第6話 一人と一匹、併せて一つ。 ~VSガルーダ3~

「うおおおおおおっ!」


 骨に響く痛みを堪えながら、ガルーダの攻撃を誘導する。

 ガルーダは俺を狙い、何度も拳を振り下ろす。だがその拳は全て外れ、大木に直撃する。

 その度に木片が更に降り積もり、戦場が広くなっていく。


「な、ナゴ助っ!」


 心配して、リーベは叫ぶ。それでも必死に、ガルーダを倒せると信じて、奴の攻撃を誘発させる。

 しかし、段々と骨への負担が強くなり、口から血が漏れる。折れた骨がどこかに突き刺さったのだろう。

 そのせいか、攻撃を避けるタイミングが遅れていく。


「うっ!」

『小癪な、往生際の悪い……』


 何とか回避することはできたが、殴った衝撃で吹き飛んだ石が直撃した。

 痛い、とてつもなく痛い。

 しかし、ここで俺が戦闘不能になれば、ガルーダはリーベの方へ向かってしまう。


「どうしたっ……! 俺はまだ、ピンピンしているぞッ!」


 口の中に溜まった血を吐き出しつつ、ガルーダを更に煽る。

 そろそろ、体力的にも限界が来ている。だが、あと少し、あと少しの辛抱だ。

 そう自分に言い聞かせ、展開した爪で木を登る。


『おのれぇッ! グラァァァァァッ!』


 ガルーダは叫びながら、俺が登った木を殴り倒していく。俺はそれに合わせて木から木へ飛び移り、リーベのもとへと向かう。

 殴られた木は粉微塵になり、雪のように降り積もっていく。


『クソッ! コイツはもういいッ! まずは小娘、貴様から血祭りに上げてやる……』

(っ⁉ しまった、伸ばしすぎたッ!)


 痺れを切らしたガルーダはリーベの方を向き、ゆっくりと接近する。


「い、嫌……!」


 リーベは小さな木の杖を突きつけている。しかし、魔法を放つことはなく、ただその場で震えているだけだった。


「リーベッ!」


 慌てて叫ぶが、最早どうすることもできない。


(師匠になろうという男が、こんな所で、俺を信頼してくれた女の子を見殺しにするのか?)


 否。俺の目的は、リーベが大事にしていたもの――ペンダントを取り返すこと。そして、リーベ本人を助け、街に帰ること。

 たとえその確率が、〈年末宝くじ一等〉だとか、ルーレットの1点ベットを31連続で当てるような、気の遠くなる確率だろうと――


「んなもん、関係ねぇッ!」


 俺は咄嗟に、持っていたペンダントを咥え、ガルーダに投げた。

 それは奴の頭に直撃し、ゆっくりとこちらを向いた。


『……?』

「そんなに欲しいなら、ソイツはくれてやるよッ!」

『貴様……我をコケにするかッ!』


 言うと俺は木から飛び降り、リーベの元へ向かった。

 しかし、ガルーダは激怒しているようで、俺に向かって拳を振り下ろす。


「させるかッ! 《メガ・ウィンド》ッ!」


 ガルーダが拳を振り下ろした直後、俺は咄嗟に風魔法を放つ。

 すると、魔法陣から竜巻のようなものが現れ、木片の雪と共にガルーダを包み込んだ。

 だが、ガルーダは風の拘束にはビクともしていない。せいぜい、木片の吹雪で煙に巻いた程度だった。


「嘘……ナゴ助の魔法を持ってしても……?」

「いいや、これでいい。リーベ、作戦開始だ」


 あの中にはまだ、さっき投げたペンダントがある。しかし、カラスを倒した時、あのペンダントは無事だった。

 まさかこうなろうと予想していなかったが、無事にプランAを遂行できる。

 

「リーベ、あそこに炎魔法を打ち込むんだ」

「えっ、わ、私っ⁉」


 突然の指示に、リーベは驚いた表情をして、俺の方を向いた。


「ああ。リーベ、君ならできると信じている」

「で、でも私、魔法は全然――」

「マッチの火くらいだろうと、何だっていい。俺を信じるんだ、勇気を出すんだッ!」


 少し語気が強くなってしまった。

 だが、リーベは俺の覚悟を汲み取ってくれたようで、静かに肯いた。

 そして、その覚悟を持って、ガルーダを包み込む木片のドームを見据える。

 未だにガルーダは、やけに白い木片の渦に包まれている。

 そこへ向けて、リーベは杖の先を突きつけ、魔力を集中させる。


「炎天にうたえ、聖なる光の如く。炎の舞台にて、奇跡に芽生えん」


 リーベは詠唱を始めた。口を動かしている間、彼女の杖が赤く光る。

 やがてその光は炎のように強い輝きとなり、その光で魔法陣を描く。

 その動きは、俺の素人目からでも分かるほど繊細で、ブレは一つもない。まさに完璧な動きだった。

 更に、それに呼応するように、木片の渦の中に閉じ込められたペンダントが光る。


「今だッ! リーベッ、撃てッ!」

「はいッ!」


 リーベは叫びながら、魔法陣の中心、その一点に魔力を集中させる。

 やがて魔力は火球へと変わり、少しずつ大きくなっていく。


「ガルーダさん、お覚悟をッ! 燃え上がれ、《フレア》ッ!」


 そう叫ぶと同時に、火球が飛び出す。

 その大きさはまるで、エアガンのBB弾程度。

 炎魔法というには、何とも小さすぎるものだった。

 しかしその分射程距離は長く、ガルーダの方へと飛んでいく。そして木片の雪と接触した瞬間――


 ――ドォォォォォォンッ!


