第33話 モルスト、勇者の実力を見せる

「……な、何あれ……魔力の……剣?」


 モルストの右手に光る剣を見て、ルジアが声を漏らす。


「どう見ても魔法の様に見えますが……あ、あれはいったい……」


 どよめく皆に今のうちに説明する。……とてもこの後はそんな余裕がないのが分かっているからだ。


「……厳密に言うと違うな。勇者だけが使える秘中の秘って技だ。体内に宿した『聖剣』を具現化して剣として使うのさ。上級程度の魔族なら一閃で切り裂くし、魔王の肌だって切り裂いた伝説の剣だ。……まさか俺相手に使ってくるとはな」


 そうは言ったが、ある意味これは覚悟していた。モルストが本気ならば、これを使わぬはずがないと。……それだけあいつも真剣という訳だ。


(……悪いが、こっちにも引けない理由があるんだよ。向こうが本気なら、こっちも本気だ)


 胸中でそう思い、ルジアたちに声をかける。


「いいか?絶対に決着が付くまで離れていろよ?戦闘にお前たちを巻き込まない保証はないからな」


 そう言って向こうが仕掛ける前にルジアたちから距離を取る。こちらが攻撃を回避してその一撃がルジアたちに向かってしまったら目も当てられない。


「……準備は出来たか?それではいくぞリッカ」


 どうやらこちらがルジアたちから離れるのを待っていてくれていたようだ。その辺りは冷静なところに感謝する。


「……あぁ。そうだな。それじゃあ……いくぜっ!」


 あえて距離を取らず、詠唱を唱えながらモルストの方へ駆け出す。


「『抗え水よ!螺旋の流転』!」


 手のひらから螺旋を描く水流が勢い良くモルストに向かう。だが、モルストはその場から微動だにしない。


「……ふっ!」


 構えた聖剣を振るうと同時、自分の放った水流が断ち切られる。もちろん、それも想定内である。立て続けに次の魔法を放つ。


「『裂けよ風!鎌鼬の咆哮』!」


 水流がかき消えると同時に風の衝撃波が幾重にも重なりモルストへと向かう。速度的に回避は難しいと思ったが、モルストは真っ直ぐこちらを見据えながら聖剣を構える。


「はあああっ!」


 雄叫びと共に自分に向かう風の衝撃波を聖剣で斬りながら弾き飛ばしていく。その後もモルストの攻撃を回避しながら二発ほど別の魔法を放つものの、全て聖剣の一振りであしらわれる。やはりこの程度では牽制にもならないようだ。


 分かってはいたのだが、改めて彼女の強さを思い知らされる。そう思っているとモルストがこちらに向かって呆れたように言う。


「……いい加減にしろリッカ。私との戦いの最中にまで授業をする事はないだろう」


 モルストの言葉に自分ではなく、離れたルジアたちが遠目からでも分かるくらい驚いた反応を示している。


 あそこから今のモルストの声が聞こえたという事は、おそらく誰かが『聴覚探知』の魔法を唱えているのだろう。本来なら索敵目的に使う魔法だが、それを利用して自分たちの戦いの会話を聞いていたようだ。唱えたのはおそらく補助魔法を得意とするセリエあたりだろう。


「何だ、とっくにバレてたのか。距離を詰めたり離したりしながら打っていたからごまかせていると思ったんだがな」


 そう自分が言うと、ふん、と鼻を鳴らしてモルストが口を開く。


「あまり私を馬鹿にするなよリッカ。最初の『炎』に始まり次は『氷』。その後も放つ魔法は全て別の属性だ。そんな事を繰り返されれば誰だって分かるというものだ」


 勇者を相手した手合わせなど本来勘弁してほしいのだが、あいつらに強敵とやり合う際の立ち回りを見せるまたとない機会であると思い、魔法を放つタイミングや生死をかけた戦いの最中にも動揺せずに詠唱を構築する冷静さを実戦を介して見せたかったのだが全てお見通しだったと言う訳である。


 自分とモルストの戦いであれば皆が真剣に見るだろう。それこそ自分の一挙手一投足を。そこから今後に活かす経験を見る事により自然に学んで欲しく、もう少し皆が気付かない間に見せてやりたかったのだが、バレてしまっては仕方ない。


「悪かったな。悪いついでにもう一回付き合ってくれよ。これが最後だから……なっ!」


 そう言って後方に飛び退き、魔法を構築し詠唱を唱える。


「『轟け雷!電閃の瞬突』!」


 槍の様な形状をした雷がモルストに向かって放たれる。モルストがこちらを睨み付けて叫ぶ。


「……舐めるなあっ!」


 叫ぶと同時、聖剣を構えてもう一度叫ぶ。


「『聖剣よ!我が声に応えよ』っ!」


 モルストが振りかざした聖剣から真っ白な光を放つ衝撃波が放たれ、こちらの雷の槍に命中する。一瞬の爆音と共に互いの技が相殺される。今の攻防を見て立ち尽くし無言になっているルジアたちをよそに、淡々と剣を構えたままモルストが口を開く。


「……小細工やお遊びは終わりだ。本気で来いリッカ。次は直接お前を狙うぞ」


 その目は本気である。……流石にこれ以上ははぐらかす訳にもいかないかと思っていると更にモルストが言葉を続ける。


「分かっているだろう?並の魔法では私には通じないと。お前が自分の望みを叶えたいのなら、先程のようにお前の魔法で勝負しろ」


 ……モルストの言わんとしている事は分かる。先程までの攻防のなか、一度だけルジアたちの為以外に放った魔法がある。


「『光』だ。……私の聖剣よりも深く魔王を貫いた『光』の魔法で勝負しろリッカ」


 自分が言葉を発する前に、モルストがもう一度淡々と自分に言葉を放った。

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