第32話 リッカ、勇者と対峙する
(……早いっ!こいつ、あの頃よりも更に動きが俊敏になっていやがるっ!)
モルストが地面を蹴ったと同時、こちらに剣を真っ直ぐ構えて襲いかかってくる。その速度の速さに体より先に思考が反応する。モルストの剣がこちらを迎えるよりも先に、反射的に魔法を唱えていた。
「……『駆けよ我が身!駿馬の蹄鉄』っ!」
『瞬間加速』の魔法で咄嗟にその場を回避する。横に回避しながらも先程まで自分がいた位置を確認する。視界の先にモルストの振り下ろした剣が先程まで自分がいたところに勢い良く振り下ろされたのが見えた。……もし、今の回避が間に合わなければ確実にあの一撃が自分へ躊躇い無く振り下ろされただろう。
(あいつ……本気だな。死ぬほどの致命傷を一回与えても大丈夫っていう依代札の話を聞いたもんだから、何の遠慮もなく全力で攻撃を仕掛けられるってところだろうな)
そう思ったところでモルストがこちらに向かって再び剣を構えて仕掛けようとする。
(……だが、そう思うのはこっちもだけど……なっ!)
モルストがこちらに仕掛けるよりも今度はこちらが早く詠唱を唱える。向こうがその気ならばこちらも全力で相手をするしかない。即座に詠唱を唱えて魔法を放つ。
「『唸れ炎よ!業炎の咆哮』!」
魔法を放つと同時、極大の火球がモルストに向かって勢い良く放たれる。威力をセーブせずに放ったため、離れて見ているはずのルジアの反応が一瞬気になったが、次の瞬間にはそんな事を気にする余裕はないのだと思い直す。その予想通り、目の前に放たれた火球を前にして剣を構えてモルストが叫ぶ。
「……はぁあああっ!」
モルストが咆哮しながら自分の放った火球を避けるどころか、自ら火球に向かって勢い良く剣を構えて切り掛かる。次の瞬間、自分が放った火球がモルストの剣の一振りで左右に両断される。同時に真っ二つに分断された火球が地面に炸裂し、周囲に爆音が響く。
「……やっぱり、この程度の魔法じゃ簡単に終わらせてくれねぇよな」
思わずそう自分が言葉を漏らすと同時にモルストがこちらに向かって剣を構えるのが見える。その構えの型で得意技を繰り出す事が把握出来たため、こちらも即座に詠唱を唱える。こちらが魔術の構築をしている最中にモルストが一足先に技を放つ。
「……『抉りて穿て!双頭の角突き』!」
モルストが叫びながら勢い良く剣を振るうと同時、地面を削り取りながらこちらに異なる軌道の二本の衝撃波が放たれる。うねりながらも軌道を変えつつも確実にこちらに迫りくるため、タイミングを慎重に図りこちらも詠唱を唱えて魔法を放つ。
「……『漂え氷!流氷の反乱』!」
地面を抉り取りながらこちらへ向かうモルストの放った衝撃波を氷の魔術で眼前で凍らせて相殺する。だがそれを全て察知していたかのように氷の波をくぐり抜けてモルストがこちらに向かって一直線に駆け抜けてくる。追撃は覚悟していたものの、この速度は流石に想定外だった。思っている間にもモルストはこちらに剣を構えて接近してくる。
(……早い!これならさっきと同じ様に『瞬間加速』の魔法を唱えて……いや、それじゃあ間に合わない!詠唱に入るより、モルストが剣をこちらに振り下ろすのが早い!……それならっ!)
