第2話 我輩はネコである……?
ああ、なんということでしょう。本当になんということでしょうか。
結論から言えば、俺はネコに転生していた。それも生後半年ほどか、野良の黒猫に。
いや、理解出来んッ! 何故そうなるッ!
普通こういうのって、せめて人間として転生するのが定石じゃあないのか?
いや、もう既に人ではない転生者の前例がいくつかあるから、一概に「人間への転生」が定石とは言い難いが……。だとしても、だ。
ネコはないだろネコは。
「あー、ネコさん……? 大丈夫?」
大丈夫ではない。しかし、彼女は俺が元々人間だったことなど知る由もない。彼女から見た俺は、可愛い可愛い黒猫なのだ。
自分で自分を〈可愛い〉と言うのも何だが、ネコが可愛いのは大体全国、全世界、全“異”世界でも共通だろう。俺も、犬派か猫派か聞かれた場合、どちらかと言えば猫派だと答えるくらい、ネコは好きだ。
「わ、悪い。オレ、自分の姿をちゃんと見たことないから」
「へぇ。それじゃあ、今日が初めてなんだ」
「そ、そうなる……ん?」
何とか彼女を心配させまいと誤魔化すと、再び違和感を覚えた。
俺の声が高い。
声変わりする前の男子小学生とか、ふざけてヘリウムガスを吸った時のような声じゃあない。純粋な女の子らしい、透き通るような声質だ。
しつこいようだが、俺は生まれて死ぬまでの17年、生物学上〈人間の男〉として生きてきた。当然声変わりをする前の声は高かったが、中学に上がる頃には、この世の全てを恨んだ低音ボイスにクラスチェンジしていた。
仮に俺渾身の女の子ボイスを出したところで、萌えどころか、冷え切った目を向けられるだろう。最悪、大炎上。
閑話休題。
「そういえばネコさんって、お名前なんて言うの?」
少女は首を傾げて訊く。
「名前? そうだな……」
そういえば、今の俺にはまだ名前がなかった。
俺には「紅咲光輝」という名前がある。今や死別した両親から受け取った最初のプレゼントだ。
だがしかし、ここで「ボク紅咲光輝!」などとは言えない。それはつまり「ボクはこの世界の存在じゃありません」と自ら告白しているのと同じだ。
まして、こんな日本人名をネコの名前として採用する飼い主がいるものか。むしろ、存在するのなら是非紹介して欲しいものだ。
とにかく、今はしっくりくる名前がないので――
「名前はまだない。野良だからな」
夏目漱石「我輩は猫である」の一文から取って、名無しということにした。
まだ彼女の飼い猫になると決まったワケでもないし、名前は後で考えればいい。
すると彼女はクスッと、鈴を転がすように笑った。
その笑顔はとても美しく、思わず心の中の邪念が吹き飛んでしまいそうになる。
「私は、リーベ。一流魔法使いになるために、必死に勉強中の魔法使い! ……の見習い」
「最後自信なさげだな」
「だって、私魔法全然できない落ちこぼれだから。エヘヘ」
少女、もといリーベは苦笑いしつつ、人差し指で頬をかいた。
だが、自虐をするだけに終わらず、リーベは続けて、
「でも、いつかは全ての魔法を極めて、歴史に名前が残るくらい立派な魔法使い――《大魔道士》になるの!」
と、とても壮大な夢を語った。
なんとなく、どこかで聞いたことのある言い回しだが、まあそれはいい。
「ところでネコさんは、なんで喋れるの?」
ふと思い出したように、リーベは首を傾げて訊く。
言われてみれば、ネコはそもそも人語を話さない。動画サイトで喋るネコの動画はいくつか見たことはあるが、それでも鳴き声がそれっぽく聞こえる、いわゆる空耳の類いである。
疑問に思いながら唸っていたその時、突然目の前にホログラムのようなものが現れた。
「うおっ! 何だコレ!」
「ネコさん、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
どうやらリーベには見えていないらしい。
そのホログラムは箱状で、よく目を凝らしてみると、何やらRPGゲームのメニュー画面のようなものが羅列されていた。
例えるならファミコンとかスーファミ時代のRPGゲーム――最も近いものでFFシリーズ――のような、無駄にカクカクとしたドッド状の箱だ。
――――――――――――――――
名前:
職業:大魔道士
スキル まほう
とくぎ 解 析
――――――――――――――――
まだ名前がないせいか、本来名前が入っているはずの欄が空欄になっている。
しかも、この職業という欄に書かれているのは――ついさっき彼女が目指していると言っていた、大魔道士?
