第4話 帳の降りた森 ~VSガルーダその1~
森の中は、思った以上に暗かった。
当然ながら右も左も、見渡す限り木、木、木……。
気付けば日は落ち、突入したときよりも更に暗くなっていく。
幸い猫になっているお陰か、暗闇の中でもよく目が冴える。しかし、あれから既に2時間以上は経過したような気がする。
それでもずっと森が続いているのだから、やはり目当てのカラスを一匹捕らえるのはまさに至難の業だろう。
いや、人間と歩幅が大きく違うから、人間の何十倍も距離があるように感じるだけか。
(思い出せ、何か手がかりがあるはずだ。リーベの、彼女のペンダントにしかない、何か特徴を――)
その時、脳裏に赤く光るものが見えた。赤い光、それが見えた瞬間、俺はハッとした。
リーベのペンダント。それにしかない特徴はまさに、暗闇の中でも赤く光っていたこと。
しかし、広大な森という入り組んだフィールドの中で一匹のカラスを探す行為自体、まず困難と言えるだろう。だが手がかりがあるのとないのとでは、その難易度は微妙に違う。
何より、あのペンダントには不思議な力が宿っている。
それが一体なんなのか、それはまだ分からないが、暗闇の中でも光るのには何かしらの仕掛けがあるはずだ。
(赤い光……。ここまで暗ければ、よく目立ちそうな気もするが……)
そうして森を探索すること数十分。完全に夜の帳が落ちた森の中で、俺はついに見つけた。
木の上に、ぽぉっと光る赤いものがあった。どうやらカラスの巣がそこにあるようだ。
「おいカラス! 大人しく出てこい! でなきゃこの森を燃やすぞッ!」
流石に森を燃やすのはハッタリだが、これでカラスを挑発することは出来たはず。
するとその時だった。
――グアアアア!
「うおっ!」
赤い光が見える方角から、闇を纏った何かが突撃してきた。言わずもがな、カラスだった。
先の挑発に乗ってくれたようだ。それも、リーベからペンダントを奪った奴と同一個体だと見ていい。
「貴様! ガルーダ様の神聖な森を燃やそうとは、良い度胸だなァ!」
ガーガーと鳴いて、カラスは言う。これが例の《対話》スキルの効果だろう、ちゃんとカラスが言っている言葉が理解出来る。
それにガルーダというのは一体何だ?
ガルーダと言えばインド神話に登場する神のことだ。まさかこの森に?
「ガルーダ? 誰だか知らんが、お前が持っていったペンダントを返してくれるなら、なにも危害を加えない!」
「断るッ! コレはオレ様が先に見つけたものだ! 貴様みたいな薄汚い野良猫にくれてやるかッ!」
「んだとテメェ! テメェの方が――」
落ち着け、落ち着くんだ俺。こんな見え透いた挑発に乗ってどうする。
立てこもり犯の交渉をする警察だって、冷静に対応をするものだ。
思い出せ、俺にはリーベのペンダントを取り返す、もっと重要な使命がある。ここで冷静さを欠いては、元も子もない。
「とにかく、ソイツは元の持ち主が大切にしてるものだ。大人しく――」
「知らん」
カラスはなんの感情を込めずに、呟くように答える。
「元の持ち主がどうしたって? そんなもの、オレ様にとっちゃあ頭の悪い人間に落とした糞と同じくらいどうでもいいね! コイツはオレ様のものと言ったらオレ様のものだ!」
「どうしても、か?」
「ああ。だがそうだなァ、どうしてもってんなら考えなくもない」
心底腹の立つ野郎だが、意外と聞き分けがいいものだ。
俺は少し感心した。しかし、カラスの性根はやはり腐っていた。
「決めたぜ! テメェのキラキラ、目ん玉二個と交換だッ!」
カラスは俺の不意をついて襲いかかってきた。野郎、初めから俺に返す気なんてなかったのだ。
再び襲いかかる爪は鋭く、的確に俺の顔面を狙ってきている。
なんとか右へ左へと回避するが、やがて木の方へ追い詰められる。やはりカラス、狡賢いと言われるだけあるな。
確かに、猫の目も暗闇で光る設計だ。しかしまさか、ソイツを狙ってくるとは狡賢いを超えて、ただの鬼畜だ。
「死ねッ! オレ様に刃向かったことを後悔しながらなァッ!」
「くそっ、こうなったら仕方ねぇ……」
このまままともに戦っていても、子猫の俺とカラス相手じゃあ勝ち目がない。
猛獣相手に全裸、錆び付いた剣1本で立ち向かうようなものだ。文字通り、〈天と地ほどの差〉がある。
だが唯一、俺には天に届くほどの力がある。それは、魔法だ。
リーベに見せた奴で一度使ったから、残り二回。
これは正当防衛。きっと自然の摂理とかでどうにかなるだろうか。
「悪いっ! 《フレア》ッ!」
命を奪う罪を覚えながら、俺は炎魔法、《フレア》を放った。
すると真っ赤に染まった魔方陣から、野球ボールサイズの火球が飛び出し、カラスに命中した。
カラスは全身に炎を纏い、苦しそうに声を荒げる。
「ぐぎゃあああ! 貴様、やりやがったなッ! タダで済むと思うなよ――」
やがてカラスは息を引き取り、こんがりと焼けて地に墜ちた。
これで、ペンダントを回収できる。
しかし不思議だった。炎の中にあったというのに、金属が全く溶けていない。それどころか、触っても熱くない。
そして何より、周囲が真っ暗闇だというのに、今もぽぉっと赤い光を放っている。
流石に只者じゃないのは素人の目でも分かる。けどコイツとリーベに、何の関係が――?
