第31話 リッカ、勝負を受け入れる

「……勝負?いったいどういう事よ?」


 真っ先に口を開いたのは自分ではなくルジアだった。それには構わずモルストが言葉を続ける。


「そうだ、勝負だリッカ。お前の覚悟を示せ。勇者の勅命にまで逆らってまでここに留まりたいというお前の信念を私に見せろ。それが誠の本気ならば私も折れよう。……だが、その気持ちが少しでも揺るいでしまうような軽いものならば、お前とここにいる皆に何を言われようが私はお前を国へ連れ戻す。そうでないと言うならばそれをお前の力で証明して見せろ」


 モルストが剣を鞘に納めながら言う。同時にマキラが口を開く。


「け……決闘?先輩と勇者様が……ですか……!?」


 そうきたか。おそらくこいつは最初から権力や力尽くでは自分を連れ戻す事は不可能だと最初から悟っていたのだろう。


「そうだ。勇者や国の権力を使わずに私の要望を聞かせるにはこれしかないだろう。強硬手段に出ることも可能なこちら側としては最大限の譲歩だと思うが?」


 そう言ってモルストが淡々と言う。小難しい事を言っているが、要するに自分に負けたら国へ戻れという事だろう。


「……随分な条件だな。大体、旅の途中で何度か手合わせ的な事はやったが結果はお前の全戦全勝だっただろ?」


 自分がそう言うと、モルストがふん、と鼻で笑って言う。


「……全てお前が本気を出していない状態で、だがな。それに魔王に消えない致命傷を与えた『光』の魔法を一切使わない上での話だ。お前の事だ。魔王を倒せる可能性があるような魔法を私に手合わせの中で使うことを躊躇ったのだろう?全く私もなめられたものだ」


 ……全てお見通しだったという訳か。こいつに自信を付けさせるためと、仮とはいえ新たな属性を不用意に仲間に放ちたくなかったのだ。後々自分の身で確かめてみたところ、『光』の魔法で受けた傷も本来の魔法で問題なく治せることは分かったが、やはり人に向けて放つことは躊躇われたため一度も人に向けて使うことはなかったのだが。


「……確かに、そこまで譲歩されちゃこちらもこれ以上ごねる訳にはいかないか。……だが約束しろモルスト。その結果がどうであれ、絶対に異議を唱えないってな」


 そう自分が言うとモルストが頷く。


「無論だ。勇者としてではない。……一人の戦士、モルスト=アイオライトとして誓おう。互いが全力を尽くした上での結果であるならそれに従おう」


 そうモルストが言ったため、やり取りを眺めているオルカに声をかける。


「……オルカ、確かこの時間修練場は空いていたよな?悪いけど確認してくれないか?」


 そうオルカに声をかけると、オルカが少し考えた後で口を開く。


「はい。この時間は空いております。……ですが、お二人の話を聞く限り、修練場よりも適切な場所があるかと思います」


 オルカのその言葉に何か含みがあったため、すかさず問いかける。


「ん?どういうことだ?おそらく大騒ぎになるから修練場が良いかと思ったんだが」


 自分の問いには答えず、オルカが自分たちの前に立って言う。


「……先生は、まだここに来て日が浅いのでまだ使っていない施設がありますよね。その中で今回のケースに最適な場所があります。勇者様もご一緒に付いてきてください」


 そういってオルカが教室を出る。言われるがままモルストと二人、オルカの後に従う。教室の皆がそれに遅れて付いてくる。



「……ここです。ここが『実戦室』になります」


 そう言ってオルカに案内された場所は大きめの公園ほどの広さがあるドーム状の空間だった。普通と違うのは壁や地面のありとあらゆるところに何らかの紋様が刻まれているところであった。


