第265話 25『サバベント侯爵との夕食会2』

『むっ!?これは……』


 侯爵は一口含むだけでその美味さに舌を巻いた。

 およそ、肉類とは思えないほどの柔らかさ。

 そして噛めば蕩けるような食感と同時に溢れ出る旨味。

 まずは付属のソースをかけずに食したのだが、最初からそんなものは必要なかったのだ。

 アンナリーナが吟味して選んだ岩塩と、挽きたての黒胡椒だけで、この世界の住人の単純な舌は白旗を上げている。


「リーナ殿、この肉は誠になんと言えば良いのか……」


「ええ、今日は侯爵様がお見えになるので、特別なものを用意しました。

 気に入っていただけたのなら幸いです」


 うふふ、といたずらが成功した時のように笑うアンナリーナに、侯爵は言葉も出ない。


「アレクセイくんのスコッチエッグはゆで玉子をハンバーグのタネで包んで揚げたものなの。

 このソースをつけて、付け合わせの野菜と一緒に食べてね」


「美味しいです。キャベツもこんなに甘いなんて。いくらでも食べられそうです」


 今までほとんど食べようとしなかった野菜を、アレクセイがパクパクと食べている。

 とくにトマトベースのソースに絡めたのが気に入ったようだ。


「これは春キャベツを蒸したものなの。茹でたものより味が濃いでしょ?

 アレクセイくんはまだ怪我が治りきっていないから、お肉と一緒に野菜を食べなきゃダメなんだよ?」


「はい」と元気に返事をしてアレクセイは皿に向かいカトラリーを振るう。



「さて、次はお待ちかねのデザートです」


 切子のガラスの器に、黄色味の強い色合いのプリンがのっている。


「かぼちゃのプリンです。

 甘さは控えめにしてあります」


 侯爵とアレクセイは舌鼓をうち、好評のうちに食事会は終わった。

 後はソファーに戻って、お茶を供される。

 そこに今まで席を外していた、侯爵の従者がやってきて巾着袋を取り出した。


「リーナ殿、誠に不躾だが是非これを受け取っていただきたい」


「何ですか?」


「とてもこれだけで足るとは思えないが、どうかアレクセイの治療費として受け取ってもらえないだろうか」


「ああ、そんなもの本当によろしいのに。薬代は学院が支払って下さるそうですし、お心遣いは嬉しいのですが」


 侯爵が、当日居合わせた教官から聞いたところ、相当な数のポーションが消費されたようだ。

 それも上級以上のランクを。


「しかしリーナ殿、そういうわけにはいかない」


 これは貴族の面子というものなのか、ただ単に恩義を感じているのか、アンナリーナには判断がつかない。


「では侯爵様、そちらの領地の【黒闇の森】へ立ち入る許可をいただけませんか?」


「なんと【黒闇の森】とな?」


【黒闇の森】の森とは、サバベント侯爵領の3分の2を占める広大な森であり、その森は他の魔獣の森と同じく濃密な魔力の漂う人跡未踏の地である。


「はい、どうかご許可をお願いします」


 侯爵は悩んだ。

 だが、彼女の期待に満ちた目の輝きと、イゴールの頷きによって決心する。


「何があっても当方は責任は取れない。それでもよろしいか?」


「もちろんです。

 ありがとうございます。なによりも嬉しいです」


 アンナリーナは、未だ見ぬ素材の宝庫に想いを寄せ、頬を染めた。

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