『貴様か! この森を荒らす不届き者はッ!』
考えていた刹那、恐ろしく野太い声が森中に響いた。
その声は声量一つで木々を揺らし、森を騒がせる。
そしてドシドシと力強く地面を蹴り、暗がりから何かが近付いてくる。
暗がりから見えるシルエットは、巨人のようだった。だがただの大きな人間ではない。
猛禽類のように鋭い眼を持つ頭。ムキムキに鍛え上げられた彫刻顔負けの肉体。
細くも鋭い四肢と、背中から生える天使のような鳥の羽根。その姿はまさに、鳥人間。
いや、そんな安直な名で呼ぶのが失礼なほどに、強い圧を放っていた。
「まさか、コイツが奴の言っていた……」
『我が名はこの森を統べし王、ガルーダ。我がテリトリーを荒らす不届き者は、この我が粛正してくれるわッ!』
言うと鳥巨人――ガルーダは隣に生えていた木に拳を放った。
殴られた木はその衝撃で粉々に砕け、とげとげしく攻撃的な切り株だけになる。
更に続けて、今度はもう一方の木を引っこ抜くと、俺に向かって放り投げた。
「わああああ!」
なんなんだこの化け物!
木を殴るだけで〈木っ端微塵〉にするとか、普通に大木を引っこ抜くとか、どう考えてもおかしいだろ!
一章で戦っていい相手じゃない!
俺はただひたすらに走った。逃げながら策を考える余裕もなく、ただ必死に、ひたすらに逃げた。
だって考えてもみろ。あんな筋骨隆々の肉体から放たれる拳、あんなものを喰らえば子猫なんか骨も残らずひき肉にされてしまう。
だがガルーダは道中の邪魔な木々を殴り壊しながら、執拗に追いかけてくる。
(まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい! 非情にまずい!)
そんなこと俺だって分かっている。
だが今日俺が使える魔法はあと一つ。
生き延びるには、この最後の一発に全てを賭けるしかなかった。
極大魔法? ダメだ、まだ勝手も分からないのに、そんなものを放てばどうなるか分からない。最悪、俺自身重傷を負いかねない。
ならば通常魔法?
それもダメだ。あんな筋肉だるまに《フレア》のような火の玉を当てたところで火に油でしかない。
ここは逃げて、助けが来るのを待つか?
それも不可能だ。こんな危険な場所に、野良猫一匹のため飛び込んでくる兵士がいるわけない。
まして、リーベが助けに来たとして、何も出来ず殺されるのがオチだ。
『鬼ごっこは終わりだッ! 《
ガルーダは叫ぶと、両拳を握り込み、地面を殴った。
その瞬間、一帯に激しい地震が発生し、奴の殴った場所から亀裂が走った。
亀裂は瞬く間に俺の前まで距離を詰め、やがて俺を投げ飛ばした。
「があっ!」
俺の身体は綿のように吹き飛ばされ、奥にあった木に激突する。
痛い。とても痛い。いや、痛いとかじゃあ推し量れないくらい、凄烈な痛みが走る。
骨は折れていなさそうだが、それでも骨全体にビリビリと電流のような痛みが駆け巡り、一瞬死んだ方がマシだと思ってしまう。
こういう時、RPGゲームなら回復魔法で復活するんだろうか。けど、実際にそれをしたら俺は、逃げる術を喪ってしまう。
考えろ。でないと俺は殺されて、ペンダントも返せない。
しかし、考えている間にもガルーダは木々をなぎ倒しながら近付いてくる。
(ダメだ! 全然策が出てこない!)
素直に逃げようにも、身体が言うことを聞かない。せいぜい立つのがやっとだった。
(ああくそ。何で猫になっちまったんだ。これが人間だったら、少しは変わったかもしれねぇのに……。いや――)
(変わらなかった)
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