第34話 リッカ、新たな感情が芽生える
「……本気で言っているのかモルスト?俺の魔法が聖剣と対等に渡り合えるって思っているのか?」
そう自分が尋ねるとモルストはいたって平然と言う。
「そう思うからこそ言っているのだリッカ。……お前の魔法があったからこそ私たちは魔王討伐を成し遂げたのだ。私の聖剣ではない。お前の魔法が既に魔王を既に半死半生にしていたのだ」
流石にそれは過大評価といったものである。いかに自分の魔法が魔王に深手を負わせていようが、その後実際に魔王を追い詰め打ち倒したのは紛れもなくモルストとその仲間である。
「買い被り過ぎだと思うんだがな……だが、そう言ってもお前は引かないんだろうな」
自分がそう言うと、モルストがにやりと笑って言う。
「分かっているなら話が早い。それに幸い、彼女らが言う様に一度だけならどちらかが致命傷を負っても助かるのだろう?それだけでもわざわざこの学園に足を運んだ甲斐があったというものだ」
……覚悟はしていたがやはりこうなるか。もはや相手をしない事にはモルストは決して引かないだろう。
「……分かったよ。期待外れでも後から文句言うんじゃねぇぞ」
そう言ってこちらも構える。……ほんの少し、ほんの少しだがそう言いながらも自分の中で湧き上がる感情があった。
まだほとんど自分でも把握出来ていない己の魔法があの勇者に通用するのか。パーティーを抜けるまでの間にそれを試す機会は無かった。魔王を追い詰めた後は、いかにして自分の顔と名前が知れる前に抜ける事しか考えていなかったあの時には思いもよらない感情。
(……試してみたい。本当にこの魔法が後世に語り継がれる程のものになるのかを。それがもし勇者にも通用するのなら……それはきっと、自分にとって大きなプラスになるし自分の新たな道を開けるものになる)
自分の中にこんな感情が芽生えた事に驚きつつも、今はその衝動に従う事にした。
「……来いよモルスト。ここでの時間が無駄じゃなかった事をお前に見せてやるよ」
そう言ってモルストの攻撃に備えて覚悟を決めた。
「……その顔だリッカ。その顔がもう一度私は見たかった。魔王に向かってあの魔法を放った時のその顔が。……私も含め皆が魔王を前にして絶望に包まれて下を向いていた中、一人だけ真っ直ぐ顔を上げて前を向いていたお前の顔だ。さぁ、ここからは互いに全力を出すとしよう。では……いくぞっ!」
そう言ってモルストが聖剣を構えて叫ぶ。
「『聖剣よ!我が声に応えよ』っ!」
モルストの聖剣から衝撃波が放たれる。この距離ならば回避する事も可能だが、あえて真っ向から立ち向かうことにする。意を決し魔法を構築して詠唱を唱える。
「『紡げ光よ!閃光の障壁』!」
目の前に光の防御結界が展開され、次の瞬間結界にモルストが放った衝撃波が炸裂する。
爆音が当たりに鳴り響くが、モルストの衝撃波は自分に届くことなく掻き消える。無論、自分の結界もその威力で消滅する。だが、聖剣の一撃を相殺しただけでも充分である。
(……いける!正直不安だったが、聖剣の一撃も防げた!なら、戦略は色々と練れる!)
そう思った瞬間、モルストの声が聞こえる。
「……流石だな。だが、一撃を防いだだけで安心するのはまだ早いと思うぞ」
衝撃波を防ぎ安心していた自分に対して距離を詰めていたモルストが聖剣を振りかざす。
「……『駆けよ我が身!駿馬の蹄鉄』っ!」
咄嗟に『瞬間加速』の魔法を唱え、すんでのところでモルストの一撃を回避する。
(危ねぇ!……てかこいつ、完全に戦闘モードに突入しやがったな!)
真剣勝負と言いつつも、先程までは皆のために魔法を放つくらいの余裕はあった。だが今のモルストを前にはもはやそんな余裕はない。衝撃波を防がれることを想定してこちらに向かってきていたのがそれを裏付けている。回避に成功したものの、体勢が整っていない自分へ間髪入れずにモルストが追撃を放つ。
「『聖剣よ!大地を砕け』っ!」
モルストが聖剣を地面に突き刺したと同時、地面を隆起させながら砕いた土や石の塊がこちらに向かってくる。先程の衝撃波よりは威力は低いものの、広範囲のため『瞬間加速』での回避は難しい。『光』の防御結界を放つには詠唱が間に合わない。
(なら……逃げ場は一つしかないなっ!)
この時点で間に合う詠唱の魔法を即座に唱える。
「……『跳ねよ我が身!黒豹の跳躍』!」
『瞬間跳躍』の魔法を唱えて空中に飛び上がる。下を見ると先程まで自分が立っていた位置に土や石の礫が通り過ぎていく。空中からモルストを見上げるとこちらを見てにやりと笑う。
「……そう来ると読んでいた。『聖剣よ!我が声に応えよ』っ!」
空中で自由のきかない自分に向かってモルストが衝撃波を放つ。だが、読んでいたのは自分も同じである。モルストが叫ぶと同時に構築を済ませていた魔法を放つ。
「『駆けよ我が身!駿馬の蹄鉄』!」
空中で『瞬間加速』を唱える事により、落下の軌道を無理矢理変えて地面に着地する。モルストの放った衝撃波は標的を失い空へと消えていく。
「なるほど……魔法の合わせ技か。お前の得意の戦術だったなリッカ。もっとも、最初から今の一撃で仕留められるとは思っていなかったがな」
体勢を整えている自分に向かってモルストが言う。だが、自分はその言葉を聞きながら全く別の感情に襲われていた。
……もっとだ。もっとひりつく戦いをさせろ。
(『依代札』という存在がある事は今は忘れよう。今は、こいつともっと戦いたい)
自分の中に新たに湧いた昂りのような感情を抑えつつ、真っ直ぐモルストを見つめた。
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