「こいつは……何かの術式か?古文書もないから判別は難しいが……」


 そう思っているとジーナが何やらトレイを持って自分に声をかけてきた。


「ういっす。んじゃボクから説明させて貰うっスね。ここは僕たち特進クラスだけが使用出来る特別な施設なんです。今ボクが持っている『依代札』ってのを首にかけていると、周りに刻まれた紋様と加護のお陰で、一度だけ死ぬほどの致命傷を受けてもこの依代札が身代わりになって助かるようになってます。致命傷かの判別は、今はこの依代札が白いんスけど、身代わりになったと同時にこの色が真っ黒に変わるっス。つまり、黒に変われば死んだと同様の一撃を受けたって事っスね」


 ……こんな施設があったとは知らなかった。だが、今回の勝負のためにはこれ以上ないくらいの格好の場所である。


「あー……そうね、あんたが来てからはここを使うような機会もなかったもんね。あんたが来るまではろくな講師がいないもんだから、ここを使って互いの札が黒になるまでの勝負とかをしてたのよ。模擬的な実戦訓練みたいな感じでさ」


 さらっとルジアが言うが、かなり恐ろしい話だ。改めて特進クラスの連中が並外れた使い手である事を実感する。


「せ、先輩が来られてからはこんな危ない事をしなくても色々な事を教われていたのでここの存在を教えることを失念していました……すみません」


 そう言ってマキラが頭を下げるが、仮に事前に教わっていても自分がここを使って授業をするという事は考え付かなかっただろう。だが、お陰で今回のモルストとの試合の舞台としてはこれ以上ないくらいの環境が揃った事に安堵する。


「……いや、仮に事前に聞いていたとしても俺が授業でここを使う事はほとんどなかっただろうから問題は無いよ。だが、今はありがたく使わせてもらうぜ。じゃあジーナ、悪いがそいつを二つ貰えるか?」


 そう言ってトレイから依代札を二つ受け取り、一つをモルストに手渡しもう一つを自分の首に掛ける。モルストも同じように自分の首に依代札を掛けて言う。


「こいつは好都合だな。お陰で私も心置きなく全力を出せるというものだ」


 そう言って笑うモルストに、最初から全力で仕掛けてくるつもりだというのを肌で感じた。……久々に全力を出さねばならないと思った。その前にクラスの皆に声をかける。


「ありがとうな。危ないからお前たちは教室に戻って……」


 そう自分が声をかけようとすると、全員が依代札を首に掛けてこちらを見ている。


「おい、危ないからお前たちは外へ……」


 そう言いかけた自分に、マキラが先に口を開く。


「……先輩。先輩のお気持ちは理解しています。ですが、私たちにもこの戦いを見届けさせてください。勿論邪魔にならないようにお二人からは充分な距離を置きますし、手出しや口出しも一切いたしません。万が一お二人の攻撃の流れ弾に被弾しても、この依代札があるので心配には及びません。ですので、どうか……どうかこの戦いの勝敗を私たちにも見届けさせてください」


 そう言って深々と頭を下げるマキラたち。その光景を見て口を開いたのは自分ではなくモルストだった。


「良いではないか。本人達がそれを望んでいるのなら私は一向に構わない。おい、一つ聞くがその依代札という奴は数に余裕があるのか?」


 モルストがジーナに尋ねる。こくこくとジーナが頷いてトレイの上の依代札を見せる。


「ふむ。なら流れ弾の一つや二つが被弾したところで問題は無いという訳だ。もっとも、私たちにスペアは必要ないがな。これで問題は解決しただろう?どうするリッカ?まだ何かあるか?」


 ……出来ることならあいつらに自分の戦う姿を見せたくないという気持ちがあった。だが、ここまでお膳立てが整った状態ではそれは無理だというのも分かっていた。


「……や、こちらも問題ない。……じゃ、早速始めるとしようぜ」


 自分の言葉にモルストが頷き、剣を抜いた。同時に凛とした声でモルストが言う。


「それでは……参るっ!」


 その言葉が、戦いの合図だった。

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