一体どういうことか分からないが、このウィンドウは俺が念じることで色々と開くことができるらしい。
なので早速、喋れる理由がありそうな『スキル』を開いてみる。すると、
――――――――――――――――
【スキル】
言語 熟練度MAX 備考:全言語を『日本語』に常時翻訳・吹き替え。
探知 熟練度80 備考:半径100m以内の生体反応を探知可能。
魔法 熟練度70 備考:禁術以外の全ての魔法を発動可能。
知識 熟練度40
【
――――――――――――――――
ふむふむ。つまるところ、この対話スキルがあるお陰で、俺はリーベとこうして喋ることができるらしい。
そして《大魔道士》のスキル。これが俺の求めていた“チート能力”なのだろうか……
「俺のスキル、《対話》のお陰で、今こうしてリーベと会話ができる……らしい」
「対話……? 聞いたことないスキルね」
やっぱり、固有能力だからか。リーベは首をかしげている。
そういえば、大魔道士でほぼ全ての魔法を扱えるらしいが、一体どんなものがあるのだろうか。試しに見てみよう。
俺は再びウィンドウに念じ、『まほう』の欄を開く。
すると、箱いっぱいに魔法の名前が羅列されたウィンドウが現れた。
『フレア』に『ウィンド』、『ウォーター』、『リーフ』、『シャイニング』。それぞれが『メガ』『ギガ』『テラ』と段階ごとに分けられて並んでいる。しかも、色で属性を見分けられるようにか、赤、黄緑、青、緑、黄とそれぞれにカラフルな○印が付いている。
端的に言えば、これらの魔法を一日3回、MP――魔力に関係なく発動できるということだろう。
「しかも俺の職業――《大魔道士》らしい」
「えっ? だい、まどうし?」
「それも多分、禁術以外の魔法なら殆ど使えるっぽい」
まだ確定していないが、この辺りは追々試すとして。俺が彼女が目指す境地――《大魔道士》であることは、何か意味があるのだろう。
俺の能力について知ったリーベは、目を丸くして驚いていた。
無理もない。どこの馬の骨とも、ネコの骨とも分からない野良猫が《大魔道士》など、普通に考えてあり得ない。
むしろ、夢を追う彼女に対して「俺が大魔道士だ」と言うのは、嫌味のようにしか聞こえない。
「嘘……ネコさんが、大魔道士?」
「ちょっと待ってろ。試しに一発やってみる」
だがこの際だ。見たところ近くには誰もいないし、魔物っぽい影もない。
なので俺は、リーベから少し離れて、大きく息を吸い込んだ。そして――
「行けっ、《メガ・フレア》ッ!」
ついさっき、最初に見つけた魔法――《メガ・フレア》を唱える。
すると次の瞬間、俺の顔の前に魔法陣が現れ、そこからバレーボールサイズの火球が飛び出した。
それは大きく弧を描き、地平線の端に姿を消した。次の瞬間――
――ボォォォォッ!
「にゃ……」
地平線の奥から、天高く昇る龍のように、火柱が立ち上った。
今のでメガだから、その前の《フレア》はこれよりも弱いのだろうが、試すためとはいえ少しやりすぎてしまった。
リーベの方を振り返ると、彼女も驚いているようで、小さな口を開いたまま硬直していた。
「ま、まあ、こんな感じ、だ」
「す、凄い……」
「えっ?」
「凄いよネコさんっ!」
感動したリーベは、目をキラキラと輝かせながら顔を近付けた。
その目は〈ルーブル美術館のモナリザ〉を見た時、いや、〈本物の恐竜〉を見た時のような、そもそも出会うことすらあり得ない存在を前にした時のように輝いていた。
「ほぼ全ての魔法を扱えるなんて、千年に一度の逸材よ!」
「そ、そうなのか⁉ そんな、凄いのか⁉ てかリーベ、君はそんな千年に一度の人に……?」
「うん! この世界にある全ての魔法をマスターしたい!」
なんてこった。大魔道士っていうのは、そんなに恐ろしくらい、凄い職業なのか。
しかも千年に一度ともなれば、確実にその名前は歴史の1ページに深く刻まれるだろう。リーベは、そんなすごい存在になろうとしている。
ネコでありながら、転生早々彼女の目標となってしまったのが、少々申し訳ない。
「そうだ、ネコさんっ!」
「な、何だ……?」
「私を、弟子にしてくださいッ!」
そう言って、リーベは跪いた状態から頭を下げた。その姿は、図らずも土下座のような姿になっていた。
「お、おいおい! 女の子がそんな土下座したらダメだよ、顔上げて!」
絵面的にヤバかったのですぐ顔を上げさせながら、彼女が言った言葉を脳内で復唱する。
弟子にしてください。弟子にしてください。つまり、俺はリーベの師匠になる、というわけか。
……えっ?
「俺が、師匠になるって、ことか?」
何かの間違いだろうか。不安になったので訊いてみる。
するとリーベは、真っ直ぐとした目を向け、力強く肯いた。
「え、えええええっ⁉」
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