回避のために唱えかけた詠唱を瞬時に中断し、即座に新たな魔法を放つ。モルストがこちらに剣を振り下ろすよりも一瞬早く、幸運にもこちらの魔法がそれよりも早く発動する。
「……『輝け光よ!光刃の砲撃』っ!」
次の瞬間、自分の眼前で振り下ろされたモルストの剣と自分の放った閃光の魔法が衝突し、その際に発動した衝撃で互いに勢い良く吹き飛ばされる。その衝撃で地面に勢い良く背中をしたたかに打ちつけたものの、即座に立ち上がり体勢を立て直す。立ち上がった自分の背中越しに声が聞こえる。
「……ちょっと!あんた大丈夫なの!?……てか、あんたやっぱり私に魔法を見せた時に手加減してたでしょ!さっきあんたがあいつに放った炎、私に見せた時の倍はでかかったじゃないの!」
ルジアの声が響き、思わず後ろを振り返る。吹き飛ばされた方向が偶然にもこの戦いを見届けている皆の近くだったようだ。緊迫している空気の中、全くぶれないルジアの言葉にどこか安心しつつ最低限の返事を返す。
「……苦情は後でいくらでも聞くよ。だが今は勘弁してくれ。悪いが今はそんな余裕がまったく無いからな」
会話を切り上げて追撃に備えてひとまずモルストの位置を確認しようと前を向く。自分の放った魔法の衝撃で周りにはまだ煙が立ち込めている。呼吸を整えつつも煙が収まるのを静かに待っていると、後ろからおずおずとマキラが声をかけてくる。
「せ……先輩が魔法を放ったと同時、モルストさんの手にした剣が弾け飛ぶのが見えました。その次の瞬間にはお二人が吹き飛んでいました……」
……なるほど。自分が放った魔法をモルストは剣で受け切ったものの、自分の放った魔法の威力に剣が耐えきれずに衝撃が発生して弾け飛び、二人仲良く同時に吹き飛んだという訳か。……なら、本当の戦いはこれからだ。再度呼吸を整え下手に動くことはせずに土煙が収まるのを待つ。そうしていると土煙が収まったとほぼ同時にモルストの声が聞こえてきた。
「……やはり、この程度の剣ではお前の魔法には耐えきれなかったか。国王から渡された手前、義理立ても兼ねて今まで使っていたがお前の魔法を耐え切れるほどの業物ではなかったという事だな」
視界のその先には、根元近くから刃が折れた柄を握りしめているモルストの姿があった。……という事は、国王から直々にモルストへ渡された剣を俺はさっきの魔法でへし折ってしまったという事か。それを実感して少し冷静になる。
国王から直々に勇者へ献上されたということは由緒正しき剣というのは間違いない。仮に値段を付けたのならどれぐらいの価値になるのだろうか。……考えただけで恐ろしいので今は忘れようと思った。そんな事を考えているとモルストがその柄を躊躇いなく地面にぽんと放り投げる。その様子を見てルジアが声をかけてくる。
「……ちょっとあんた。……これって、チャンスなんじゃないの?向こうは剣がなくなったんだし、あとはあんたが距離を保って高威力の魔法をぶっ放したら終わりじゃないの?」
そう言うルジアに、モルストから視線を外さないように答える。ルジアに現実を伝えなければいけないからだ。
「……そうだったら良かったんだけどな。……残念ながらここからが本番なんだよ。お前ら、悪いが今のうちに最悪の事態は覚悟しておいてくれよな。万が一誰かが一人でも流れ弾に当たったらすぐにここから離れるんだぞ」
そう自分が言葉を返し、それに対してルジアがまた何か言おうとするよりも先にモルストが口を開いた。
「……やはり、国王から渡されたと言う事で義理も兼ねて使っていたが、こんななまくらな剣ではお前の相手は荷が重かったようだな」
……あくまでこいつはそう言うが、相殺目的も兼ねて先程魔法で剣を折った際に感じたのだがそれなりに由緒のある名剣だったはずだ。それが分かるだけに下手にさっきの剣の価値や価格は聞かないでおこうと思っているとモルストが胸に手を当てた。……遂にモルストが本気を出す合図である。
……この瞬間を逃したら皆に戦いながら声をかける余裕はもはや無いと悟り、後ろにいる全員に聞こえるように声をかける。
「……お前ら、この戦いをしっかり見ておけよ。そして、あいつが勇者と言われる所以をな。……拝み倒したところでめったに見られるもんじゃないぞ」
それだけ言って状況を把握出来ていない皆の前から駆け足で離れる。気休め程度かもしれないが、万が一にも初撃から彼女たちを巻き込む訳にはいかないからだ。そう思って皆とある程度の距離を確保したところでモルストの声が聞こえる。
「……もはや余興は必要ない。ここからが本番だ。……『出でよ、聖剣』」
モルストの言葉と同時にモルストの右手には光り輝く剣が現れる。
――己の体内に聖剣を宿す者。それ、即ち勇者なり――
古の伝承通り、体内から生成した光り輝く聖剣を手にモルストがこちらを見つめている。
「……遊びや余興はもはや不要。全力でいくぞリッカ」
ほとばしる魔力の剣を携え、モルストが自分にそう言った。
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