第264話 24『サバベント侯爵との夕食会』

 サバベント侯爵ゲオルギーがその報せを受けたのは、昨年末から続いていた社交シーズンが終わり、王都から領地に戻る途中の、ある春の日の事だった。

 年をとってから授かった一粒種、昨年12才を迎え、学院に受験できる最年少で入学した息子がまさかの事故に遭い、重傷だったという。

 とるものもとりあえず、馬車から高速で駆ける騎竜(いわゆる竜種ではなくラプトル様の種)で単騎で駆け戻ったゲオルギーは、そのまま学院に駆け込み、アレクセイの無事な姿を見て思わず腰が抜けてしまった……次第だった。


 そして翌日、学院の授業が終わった夕刻から、アレクセイの命を救ってくれた錬金薬師殿との面会が叶ったのだが、いささか予想していたのとは違う様子に戸惑っている。



「ようこそ、いらっしゃいました」


 侍女をひとり従えた少女が、侯爵に向かってカーテシーをする。

 その、溢れ出る魔力にたじろぐ侯爵をアラーニェがさりげなく誘導し、リビングの応接セットに案内した。

 すぐに侯爵には食前酒(白ワインをベースにしたカクテル)を、アンナリーナとアレクセイにはさっぱりとした柑橘系のジュースが供された。



「リーナ殿、この度は誠にかたじけない。あなたがいなければ少なくてもこのアレクセイは、もう二度と自分の足で立つ事がなかったと聞いている。

 本当にありがとう」


 もう老齢の域に入る侯爵の、両の目が潤んでいる。


「侯爵様、この度の事は偶然に偶然が重なったもの。

 地中からの攻撃は私も予想だにしておりませんでした。

 私への気遣いは無用です」


 それよりも、と用意の整ったダイニングへと誘うと、アレクセイが目を輝かせた。


「ささやかですが夕餐の用意を致しました」


 席に着いた皆の前にオードブルが出される。

 鮮やかなオレンジ色と赤と緑。

 スモークサーモンとオレンジのサラダオードブルだ。


「これはまた、なんとも言えない食感と、燻煙されているのか?とても芳しい」


 どちらかと言えば野菜が嫌いなアレクセイも、共に和えられているスライスオニオンやトマト、スプラウトをペロリと平らげた。

 次に出されたのはシンプルなコンソメスープだ。


「これはまた、芳醇な」


「先日のポタージュスープも美味しかったですが、こちらもまた美味しいです」


 焼きたてのロールパンと、ツリーハウスの庭で栽培しているベビーリーフのサラダ。

 ここにもトマトの賽の目切りとアボガドが散らされ【異世界買物】で手に入れた深煎りご○ドレッシングで、目の前で和えてサーブする。

 この世界にはない、濃厚な味のドレッシングに目を見張る侯爵と、一口食べて気に入ったアレクセイ。

 トマトならともかく、リーフ類を一切受け付けなかった彼が、ドレッシングの種類だけで食べる事ができる事にイゴールがびっくりしている。


 次はとうとうメインの肉料理だ。

 侯爵には【異世界買物】で購入した黒毛和牛のステーキを、アレクセイにはスコッチエッグを出した。


「侯爵様、このお肉は特別な方法で飼育した牛のお肉です。

 アレクセイくんのは、先日ハンバーグを気に入ってくれたみたいだからこれにしてみたの」


 二人は同時にナイフを入れた。

 そして驚く。

 侯爵は、そのナイフ通りの柔らかさに、アレクセイは中から出てきたゆで玉子そしてとろけ出す黄身にだ。


「アレクセイくんはその、トマトベースのソースをかけて召し上がってね」


 アンナリーナがにっこりと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る