【午後七時〇〇分】伊神 しのぶ

 八階の喫茶スペースのカウンターの内側に隠れて一時間半が経った。


 この呪いは翌朝の午前八時三十分まで。この間生きていればゲームクリアということになる。


 別に私は望みなんてものはないから、むしろ市章を早く手放したいというのが正直なところだ。


 試しにその辺りに捨ててみたけど、気が付いたら私の手元に帰ってきてしまった。


 どうも一度所有してからの破棄は出来ないようだ。



――ガチャ



「誰もいなそうだな。ここなら少しは休めそうだ」


「そ、そうですね……」


 中年男性と若そうな女の声がする。


 男性のほうの声は聞いたことがある、確か――そうだ、生活福祉課の鈴木元春すずきもとはる課長補佐だ。


 強面のオジサマで体格も良い、生活困窮者の支援担当をしてるベテランの職員だ。


 そして、その隣にいるのは――職員ではない気がする。明らかに私服だからだ。


 あり得るとしたら、相談を受けていた生活困窮者か生活保護者と言ったところだろうか。



「――誰だ! 誰かいるな!?」



 小さな物音に気づいたのか、鈴木補佐の怒鳴り声で思わず背筋がゾクっとしてしまった。


 鈴木補佐の足音が近づくにつれて、キーンと耳鳴りのようなものがしてくる。


 持っている……。



「――誰か知らんが、いるな! こちらは!」



 死ぬわけには行かない……。私は両手をあげてカウンターから姿を現した。


「お前、市民税の伊神だったか? お前――持ってるな、渡せ」


 鋭い目つきで私を睨んでくる。


 むしろ好都合だったから二つの市章を渡したが、更に睨むように私を見てきた。


「二つだぁ……? お前、なんで二つも持ってやがる……」


「……拾いました。七階で人事の川上茜ちゃんが死んでて、その死体から拾ったんです」


 嘘はついていない。


 鈴木補佐は開口一番に『誰かいるな』と『条件を踏んでいる』と言った、あの時点で踏める条件は少ない。


 あるとしたら『その場にいない』という『嘘』をつくことくらいか。だから『嘘をついた相手を殺す』という呪いもあり得る、そうだとしてもこれなら死なないはずだ。


「確かに七階には原型をとどめないくらい潰されている死体があったが……。お前か……?」


 嘘をついては駄目だ、私はあくまで清廉潔白せいれんけっぱくのままこの事態を乗り過ごさなければならない。


「少なくとも私は願いや市章が目的で人を殺すような人間ではないと、誓って言えます」


 はっきりと鈴木補佐の眼を見て訴えた。これは嘘ではない。


「――嘘じゃなさそうだな。眼を見ればわかる」


 そう、嘘はついていないから。当然の話だ。


 やはり、嘘を見抜くことができるのは福祉の心を持つ人だからなんだろうか。

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