名前が出て来ているが、そもそも『先代マスター』とは誰なのだろうか?


「で、誰なんだよその先代ってのは。今、どこにいるんだ?」


「知らん」


 キッパリと即答された。だが、カルファの口ぶりからして、死んでいないのだろう。


 するとカルファは、不思議そうに見つめる俺の方を向きながら、言葉を紡いだ。


「突然『時が来てしまった……ッ!』とか言い出したっきり、一年は帰って来てないな。巷じゃ、多額の借金を返すために凶獣狩りに駆り出された、とか」


 何だそのマグロ漁船のような奴は。しかも言い方がやけに中二病っぽい。


 それに関しては、俺も人のことは言えないけど。


 しかし記憶喪失の女の子に、サバサバ系のアネゴ、喋る大魔道士の猫。そして消息不明の先代マスター……。


 これから先、まともに物語が進んでいくのだろうか。


 そんな一抹の不安を抱えながら、ついに時が来た。カフェ『あまるがむ』開店の時が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る