第135話 28『テントの秘密』

 ファンタジー世界のモブ魔獣モンスターの代名詞【ゴブリン】


 人型魔獣の最下位に位置する、緑色をした、背丈はアンナリーナほどもないが、知能があり、集団生活をする種。


 体を清めて、こざっぱりとした服を着ているが、今テオドールの前にいるのは紛れもなくゴブリンで、彼は危うく剣を抜きそうになった。


「……俺の生徒になるのはこいつか?」


「ギャッ」


 イジがペコリとお辞儀するとテオドールは剣から手を離した。


「そう、私の新しい従魔イジだよ。

 ちょっとヒトガタの従魔が欲しかったから、拾ってきたの」


「拾ってきたって……お前」


「この子は普段はあっちにいるの。

 だから従魔登録もしてないし、基本的に表に出す事はないから」


 腕組みして考え込むテオドールは、眉間の皺を段々と深くしていく。


「イジは大怪我をして死にかけてたところを連れて帰ってきたんだけど、見た通りひょろひょろでしょ?

 トレーニングは始めているんだけど、しばらくは体力づくりかなって、思ってる。

 熊さんにはまず素振りから教えてやってほしい」


「リーナ」


 テオドールは難しい顔をしている。


「色々聞きたいことが満載なんだが?

 まずこいつは普段、どこにいる?」


 秘密が山盛りのアンナリーナの生活の、一端を明かす……

 テオドールは知らず知らずの間に、禁断の世界に足を踏み入れようとしていた。


「熊さんは彼氏だからいいかな〜

 そのかわり」


 振り返ったアンナリーナがテオドールの腹に身を凭せかける。

 背中に回した手はやっと脇腹に届くほどだったが、柔らかな身体を密着させた。


「未来永劫、逃がさないよ」


 見上げるアンナリーナの目は、最早少女のものではない。

 肉食獣のそれに似たこげ茶の瞳は金色のラメを光らせてテオドールを見つめている。

 アンナリーナの中身はアラフォーの喪女だ。

 前世で恵まれなかった男性運だが、今世はそれなりに恵まれている。

 そのアンナリーナの中のアラフォー女子の部分が強く訴えてくるのは男性経験に対する好奇心に他ならない。


「こっちきて」


 指を絡めて手を繋ぎ、先ほどイジが出てきたドアをくぐり、そこが寝室だと気づいたテオドールがハッとする。


「変な事、考えないでよ」


 すたすたとベッドの前を通り過ぎ、壁面にかけられたタペストリーをめくる。するとそこにドアが現れた。


「ここで私の家と繋がってるの。

 家の場所は秘密……

 それから、ここは生身の人間は通れないから」


「もし通ったら?」


「薬師のアイテムバッグに手を突っ込んだ時と同じになる」


 テオドールはゾッとした。

 背筋を冷たいものが駆け上がり、ふぐりがキュッと縮む。


「私の従魔しか入れないの。

 ごめんね?」


 あざとく笑うアンナリーナ。

 そんな女の子を捕まえて、キスしようと顔を近づけると思い切り嫌な顔をされ、突っぱねられた。


「いや!

 私、お髭がくしゅくしゅするの駄目なの!」


 髭はテオドールのシンボルなのに、酷い……。

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