December 30th ①
十二月三十日。
タイムリミットはあす。
あす、タイムボムはタイムアウトする。
タイムアウトすると、体内の色々なものがアウトサイドに飛散する。
この二日で感じたのは、
「ふぁぁ……体が痛い……」
本日もネットカフェから退店し、一日が始まる。昨夜はコンビニで下着を購入し、シャワー付の店舗で二日分の汚れを落とした。備えつけられた安物シャンプーなんて気にならないくらい、気持ちはリフレッシュしたが、
『プライベートで初めて行ったお店で出会った、知人を探してもらおっかな』
与えられたお題と向き合おうとすると、九重色に苛まれてしまう。そもそもそれを覚えているなら、九重の執拗なダル絡みなんて容易に処理できている。昨日は、そんな徒労を体に沁みこませているうちに陽が傾いていったのだ。
「手がかりがなさすぎる……」
焦りに並行するのは、無関係の人間に被害が及ぶ可能性である。
自転車を乗り回し、冬休みを謳歌する小学生たち。
ジャージ姿で、部活から帰宅する中学生集団。
厚着をして、近所のスーパーで買い物をするお婆ちゃん。
理久にとって誰も彼も他人だが、巻きこんで良い理由にはならない。それを是とすれば最後、九重と同じ思考になってしまう。理久は今、決して『一般人』ではないのだから。
なにより、理久が吹き飛んだ衝撃で二次被害が起きれば最後、父、母、妹は加害者家族として非難の目に晒され続けてしまうだろう。
――必ず訪れる『死』の実感がないからこそ、理久は妙に落ち着いていた。
まずは両手の冷たさを和らげようと、コートのポケットに手を突っこむ。その右側には、ごわつく感触があった。思い出しながら取り出したそれは、小さな水玉の封筒だった。
表には小さく【Dear 労働者】と、裏面には【わたしの記憶を辿る】と、どちらも手書きされていた。奴の手紙なんて触れるのも嫌で、まるで無視していたのだが、とうとうそれを開封する時が来たか。
中には、ラインの入ったシンプルな便箋が一枚。その中央には、
『December 30th times』
という、謎の英文が一行だけ綴られていた。
「12月30回? どゆこと……」
英語が不得意なのか、そもそも文章自体に意味がないのか。
あるいは、ストレートに『暗号』と捉えるべきか。
古くからは、文字をひとつずらしたり、文字を入れ替えたりというのが定石の考え方だが、英語に馴染みがない民族だと、それもまた難解なワードである。
有識者が居れば、話も変わってくるのだが。
――陽が高くなるにつれて、焦りが姿を現し始めた。
最期のブレイクタイムにならなければ良いと願い、喫茶店に入りカフェオレとチーズケーキを注文した。控えようとしていたのに、また余計な糖分を摂ってしまった。
「はぁ……おいしい……」
そうして理久は、便箋の英文を入れ替え始めた。けれど糖分摂取の甲斐もなく、悪戯に店内の客が入れ替わり続ける。頭を過るのは、奴の悪戯めいた笑みばかり。
九重はただ理久を――無能非モテ会社員を、虐めたいだけなのではないだろうか。好きなんて感情は端から皆無で、なにかしらの仕返しなのではないか、と。
解かせる気のない暗号を渡して、どこかでほくそ笑んでいるのだ。
「あぁ……もう……!」
わざとらしく自棄を演出し、紙とペンを投げ出す。もはや九重の演者として、苛立ちに任せてカフェインのおかわりを注文しようと店員を探した。
そんな中、知らない女性ボーカルの、知らないミュージックが聴こえてきた。着信音だろう、迷惑な客が居たものだ。そう思っていたのも束の間、どうやら発信源は理久のテーブルのようだった。
「え……どこ? カバン……」
背負い慣れたリュックのファスナーを開け、中を漁っていると、長方形の硬い感触が手に触れた。底から発掘されたのは、一台の端末だった。いつの間に? と疑念を抱くよりも先に、理久は周囲の迷惑ばかりを気にして通話ボタンをタップしていた。
「も、もしもし……?」
小声での対応。
『あれ? 誰……だ?
返ってきたのはオドオドした様子の、怯えた発声。
「待った……その声、中居……? 中居くんなのか? 俺だよ、軽石」
そんなふたりの交わりによって、新たな道が生まれようとしていた。
『え? か、軽石さん……本当に? 軽石さんっ! 良かった、無事だったんだ!』
が、これもすべて九重のシナリオなのかもしれない。
「無事って? しかも今、開口一番で九重の名前を出さなかったか……」
それでも、縋るしかなかった。
『そ、それが……! あっ、それより今どこっすか? 会って話しません?』
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