 突然、炎が伝染し、爆発が巻き起こる。

 ガルーダは激しい炎に焼かれ、雄叫びにも似た断末魔を上げる。


『ウガアアアアアアアッ!』


 俺が狙っていたこと。それは――粉塵爆発である。


「ナゴ助、これって……」

「粉塵爆発だ。木片は非常に燃えやすいからな、少しでも火の粉があれば、炎が伝染して爆発のようになるってもんだ」

「まさかナゴ助、それを狙って……? すす、凄い! 凄いよナゴ助、さすが私の師匠ね!」

「おお、おう! 知恵の勝利って奴だ」


 学校の理科で学んだ知識の見様見真似でしかなかったから、殆ど賭けだった。だが、木片でもそれが可能らしい。

 当然、よい子は真似をしてはいけない。

 それはそうと、気付けば炎は完全に消え、辺りに煤の雪が降り注ぎ、森に静寂が走る。


「リーベ、ごめん。大事なペンダントを、あんなことに使って……」


 静寂を破ったのは、俺の謝罪だった。

 あの時、もっとよく考えていれば、もっといい案が思い浮かんだかもしれないのに、俺はリーベのペンダントを投げた。

 大事なものだと知っていながら、あんなことに。

 今になって自己嫌悪に陥るのは、俺の悪い癖だ。許してくれるはずもない。


「ううん。ナゴ助のお陰で、私助かったんだもの。それにあの鳥さんだってほら」


 顔を上げてみると、そこには気絶したガルーダと、未だに赤く光るペンダントが転がっている光景が見えた。


「リーベ、怒らないのか……?」

「あ、そうだ! もう、勝手に弟子を置いて森に入るなんて、ダメじゃないの! もう!」

「そっち⁉ ぺ、ペンダントは?」

「それはだって、ネムちゃんから奪い返せなかった私のせいでもあるし……それに、もしこれでナゴ助も死んだら……」


 なんなんだこの子は。優しいにもほどがある。

 仮にも俺は、あなたの大切なものを、敵を引きつけるための石ころとして扱ったんだぞ?

 しかしリーベは優しい笑顔で、しかし目に涙を浮かべながら、俺を抱きしめた。


「無事で良かった、ナゴ助……」


 初めてだった。こうして、誰かに感謝をされることが。

 俺のために、涙を流してくれる人がいることが。


「リーベ……」


 そんな時、ふと違和感を覚えた。


 ――「ナゴ助」って、何だ?


「なあリーベ、ナゴ助って? まさか……」

「そうそう、ずっと『ネコさん』って呼ぶのもなんか違う気がして。咄嗟に思いついたのが――」

「ナゴ助、ってワケね」


 そこはもう少し「チョコ」とか「タマ」とか、それこそ「クロ」とかあっただろうに。

 いやいや、流石にクロは……なんか嫌だ。

 しかしナゴ助、なんともユニークな名前だ。気に入った。


「そうだな。じゃあ、俺は今日からナゴ助だ」

「うそ、本当にいいの?」

「ああ、名前は生まれて初めて貰うプレゼントって言うからな。俺も、リーベのお陰で生まれ変われたってもんよ」


 事実、俺はこうして猫に転生、生まれ変わってしまった。そしてこの闘いで、確かに俺の心は成長した。

 それも全て、リーベがいてくれたから。彼女との出会いが、俺を変えてくれた。


「よし、早く帰らないとマスターさんが心配する。ペンダントは俺が取ってくる」


 そう言ってリーベの腕から離れると、ガルーダの近くに落ちていたペンダントに近付いた。

 やはり、あの粉塵爆発の中にいたというのに、これといった傷も熱で変形した跡もない。

 あるのは金ピカのチェーンに繋がった、赤い宝石のペンダントだけ。そして、今も赤く光り輝いている。


「あった。ここまで自己主張が激しいと、探しやすくていいな」


 ガルーダも動かず、これといった脅威も見当たらない。

 俺達は、完全に勝った気でいた。しかしそれが大きな間違いであったことに気付いた頃には、もう遅かった。


『う、うぅぅ……』

「ナゴ助ッ! 後ろッ!」

「ほえ?」


 後ろを振り返るその瞬間、ガルーダの大きな手が、俺の頭上に伸びていた。

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