第134話 27『熊さんへのお願い』

 アンナリーナがギルドから出ると、すぐそこにテオドールが壁にもたれて立っていた。


「あれ、熊男」


「……っ、お前なあ。まあ、いいが」


「ひょっとして、ずっと待ってた?」


 ぶすくれたテオドールが目を眇める。

 どうやら当たりだったようだ。


「また、顔色が悪い」


「悪いけど、今日のご招待は勘弁してくれるかな? ひょっとして、クランマスターって人が焦れてる?」


「まあ、そっちの方はどうにかなる」


 アンナリーナが歩き出すとテオドールも付いてくる。

 送ってくれるつもりのようなので、話を続ける。


「ごめんなさいね。

 今回の件は突発で、それに緊急の事案なので優先させてもらって」


 それはテオドールにも理解出来る。

 何しろ回復薬の主原料オメガ草の見極め方が根源から違っていたのだ。

 彼だとて最初から高位冒険者だったわけではない。

 駆け出しの少年だった時、あのオメガ草をどれだけ採取した事だろう。

 それが、雑草が混じっていたと聞いて、驚きのあまりアホ面を晒してしまった。


「あれは最優先されるべき事案だ。

 今、クランでも話題になっているし。

それよりもお前本当に大丈夫なのか?

まあ……俺が言えた義理じゃないがな」


 自分のしたことを思い出したのだろう。

 最後のひと言は少しくすぐったそうだ。

 

「体調が良ければ明日にでもお邪魔させていただきます」


 ペコリと頭を下げた。


「それから〜 熊さんに、個人的なお願いがあるんだけど〜」


 コロリと口調の変わったアンナリーナが擦り寄ってくる。

 ドキリとしながらも嫌な感じが否めない。


「誰が熊だよ?!いい加減にしてくれ」


「私、熊って好きだし。

 だって熊の脂は軟膏の材料になるんだよ。殺戮熊の脂なんて最高よ?

 それに……熊さんは私の彼氏でしょ」


 この世界、14歳の準成人から結婚は可能である。

 成長不良のアンナリーナは、いわゆる【合法ロリ】と言う奴なのだが、テオドールにそのような趣味があるのかは不明だ。


「私の肌に触れたのは熊さんが初めてなの」


 嘘である。だがテオドールは単純に信じてしまう。

 ハートを撃ち抜かれてしまった熊は下僕から犬に降格しつつある。


「お、お願いって何だ?」


 髭に埋もれた肌を赤く染めてアンナリーナの手を握ってくる。


「うん、じゃあ一緒に来て」




 宿屋【緑の牧場亭】の女将アンは今日もくっついてきたテオドールを横目で睨んで、溜め息を吐いた。

 その横を肩をすくめながらテオドールが通っていく。


「熊さんは私の彼氏だから、秘密を守ってくれるよね?」


 いつものようにドアを閉めて結界を張る。

 アンナリーナに続いてテントの中に入ると、ソファの前にセトが横たわっていた。


『オカエリナサイ、アルジ』


 奥の部屋からフヨフヨとアマルが出迎える。


「ただいま、アマル」


『セト、イジをこっちに連れてきてくれる?私の部屋に服が用意してあるから、着替えさせて待たせておいてくれる?』


『ショウチシタ』


 アンナリーナがセトと念話で話していたのは一瞬の事だ。


「本当はお酒の方が好きなんだろうけど、お茶で我慢してね」


 いつものようにアマルが茶器を運んでくる。

 だが今日はアンナリーナが淹れるようだ。

 温めてあったポットに茶葉を入れ【加温】で沸騰させた湯を注ぐ。

 この湯にはたっぷりと魔力を練りこんであるので疲れに効くだろう。

 カップに注ぎ入れ、砂糖を多い目に入れる。テオドールは控えめに入れていた。

 茶菓子は、自分にはピンク芋の練りこみパン、テオドールにはローストビーフのサンドイッチだ。


 ガブリと噛り付いたサンドイッチは辛子が効いていて大人の味だ。

 酒が欲しくなる。


「で、お願いって?」


 何か欲しいものをお強請り……なんてかわいい話ではないはずだ。

 それならどれほど楽か。


「実は……

 私の従魔に戦い方を教えて欲しいの」


「戦い方? あのリザードに?」


 のっそりと奥の部屋に消えていった姿を思い出す。


「ううん、違う。

 もう一人いるの…… イジ、用意が出来ていたらこっちに来て」


「ギャ」


 ドアを開けて、おずおずと出てきた小柄な姿を見てテオドールはびっくりする。

 アンナリーナが言った従魔とは、今まで数え切れないほど屠ってきた【ゴブリン】だったのだ。

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